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「日本コロムビアの谷川恰と大滝詠一」 第14回 『NIAGARA CM SPECIAL Vol.1』発表

大滝詠一のCM作品集。大滝がエレック時代から温めていたアイディアが日本コロムビアで実現した。新曲「サイダー '77」が録音され、谷川はキーボードに井上鑑を推薦した。

10インチ盤

「次のCMスペシャルですが、できれば10インチ盤にしたいと思いますが、どうでしょう。」
「10インチ盤は規格が違う。工場側がすぐ対応できるわけないだろう。」

次に発売するCM作品集は、楠トシエのCM集と同じ10インチ盤にしたい、という大滝の提案を、谷川は、にべもなく断った。

川崎にある工場はレコードだけでなく、テレビ、ステレオなども制作している大きな工場だ。ナイアガラ・レーベルを作ったときに。紫のエンベロープを新調したのとは訳が違う。今回は、これまでのCM集とはいえ、また出るのが遅れたら調整が大変だ。

「CMは短いので、カラオケみたいなものも入れてやってもいいでしょうか?」
「当然だよ。それを入れないと、時間が足りないんだからさぁ。」

これまでに録音したインスト・バージョンなどの曲も、30cmのフル・アルバムとするなら、たくさん収録したいという大滝の提案について、谷川は了承した。

CMばかり、また同じ曲の編曲違いが並ぶ、今回も上司を説得するのは難しいかもしれない。A面はモノラル、B面はステレオというのも異例の要望だ。社内では「サウンドの秘密を見せる」とか、なんとか説明をしよう。

音楽のことを一番よく知っているのはディレクターだとの自負もある。

これまで制作が遅れてきた時も社内を説得して回ってきており、あれこれ言葉を並べて、けむに巻くぐらいの舌も持ち合わせている。

「申し訳ありません。作品が出来るような提案しているのですが、アーティストがこのノリで!という作品を作りあげたいんです。あんまり急がせて、へんなカレーライスが出来てきても食べたくないじゃないですか。」
「そんな話にまとめるなよ。お前は、違うことで話をまとめて、逃げようとするからさぁ。」
上司が呆れながら、谷川の顔を見ると、そのときにはニコッと笑ってごまかす。

怒られようが何しようが無視して、”いつも笑顔で”がポイントだ。

これまでにCMとして使った曲を販売することへの批判をかわすため、せめて価格だけは下げたいという大滝の要望も聞いて、通常2,300円のところ、価格は2,000円で発売することにした(註)。 

「谷川さんのヤツってさ、みんな遅くて困るんだよ。」
「すみませーん。」
工場の課長や主任に言われても、いつも深刻にならずに明るく謝ることにしている。

考えてみると、最近、いつも謝っているなぁと、谷川は一人ごちた。



註)本コロムビアでは、レコード番号にジャンル別にアルファベットが割り振られ、ニュー・ミュージック・ジャンルには「L」が充てられていた。1970年代後半の30cmLPの規格は値段ごとに、LX-7000番台が¥2,500、LQ-7000番台が¥2,300、LZ-7000番台が¥2,000などとなっており、『CMスペシャル』にはLZ-7005-Eが与えられた。当時のコロムビアには長唄の25cmLP(1,500円!)の規格が残されていたが、25cm盤での発売を希望する大滝の願いは叶うべくもなかった。



新ピアニスト"井上鑑"誕生

「大滝のところに、ちゃんと行ってくれよな。」
谷川は、福生で11月26日から行われる「サイダー'77」のレコーディングに井上鑑を誘った。

「谷川さん、じゃあ、一緒に行ってください。」
「じゃあ、車を運転するのは、お前が担当な。遠いぞぉ。」
谷川は、福生でのレコーディングに腕利きのキーボードプレイヤーを確保できて、安堵の吐息をもらした。

来年放送される三ツ矢サイダーのCM曲のレコーディングでは、ON・アソシエイツ音楽出版の大森昭男から井上鑑の名前があがった。

このサイダーのCMをとってきたのも大森本人だ。大森は、井上のことを昨年からCMで起用している。長嶋茂雄がバーバリーのスーツで登場する山陽商会や、カルビーのおさつクッキーなどのCMを担当してきた。 

谷川も、前々から井上のことを知っているし、仕事でも使っている。桐朋学園大学の音楽学部から、スタジオの仕事で非常にシャープな音を出すし、仕事が終わった後にきちんと挨拶もする好青年だ。

普通のディレクターは安心感を重視して、ベテランを使うことが多い。
谷川もスタジオ・ミュージシャンの大先輩方に可愛がられて一人前になったため、ベテラン・ミュージシャンを大事にする。

それでも若者も現場に起用すべきだとも思っている。ベテラン・ミュージシャンたちも才能のある若手については「コイツはなかなかいい音出すから、谷ヤンも今度使ってみたら?」と紹介してくれる。井上も現場から名前が挙がる、そんな一人だ。

『GO! GO! NIAGARA』で使った坂本龍一も忙しくなり、福生までくるのが難しくなってきている。ニュー・ミュージックの曲のレコーディングには、しっかりしたキーボードのミュージシャンがいたほうがよいと大滝からも頼まれた。「今回は井上鑑を入れる。」と、事前に大滝に連絡をしておいた。

今回の福生でのレコーディングのリズム録りは、いつもにまして時間がかかり、ピアノの出番がないまま、上原”ユカリ”裕のドラム・フレーズが決まった頃には、夜となった。

その後、音響ハウスでの録音も、大滝が考えるフィル・スペクターのようなサウンドづくりのため、夜遅くまでかかった。

ピアノに加え、ベルの音色に厚みを持たせたるため、複数名で一斉にベルを鳴らすこととなり、ナイアガラ事務所のスタッフに加え、谷川も参戦した。

伊藤アキラの「冷たくされてもいいんです、冷たくするからいいんです。」という詞は、三木鶏郎門下生ならではの抜群の詞だ。谷川がこれから一緒に音楽を作っていくにあたって、「昔、細野君とやった時代のことは捨てろ。サイダーみたいなのを作ろう。」と大滝に話したことを思い出した。

ナイアガラでは、これからも井上鑑を使うことにしよう。谷川は、そう決めて、井上鑑に打診し、好感触をつかんだ。その上で、福生のスタジオで、大滝やマネージャーに対して、これからも井上に仕事を頼むと依頼するよう話をした。

「これからもキーボードが必要なんだから、きちんと鑑に頼んだらどうだ。」

谷川が迫ると、
「谷川さんから、連絡してくださいよ。」
マネージャーは、少しうつむきながら懇願した。

「いや、ナイアガラのことなんだから、ナイアガラから依頼をしなければだめだろう。」
と、谷川はやりかえした。

観念したマネージャーが、井上鑑に直接電話すると、了解の返事がかえってきたと谷川にも報告がくる。

「よかったねぇ。」
谷川は、ゆっくりとうなづいてみせた。

少しばかりのお膳立てをして、ナイアガラの交渉力をアップさせる。それは別段とりたてて、これ見よがしにナイアガラ側に伝えることでもない。それが谷ヤン流だった。

青色のトレーナー

 「CMとは面白いことがCMなんだよ。単にクレジットを載せるだけではなく、大滝のこと、面白いように目立たせないと。」
谷川は、日本コロムビアの宣伝担当にも、次のアルバムのコンセプトを力説した。

『CMスペシャル』のジャケットの表面は中山泰に任せ、裏面は大滝とアイディアを出し合った。

次のジャケットは、福生スタジオの一部屋に商品やポスターを張り巡らせ、ナイアガラの青いトレーナーを着た本人を真ん中に座らせた写真とすることを考えている。

商品の用意は、企業からの現物の協賛が手っ取り早い。
「モノは企業からもらっちゃおう。」
「そうですね。面白いからやってみましょうか。」
新たな企画書をみながら、宣伝の担当者も、顔を輝かせた。 

谷川は、「赤坂のコロムビア本社でなく、福生に直接届くように。」と、社員に指示をして、社員は手分けをして、CMのスポンサー企業を回り、商品の提供を依頼した。

その結果、福生には朝日麦酒から贈呈された三ツ矢サイダーのボトルケースや秋吉久美子のポスター、十條キンバリーから贈られたクリネックスティッシュ数十箱など、たくさんの商品やポスターが集まった。 

今回は、ライナーノーツの準備もぬかりない。曲名と解説の原稿は事前にもらい、社内のタイピストに頼むこととして、前回のように手書きで苦労しないよう心掛けている。また、前回、歌詞カードがついていなかったというクレームも自虐的に茶化して、片面に「歌詞かあど」とだけ、大きく書かれている歌詞カードも封入した。

裏ジャケット撮影用に大滝が着ている青色のトレーナーは谷川が知人に作成を頼んだものだ。

トレーナーやTシャツなどには、”Niagara”を意識づける効果がある。

「福生は寒いからさぁ、トレーナー着なよ。」
と、笑いながら大滝に渡し、着ることをうながした。

谷川は、大滝が左手にコスモトロンをつけて、後ろの大きなポスターと同じポーズで、真面目な顔つきをしながらカメラマンに見せる様子を眺める。
「次は、秋吉久美子と共演だな」
と、マネージャーとゲラゲラ笑いながら、大滝の撮影を行う。

これは「ナイアガラ音頭」のシングルジャケット撮影のときと同様だと、ふっと気づく。暖かい空気に包まれながら、撮影を終えた。 

『NIAGARA CM SPECIAL Vol.1』は、歌詞かあどをつけて、1977年3月25日に発表された。

はい、いかがでしたでしょうか。

今週は、「『NIAGARA CM SPECIAL Vol.1』発表」 でした。

次は「ガール・シンガー、シリア・ポール」を予定しております。次のアルバムでシリア・ポールを取り上げ、録音したときの様子などについて、お送りしたいと思います。

それでは、また本NOTEにて。Bye Bye!

  2022.02.14
  霧の中のメモリーズ

連載一覧は、こちら
「日本コロムビアの谷川恰と大滝詠一」(noteマガジン)


(これまでの回一覧)
はじめに <2021.10.25>
第1回 プロローグ(舞台袖の谷ヤン) <2021.11.15>
第2回 コロムビアレコード移籍 <2021.11.22>
第3回 『ナイアガラ・トライアングル』レコーディング <2021.11.29>
第4回 『ゴー・ゴー・ナイアガラ』放送終了危機<2021.12.06>
第5回 『ナイアガラ・トライアングル』レコーディング パート2 <2021.12.13>
第6回 ナイアガラのパッケージ・デザイン<2021.12.20>
第7回 ナイアガラのパッケージ・デザイン パート2 <2021.12.27>
第8回 『ナイアガラ・トライアングル』プロモーション <2022.01.03>
第9回 「ナイアガラ音頭」プロモーション <2022.01.10>
第10回 難産の『ゴー!ゴー!ナイアガラ』 <2022.01.17>
第11回 ついに『GO! GO! NIAGARA』発売 <2022.01.24>
第12回 『SUMIKO LIVE』 <2022.01.31>
第13回 ナイアガラ担当2年目の谷ヤン <2022.02.07>
第14回 『ナイアガラCMスペシャル』発表 <2022.02.14>
第15回 ガール・シンガー、シリア・ポール (Coming Soon! )

【一言コラム】
豊川稲荷 <2021.11.29>
日本コロムビア本社 <2021.12.13>
niagara ✕ COLUMBIA バインダー<2021.12.27>
ABC会館ホール <2022.01.03>
日本コロムビア・グランド・スタジオ・ロビー <2022.01.10>
TBS "G"スタジオ <2022.02.07>