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「日本コロムビアの谷川恰と大滝詠一」 第12回 『SUMIKO LIVE』

谷川は、大滝詠一の担当をする傍ら、やまがたすみこのプロダクションについても手伝うよう依頼された。『SUMIKO LIVE』はそんな背景の中で発表されたライブアルバムだった。

渋谷公会堂のゲスト"やまがたすみこ"

「やまがたすみこも手伝ってくれないか。」
「今、俺がナイアガラをやっているのを知っているでしょう。毎日、朝から晩まで、遠い福生まで通っているんだよ。今はできない。」
谷川は、やまがたすみこの音楽制作やプロモーションにも関わってほしいとの会社からの依頼を谷川は、いったん断った。

昨年8月発売の『オルゴール』は、柳田ヒロをアレンジャーに迎えて制作された。今年7月に発表された『サマー・シェイド』でも、渡辺俊幸や吉川忠英らの編曲によるポップス寄りの曲が並んでいる。

16歳のデビュー以来、根強いファンを抱えているやまがたすみこも、今年の10月には20歳を迎え、本人の音楽に対する捉え方が変わり、今の自分に合ったやりたい曲を模索しているようだ。

日本コロムビアではポップス系統の音楽をBLOW UPレーベルから発売することとしている。やまがたすみこも『オルゴール』からはBLOW UPで出している。なお、『エイプリル・フール』もBLOW UPから谷川が関わり再発する。

最新作の音楽性は、古くからのファンに戸惑いがある反面、新しい音楽ファンの大幅な獲得まではつながっていないのか、売り上げに結びついていないようである。会社としては売れ行きを伸ばしたい意向で、谷川との間で「何とかしてよ。」、「今は出来ない。」の押し問答が続いた。

度重なる依頼に、谷川も最終的には折れて、依頼を受けた。 

まず、大滝詠一に話しをして、10月7日の渋谷公会堂の「ゴー・ゴー・ナイアガラ」のコンサートに、やまがたすみこをゲストとした。アルバム『GO! GO! NIAGARA』をプレス工程に回した10月1日以降、短期集中でのコンサート準備を行った。

当日は、大滝とやまがたすみこの2人は、ポールとポーラさながら、白いレタード・カーディガンを着て、「けんかでデート」を気持ちよくデュエットした。


やまがたすみこコンサートへの協力

よもや来ない、ということはないだろうか。
谷川は、いくばくかの不安な気持ちを抱えながら、外苑前駅からの道を日本青年館に向かってせわしなく歩いた。

今日のライブ会場となっている日本青年館は、毎年レコード大賞の会場でもある。今年の夏、「ナイアガラ音頭」の「オンドー、オンドー」ではなく、山口百恵の「これっきり、これっきり」が流行りに流行った。百恵をソニーで売り出した酒井政利はコロンビアの同僚だった。「横須賀ストーリー」がレコード大賞でも取るかもしれない。

レコード会社のプロモーションは功を奏することもあるし、宣伝とはまるっきり無関係に火が付く時もある。売れるかどうかは結果論だが、売れるための努力は必要だ。

「やまがたすみこバースデイ・コンサート」と銘打った今日のライブは、『GO! GO! NIAGARA』発売日の2日前に開催されるコンサートである。大滝詠一がプロデュースで関わるとなれば、ナイアガラの販売促進活動の一貫ともなる。

大滝には、やまがたすみこのアルバムもプロデュースしてもらえればよいが、『GO! GO! NIAGARA』制作やプロモーションで忙しく、やまがたすみこのライブでは、ステージに上がって何曲かデュエットしてもらえればよい。

このように考えていた谷川だが、大滝には、せめてコンサートに名前だけでも貸してほしいと伝えていた。

ナイアガラ・オフィスには話して、今日のスケジュールは空けてもらっている。

大滝は、今回、名義を貸すということに対して、簡単には首を縦に振らなかった。

谷川としては、「色々なアーティストの面倒を大滝と一緒に見ている」とPRすることで、社内にうずまくレコーディング遅れの不満も押さえられると考えている。引き下がるわけにもいかない。

最後は、ナイアガラ・オフィスやPMPとも打合せし、今回の編曲と演奏は4月に『火の玉ボーイ』を発売した鈴木慶一とムーンライダースに頼むこととした。ムーンライダースは、クラウンへの移籍が決まっており、来年のニュー・アルバム発表前に売り出したいというPMP側の希望に沿った布陣だ。

ただ、ムーンライダースは盛んにライブ活動を行っており、10月に開店した新宿ロフトでのライブの隙間を縫って、練習は5日間ほどであり、こちらも不安は残る。

今回のコンサートが失敗すると、社内でも立つ瀬がない。
「今日だけは来いよ。」
大滝には連絡したが、果たして大滝は来るのだろうか、また、コンサートは無事終了するのだろうか。



やまがたすみこ バースデイ・コンサート

開始1時間前には、大滝が姿を見せ、谷川は安堵の胸を撫でおろした。

これで構成通りライブを開催できる。大滝は、名目だけということで会場に顔をみせたが、今回の扱いにいら立っていた。

谷川は大滝の気持ちを汲んで、一言話しかけた。
「お願いしやす。」大滝に頭を下げた。

ゆったりとしたピアノのイントロにあわせ、「むらさき色の風」がはじまる。B面の曲ながら、ファンには人気があり、オープニング・ナンバーにふさわしい。

「こんにちは、やまがたすみこです。」
歌い終わって、やまがたが挨拶をすると、
「誕生日おめでとう。」
客席から、さっそく声がかかった。

最初、緊張気味のやまがたは、会場に集まってくれたファンへの感謝の気持ちのあと、歌手生活3年半のところ、「20周年」とジョークを交えたMCを入れて、少し落ち着きを取り戻し、初期のヒット曲「風に吹かれて行こう」などをメドレーで歌い、会場の熱気はさらに高まった。

やまがたは途中で、バック・ミュージシャンであるムーンライダースの紹介も行った。

「知り合ってまだ5日ぐらい。」と上品に笑うやまがたの声に、会場のあちこちから笑いの声が漏れる。

「曲が決まったのは昨日だ。」とやまがたが白状すると、一部どよめきも起きたが、会場全体は暖かい笑いに包まれた。 

練習にかける時間は正味3日しかとれなかったのは事実だ。それでも、鈴木慶一とのデュエットでのスパイダース「あの時君は若かった」や、大ヒットとなっているジャニス・イアン「ラブ・イズ・ブラインド」などをそつなく歌いこなし、締めの曲「11月の風」をしっとりと歌いあげると、客席のボルテージは最高潮に達した。

拍手が静まらず、アンコールで、みんなに捧げて歌われた「帰り道」。谷川はコンサートが成功裡に終わったことをかみしめた。

日本コロムビアは、レコード会社でレコード部門を別会社にしていない、唯一の”一部上場”企業である。幸い、今のところ大きな赤字は抱えていないが、会社には、日立からの出向者も沢山いるし、レコード・プレイヤーやアンプなどの機器製作を手がけるものもいて、レコード部門にみんなが理解があるわけではない。

組織の理屈かもしれないが、コロムビアの他のアーティストの面倒を見ることで、初めてナイアガラを続けることができる。

しかし、それは大きな組織に属し、働いていないと分からないものだろう。あえて、そういったことを大滝に説明する必要はない。谷川は、その感情を自分だけのものとして、そっと胸にしまった。


ライブから2か月経過した12月25日に発売された『すみこ・ライヴ』のタスキの表には、次のような文字が並んだ。

《★大滝詠一、鈴木慶一とムーンライダース(PMP・クラウン)のサポートを得て放つ! やまがたすみこ、初のライヴ…………‼》

 


註)アルバムのライナーノーツには、やまがた自筆ライナーによるライブの様子に加え、「Produced by 大瀧詠一(Stage)」、Special Thanks to に「谷川(c)」 の記載がある。
また、「All About Niagara」に掲載のライブ・リストには、構成・演出・ゲスト出演:大滝詠一 Producer(名目)/ 大滝詠一(Stage)と記載がある。

註)レコード以外の当日ライブの模様やリストの完全版は、2020年1月30日時点で公表されていない。

註)翌年1月のNHK FMのやまがたすみこのDJ番組では、やまがたがムーン・ライダースをバックに「夏の光に」や「青い道」や「ウェディングソング」などを歌う様子が放送された。



はい、いかがでしたでしょうか。

今週は、『SUMIKO LIVE』でした。

次は『ナイアガラCMスペシャル』というのを予定しております。
大滝詠一の作りましたCMソングを集めて、お送りしたいと思います。

それでは、本NOTEにて、またお目にかかりたいと思います。Bye Bye!

  2022.01.31
  霧の中のメモリーズ

連載一覧は、こちら
「日本コロムビアの谷川恰と大滝詠一」(noteマガジン)


(これまでの回一覧)
はじめに <2021.10.25>
第1回 プロローグ(舞台袖の谷ヤン) <2021.11.15>
第2回 コロムビアレコード移籍 <2021.11.22>
第3回 『ナイアガラ・トライアングル』レコーディング <2021.11.29>
第4回 『ゴー・ゴー・ナイアガラ』放送終了危機<2021.12.06>
第5回 『ナイアガラ・トライアングル』レコーディング パート2 <2021.12.13>
第6回 ナイアガラのパッケージ・デザイン<2021.12.20>
第7回 ナイアガラのパッケージ・デザイン パート2 <2021.12.27>
第8回 『ナイアガラ・トライアングル』プロモーション <2022.01.03>
第9回 「ナイアガラ音頭」プロモーション <2022.01.10>
第10回 難産の『ゴー!ゴー!ナイアガラ』 <2022.01.17>
第11回 ついに『GO! GO! NIAGARA』発売 <2022.01.24>
第12回 『SUMIKO LIVE』 <2022.01.31>
第13回 ナイアガラCMスペシャル (Coming Soon!)

【一言コラム】
豊川稲荷 <2021.11.29>
日本コロムビア本社 <2021.12.13>
niagara ✕ COLUMBIA バインダー<2021.12.27>
ABC会館ホール <2022.01.03>
日本コロムビア・グランド・スタジオ・ロビー <2022.01.10>