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「日本コロムビアの谷川恰と大滝詠一」 第10回 難産の『ゴー!ゴー!ナイアガラ』

1976年3月25日の『ナイアガラ・トライアングル』に続き、『ゴー!ゴー!ナイアガラ』は移籍第2弾として企画された。当初、6月25日の発売を予定していたが、数度延期を繰り返し、10月25日発売になった。谷川はホーンセクションのアレンジも手伝った。

発売延期

モントリオール・オリンピックが終わって1週間が経った。体操では日本人の金メダルも出て、日本中が朝晩、TVに釘付けとなり、オリンピック一色となって浮かれていた。

そのオリンピック期間中も、ずっと谷川の気は晴れなかった。2度目、いや3度目の延期表明をした社内の編成会議から、もう2か月が経過した。

元々は、「作詞・作曲を5月までに終わらせて、6月からはレコーディングに入るぞ」と話をして、スケジュールを紙にまとめて、FUSSA45スタジオの壁にもしっかりと貼っておいた。

谷川が福生に行ってみると、大滝から、曲ができていないとの言葉が返ってくる。どこまで本気なのか分からないが、制作が進んでいないことだけははっきりしている。

元々の計画では、『ナイアガラ・トライアングル』から3か月後の6月25日には新しいアルバムを発売する予定だった。

途中で気持ちを切り替え、1か月延ばせば、発売できるだろうと踏んで、7月25日発売として宣伝を行ってきた。会社が確保している雑誌のスペースにも「快調にレコーディング進行中!」として宣伝してもらった。今頃は店頭に商品が並び、次のプロモーションを行っているはずだが、福生のスタジオ整備工事が続き、制作が遅れている。

「いつ頃出来そうなの?」
「詞がダメなんです。」
大滝は、神妙な顔をして答えた。

「お前が詞まで無理に書かなくても、プロの作詞家に頼めばいいだろう。細野君と一緒にやっていた時のドラマーがいるだろう。あいつに頼めばいいだろう。」
谷川が松本隆に話を向けると、大滝は、無言となった。

ナイアガラ・トライアングルと同時期の3月に発売された、井上陽水『招待状のないショー』や、6月に発売された小椋佳『道草』など、これまでの歌謡曲と異なる音楽が売れ始めている。山下達郎も渡米して海外録音に挑戦するようで、谷川も時代が変わっていくのを肌で感じている。

「陽水の詞にはメッセージ力がある。お前は曲に力を注げばいいだろう。で、お前どうするの?」
「ちょっと考えます。」
大滝からは、はぐらかされた答えが返ってきた。

とにかく発売まで時間がない。これ以上遅れると、社内での大滝の評判が下がってしまう。出来上がった曲は次々と譜面に起こして、レコーディングできるように準備していかなきゃと、谷川は思った。


幻の7月渋公

「7月にはライブをやれよ。」
「谷川さんが勝手にコンサート入れたんでしょう。できませんよ。」

谷川は、アルバム発売と同時にコンサートが出来るよう、前もって渋谷公会堂を7月28日に押さえておいた。しかし、大滝にコンサートの話をすると、途端にイヤな顔をされる。どちらかというとコンサートが好きなほうではないのだろう。

7月のアルバム発売が難しくなったため、渋谷公会堂でのライブは、なくなく延期とした。社内では部長から相当叱られた。

「遅くなってすみません。俺ではなく、アーティストが作っているものなので時間がかかります。でも、出せば売れるはずです。売れなければ、人前で馬鹿野郎といっていただいて構いません。」
部長に対して言い訳をした。しかし、大滝に対する覚悟と期待は本心である。

「発売日を過ぎてても作品が出来ていないというのはどういうことなんだ。コンサート、ラジオやテレビの宣伝を絡めて売っていく、これがコロムビアの方法論なんだ。発売が遅れると、どれだけの人に迷惑をかけるのかわかっているのか。」
福生での大滝に対する谷川の言葉もつい荒くなる。

昨年の冬以降、大滝から麻雀に誘われば付き合って、朝まで一緒の時間を過ごしてきた。そうでもしないと、相手の考え方が分かってこない。一緒に音楽制作を手掛けている限り、プロデューサーとアーティストは、プライベートを含めて、いつでも100パーセント一緒であるべきだというのが谷川の持論だ。

大滝が一人前のプロデューサーとなり、アーティストとしても大成功するまでは、コロムビアに対しては上からあれこれ言われても自分が盾となって、守りたいと思っているが、そのためにもコンサートはすべきだと思っている。

ナイアガラ側は、大滝がファンに顔を見せる機会として、コンサートの代わりに、8月の終わりにロフトを会場としたフイルム&DJコンサートを企画した。しかし、のど自慢大会やDJコンサートなどは、あくまでも"イベント"の1つだ。

しっかりしたコンサートで新曲を歌ってほしいと期待したファンも多いだろう。3月にABC会館で行ったようなコンサートをすることが必要だと、谷川はいまだに納得がいっていない。

また、もしDJをやるんだったら、トコトンやってほしいとも感じる。例えば、DJでかけたレコードを次々と客のいるほうに放り投げてしまうとか。それが危険だったら、入場券に番号書いて、当選者を決めるというやり方でもよい。なにか面白い、印象に残る、という打ち出しに変えて欲しい。

かろうじて、アルバムのタイトルだけは『ゴー!ゴー!ナイアガラ』と決まり、レコーディングが始まったが、すべてこれからだ。

準備中のアルバムコンセプトも意見を交わしてきた。フィル・スペクターなどの名前が挙がってくる。

「そんなマニアックなことを言っているんじゃないよ。お前はどういう音楽をどういう風に提案したいんだ、そこを明確にしなさいよ。」
「そうっすよね。」
「何がやりたいんだ。」
「俺はね、やりたいこと、いーっぱいあるんです。やりますから。面倒みてください。」
大滝はぶっきらぼうに返す。

「いや、面倒みる、みないの前に、お互いがちゃんと接点をもって、運営できないと、ビジネスにならないだろう。あとの曲は出来ているのか?」
谷川が曲のリストを見てみると、「タイトルA」、「タイトルNo.3」というような仮タイトルが並んでいる。

また、次のアルバムでは、キング・トーンズ、大滝の多重コーラスのジャック・トーンズに、伊集加代子など女性コーラスグループでクイン・トーンズを加えて、「ナイアガラ・トライアングル vol.2」を作ってはどうか、というアイディア提案も大滝からあった。

伊集は山形かえるこという変名で曲を発表したこともあるが、シンガーズ・スリーはスタジオ・ミュージシャンである。スリー・グレーセスのようなアーティストでなく、スタジオ・ミュージシャンがアーティストとして注目されるのはよいことではない。谷川は、スタジオ・ミュージシャンは守るべきだとの考えで断った。


小さなピアノ

大滝詠一の頭には、たくさんの曲とアイディアが詰まっている。

しかし、曲のモチーフが出来ても、レコーディングにあたり、譜面の作成は進んでいない。大滝詠一の書いた譜面はコードネームだけである。

『ゴー!ゴー!ナイアガラ』のサウンドの軸は、前作『ナイアガラ・ムーン』と同様に稲垣次郎セクションのサクソフォーンである。『ナイアガラ・ムーン』の時のレコーディングについて、稲垣次郎に聞くと、現場合わせで譜面を書き進めていたそうだ。

そのやり方では、プロ・ミュージシャンにとっては拘束時間が長くなり、迷惑をかけるし、時間がかかるとナイアガラ・オフィスからの支出経費も膨らむばかりとなる。

「タンタン、タンタン。タンタンタン。タンタン、タンタン、ティン・タ・タン。こういうことやりたいんですよ。」

大滝は娘に買った子供用の小さなピアノを弾き、口でリズムを取りながら、頭にある音楽を伝える。谷川はその横で写譜用の万年筆を使い、五線紙に管楽器のアレンジを書いていった。

「お前、そんな小さなピアノじゃなくて、ギターでやれば?」
「ギターは、大きいじゃないですか。これで、すぐできますよ。」
「まぁ、そうだな。どうせ口で歌いながら書いていくんだし。タンタン、タンタン、ティン、タタンタンか。わかった。」

「谷川さん、こういう伴奏みたいなものもやりたいから、“タンタンター”を“タンタンタッター”にしてくれる?」
「“タッター”か。分かった。2段で書いておく。ここはヒゲね。こっちは付点と。そういうのは、付点八分っていうんだよ。」
「そうなの。まぁ、そんなこと言っていたね、学校の先生は。」
大滝からは、冗談とも本気ともつかぬ返事が返ってくる。

谷川が譜面を書けるのは、学生時代からの経験があるからだ。日本コロムビア入社前の大学時代に、北海道放送の別会社で、作家が殴り書きした譜面をきれいにオーケストラ用に譜面に書くアルバイトを行っていた。北大合唱団で譜面を読むかたわら、家でも「楽典」を読んで、必死に勉強した。

大滝の作る音は、リズムにサックスが加わる。アルト・サックス、バリトン・サックス、トランペット、トロンボーン。金管楽器は、みんな移調楽器で、ピアノと同じハ長調のキーから1つづつ移調しなければいけない。楽器ごとに譜面を書くのには時間がかかるが、特に管楽器の譜面を書くのは苦労する。ともかくパッパと譜面にしていかないと、ミュージシャンを呼んだ時にはレコーディングも進まない。

大滝詠一は、総合力のあるプロデューサーとして売り出したい。たとえ谷川が少し口を出しても、アレンジはすべて多羅尾伴内のクレジットとするし、時には大滝に断りを入れず稲垣次郎とも打ち合わせをして、大滝にも言わずに進めることもある。とにかく、次のアルバムを完成させよう。

発売日は10月25日となり、8月から始まった福生スタジオでのレコーディングに続き、9月にダビングを行い、赤坂でのミックスが終わったのは9月30日だった。

大滝を売る!

数万枚のバント・ヒットではなく、ホームランを。それがコロムビアで長年ディレクターを務めてきた谷川の願いだった。



はい、いかがでしたでしょうか。

今週は、難産の『ゴー!ゴー!ナイアガラ』でした。

次は「ついに発売『ゴー!ゴー!ナイアガラ』」を予定しております。
移籍後初となるソロ・アルバムのライナーなどについて、ご紹介したいと思います。

それではまた、本NOTEにて。Bye Bye!

  2022.01.17
  霧の中のメモリーズ

連載一覧は、こちら
「日本コロムビアの谷川恰と大滝詠一」(noteマガジン)



「日本コロムビアの谷川恰と大滝詠一」
はじめに <2021.10.25>
第1回 プロローグ(舞台袖の谷ヤン) <2021.11.15>
第2回 コロムビアレコード移籍 <2021.11.22>
第3回 『ナイアガラ・トライアングル』レコーディング <2021.11.29>
第4回 『ゴー・ゴー・ナイアガラ』放送終了危機<2021.12.06>
第5回 『ナイアガラ・トライアングル』レコーディング パート2 <2021.12.13>
第6回 ナイアガラのパッケージ・デザイン<2021.12.20>
第7回 ナイアガラのパッケージ・デザイン パート2 <2021.12.27>
第8回 『ナイアガラ・トライアングル』プロモーション <2022.01.03>
第9回 「ナイアガラ音頭」プロモーション <2022.01.10>
第10回 難産の『ゴー!ゴー!ナイアガラ』 <2022.01.17>
第11回 ついに『ゴー!ゴー!ナイアガラ』発売(Coming Soon!)

【一言コラム】
豊川稲荷 <2021.11.29>
日本コロムビア本社 <2021.12.13>
niagara ✕ COLUMBIA バインダー <2021.12.27>
ABC会館ホール <2022.01.03>
日本コロムビア・グランド・スタジオ・ロビー <2022.01.10>