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【短編】こういう話がしたいんだ

「なんというか、わかるかな。
後輩たちと話してる。有望だと思って、それは別に本当の気持ちなんだけど。」

六年ぶりのメール画面、元カノのあいつを思い出すその気持ちは、酒のせいなのか何なのか、あまりわからなかった。
ただ、一所懸命に勉強しつつも、どこかぬるい世界の人と、なんというか当たり前の人々と、そういうのはないなと思った。つまり、話ができないということ。

天谷六太(あまやろくた)23歳。
上場企業に就職しながらも、それを辞めた男の名前、現代に満足できない若者の名前である。
長いこと、彼女はいない。新宿の路上ライブを眺めながら小説を書き、バイトで生計を立てている。
路上ライブの人々は千差万別。新宿では長い横の列を成して、数多のライブが開かれている。
「ここにいる人達と、俺は何ら変わりない。」
心の中で呟く。小説を書き、投稿する。プロにならない内は、それは、ストリートと何ら変わりがない。
路上で叫び歌う人々を見て思う。こういう人たちの中から、飛び出ていかなければならないのだ、俺たちの世界は。
でも、思うのだ。この携帯画面を見ながら。こいつとはそういう話ができていた。

世界って何でできているのか。
君を愛することで、世界を愛せるのかどうか。
誰かを愛することは、どういうことなのか。
そういうことを話したかった。

理論理屈じゃないんだ。
今のご時世、何でも理論だ。でもだからなんだというのだろう。
それに従属するなら、それは意味がないではないか。
今までも何かに従って、管理されてきたはずだった。でもそれは、己を鍛えるための訓練であって、最後には巣を飛び出して行くはずのものなのだ。
でもどうだろう。従うべきものを取っ替えて、それで成長した気になっている今の世の中って何だろう。

六太はずっと考えていた。路上ライブは佳境を迎えていた。男の耳にはその歌声と、雑な、酔っぱらいの世間話が聞こえていた。人々が行き交う様を、何となく見ていた。

ふと地面が揺れる。当たり前に揺れている。
地下で何かが蠢いている。
何が動いているのだろうか、新宿駅の真上に佇む。こんなにも稚拙な世界の中で。何も動くことなどないのに。どうせ、みんな変わらないのに。

文章を書いていく。自分の言いたいことを。
もはやそれは小説ではなかった。
路上ライブ、叫びたいことを叫ぶヘタクソな歌が響いていた。

「やっぱり、こいつらと俺は同じだな。」
そう思った。

メールは送らなかった。下書きは今も、六太の携帯の中にあるかもしれない。
今となってはわからない。六太は歳をとったし、あの頃の話も過去のものになっていた。
でもそれは、時間が経ったかどうかでいえば、そんなことはなかった。
単純には、時計が半分回ったくらいだった。でもそんなことはもう関係なかった。

「今」という幅を、もう通り越してしまっていた。完全に過去になったのだ。
路上はあっけらかんとしていた。
叫びを吐き出したように空っぽだった。
メールの下書きのことなど、もう六太の頭にはなかった。
ただ、ただ、さっきまで誰かが叫んでいた場所に、ぽっかりとあいた穴を、虚空を、見つめていた。

叫びたくなってこう思う。
「ちがう、ちがう。そうじゃない。理論理屈は超えるもんなんだよ。今こうやって何も出来ずに書いている時にも、この全力が何なのかってずっとそうやって思ってる。何が大事なのか、そういう話がみんなできない。頭でっかち。やってみろ。実感を持って話せ。全てが全て、心の底から湧き出て言わないならば、一体そこに何の価値があるだろう。

そういう話を俺はしたい!!!
こういう話がしたいんだ。」

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