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mizuki | 目端に映る短編小説
2022年11月4日 02:15
君たちに会いたいなぁ。学生の頃なんでも打ち明けられた、あの君たちに。どうして今はこんなにも遠くに君達がいるように感じているのだろうか。もちろん住んでいる距離も遠くなった。身分も変わった。なのに、僕たちの関係性だけは何の発展性も無い。だからワイングラスでシラーやらテンプラリーニョやらを飲む時、君たちを懐かしく思ってしまう。僕たちは、一人一人を見れば間違いなく変わってしまったのに、僕たち三人は、何も
2022年10月25日 01:24
僕の高校の美術部は、その数年の間、県内では他校を圧倒していた。三年連続の県予選一位通過はもちろんのこと、県内のあらゆるコンクールで、この高校の名前が表彰台に乗らないことはなかったし、しかも一つに一人というわけでもなかった。 僕はとりわけ、その中でそういったものにあやかる可能性は無いと思われた。美術部の他に兼部をしていたし、とにかく下手だった。自信はなかったが、それでも部活を続けていたのは、ここ
2022年10月11日 23:57
れいたは久しぶりに靴下を履いていた。シャツを着替えて、ジャケットを羽織って、ジーンズを履いていた。鏡の前の自分はなんだか時代遅れの亡霊のようだ。伸び切った髪に、メガネ。おしゃれとか、そんなものとはかけ離れている。しかし、これが今のれいたの精一杯の服装だった。外出だなんて、何年ぶりだろうか。 いわゆるニート、というのがれいたの肩書きだった。 中学の三年間は壮絶ないじめの記憶で埋まっていた。
2022年8月10日 23:59
冬になると鈍色が辺りを覆うけれど、ひときわそれが顕著なのは空。ずっと暗いのに、陽が沈むのも早い。晴れや雨は好きだけど、曇りの日はあまり好きじゃなかった。母親の帝王切開で出来た古傷が痛んだり、僕も肺が痛くなったりするから。そんな雰囲気ってどうにもいたたまれない。こういう時、このどんよりする痛みを誰かと分かち合えないものだろうか。僕の隣にいる彼女は、なんでもわかってくれるけど、それは何だか年長者が後
2022年8月15日 23:59
あるいは運が良ければ、こんなふうにふたりで歩くことはなかったのかもしれない。ふたりにとって、この二週間というものは悲惨というと大袈裟だが、少なくとも穏やかではなかった。ふたりには大仕事が待っていたのだ。それは人生の中で大きな意味を持つものだった。これまでの人生は、このゴールに向かって一直線に伸びているようにさえ思えた。店を構えて、一緒に働き始めるということ。新しいそれぞれの生活を始めるという
2022年8月20日 01:58
割れるような拍手と歓声の中、俺は目を瞑っていた。 舞台の上で受ける拍手。うずくまり涙を流す俺に、仲間は一発叩いてくれたおかげで、なんとか列に戻り、挨拶を済ませることができた。 小さな地方の劇場でありながら、俺を含めて、仲間達の熱意は決して弱くはなかった。俺たちは普段小さなアマチュア演劇をしている。それが今回、大きな作品に挑戦しようという提案が上がり、都市のプロ劇団が取り組むような演目に挑戦す
2022年8月28日 23:45
「なんというか、わかるかな。後輩たちと話してる。有望だと思って、それは別に本当の気持ちなんだけど。」六年ぶりのメール画面、元カノのあいつを思い出すその気持ちは、酒のせいなのか何なのか、あまりわからなかった。ただ、一所懸命に勉強しつつも、どこかぬるい世界の人と、なんというか当たり前の人々と、そういうのはないなと思った。つまり、話ができないということ。天谷六太(あまやろくた)23歳。上場
2022年8月30日 02:47
急に手に震えが走った、そう思った時には遅かった。柔らかいペットボトルが、音も立てずにへしゃげて、ネクタイ下のシャツはコーヒーに濡れた。「いやいや、やってしまったナァ」と彼は言う。同僚が、何をしてんだい、と笑いながらティッシュを持ってきてくれた。ここ数日の疲れだろうか。最近はあまり眠れていない。手洗い場の鏡の前、ネクタイの下で濡れたシャツはまるで心臓にくっ付いているようだった。それは恐ろ
2022年9月4日 02:53
唐突かもしれないが、常々思っていたことがある。老いぼれについて、彼らの共通点はひとつだけ…それは退き際を弁えないことである。いつまでもその席に座ろうとする、その執着たるや。だから、言ってやったんだ。そしたら、こうやって異動だ。でも、同時にずっと大好きだった先輩が辞めると聞いた。そしたら、なんだか、どうでも良くなったんだ。だってこんなこと言うんだぜ、聞いてくれよ。「君たちに、最後だから全部