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【読書ノート】31「安全保障戦略」兼原信克

著者は外務省官僚出身で内閣官房副長官補、内閣官房副長官補兼国家安全保障局次長を歴任。本書は歴史・政治・地政学・戦争・インテリジェンス・危機管理などを含む日本の安全保障を包括的に述べたもので重厚な内容。外務省でのキャリアが長く、その後政府の要職に就いていただけあり非常な博識で学ぶところが多い。大戦中の兵站の不備の分析、そしてそれがエネルギー問題に絡み現在にまで続いていること、また膨張する中国を大日本帝国の姿に例え分析することなどは非常に共感できる。

しかしながら、例えば戦前の韓国の植民地支配の事実やその弊害、従軍慰安婦などは完全否定している。また中国を仮想敵国として考えているようだが、政権の中枢にいながら安倍や岸田を含むその子分一派は対米従属と中露従属の二股をしてきたこと(現在もしていること)を知らなかったのであろうか。筆者が属する自民党や敬愛する安倍元首相が、韓国のカルト宗教に完全に取り込まれていた現状をどう解釈するのであろうか。


◆ 兵站の重要性について

「下手な軍人は戦闘を考える。優秀な軍人は兵站を考える。秀吉が名将だったのは兵站に強かったからである。このような愚を繰り返してはならない。残念ながら今日の日本政府・自衛隊には、有事の商船隊防護の準備が全くない。特に、最近のサイバー戦では、まず狙われるのは民間の重要インフラである。第13項で詳述するが、日本政府は、有事の際の重要民間インフラ防護の発想が大きく欠けている。サイバー攻撃は安価で容易である。高い能力を持った部隊を育てれば、敵国の石油コンビナート等の産業中枢と、金融中枢、発電所や変電所、原子炉発電所、大規模ダム、高速鉄道、航空機等、大災害に結びつく事故を起こせる。そうすることによって、自衛隊はもとより経済活動全体を麻痺させることも技術的に可能である。」

p72

「最初に戻るが、シビリアンコントロールの真髄、すなわち、国務と陶酔の統合とは、突き詰めれば、「DIME」 (Diplomacy、 Intelligence、 Military、 Economics)である。シビリアンコントロールとは、安全保障に関して、政府の最高レベルで 「DIME」 を 総合判断できるということである。
特に、外交と軍事の相関関係を抑えることが基本である。軍事だけを優先して戦略を練ると、戦前の陸海軍のように必ず失敗する。戦闘 (battle) に勝って戦争 (war) に負けるのである。特に、日中戦争開始後、戦時の体勢に入ると日本政府の中で、暴走する軍隊の一行がほぼ絶対的なものとなった。
戦前の大日本帝国の失敗は、外交を含む国務と統帥の分裂にある。統帥権の独立という誤った憲法論が、国を滅ぼした。昭和天皇の苦しみは大変なものであったであろうと思う。・・・日本は、出先の関東軍の暴走以降、陸海軍が勝手に蠢動し、東京の中央政府がバラバラになって、無様にメルトダウンしたのである。 」

p73

◆ 湾岸戦争からPKO法成立に至るプロセス

「石油輸入のほとんどを頼る中東の安定は、日本にとって戦後の新しい国益である。日本人は、かつて大日本帝国の一部であった朝鮮半島や台湾の安全には敏感に反応する。戦後、膨大な量の石油をがぶ飲みするクジラのようになった日本にとって、中東からの石油の途絶は、経済的には死を意味する。
しかし、中東に自衛隊を派遣するという考えは、戦後半世紀間、太平の世を謳歌した日本が、直ちに受け入れるところとはならなかった。与党である自民党も半腰のままで、公明党は反対し、野党は政局化を狙って大混乱となり、外務省提出の法案はそのまま廃案となった。
政府はその後、国連平和維持活動への参加を目標とすることになり PKO法が制定される。湾岸戦争のトラウマは、逆に「 PKO 位やらなくてどうする」という気運を生んだ。モザンビークから始まった日本の PKO は、やがて大虐殺ルワンダ(派遣はコンゴ民主共和国のゴマ)カンボジアの国家再建など、大きな役割を果たすようになった。安全保障をめぐる国家論議は荒れに荒れたが、そのおかげで国民世論が徐々に成熟していた。与党である公明党の理解も深まっていった。 PKO法が成立したのはそのおかげである。柳井俊二条約局長(後の内閣官房 PKO 局長、外務次官、国際海洋法裁判所長)の傑出した貢献があった 。」

p209

◆ 太平洋戦争における商船隊の殲滅(兵站の失敗)

「四面環海の日本にとって、海は、古来、日本の守護神であり、元寇をはじめ外敵の侵入を許さない巨大な濠のようなものであった。 しかし、逆に、海を取られると日本はあっという間に屈服せざる得なくなる。日本のエネルギー自給率は5%程度である。日本の食料自給率は40%を切る。
日本周辺海域を機雷で封鎖され、日本商船隊を殲滅され、第三国と日本の貿易を敵対勢力にコントロールされなると、日本の経済活動は止まり、日本人は飢える。 それは、私たち日本人が、太平洋戦争で経験したことである。
太平洋戦争では、米海軍によって、日本の商船隊は全滅させられ、数万人の船乗りが命を奪われ、1万隻を超える商船が海の藻屑と消えた。帝国海軍は、戦争目的で政府に徴用された民間船舶であるにもかかわらず、日本商船隊(輸送隊)を真面目に護衛しなかった。帝国海軍が歴史に残した巨大な汚点である。政府は、徴用された船員の遺族に1円の年金も補償金も渡さなかった。」

p227-228

◆ 現在のエネルギー安全保障(エネルギー兵站)

・・・工業化された日本は、試練という動脈で、世界各地の市場や製造拠点や原材料供給地と結ばれているまる狭い日本が海に向かって閉じられれば、12650万人の日本人が豊かな生活を営むことはおろか、飢えずにに生きていくことさえも難しくなる。例えば一次エネルギー消費量を見てみよう。 中国が30億トン、米国が22億トン弱、日本が4億3000万強トンである。しかし、エネルギー輸入依存度は、対外依存度の低い米中が「ガブ飲み」している。日本はエネルギーをほとんど対外依存しており、エネルギー効率はとても高いが、エネルギー依存度も非常に高い。逆に言うと、日本は、シーレーン攻撃、海上封鎖に対して極めて脆弱な国なのである。日本は、剥き出しの動脈を数千キロ以上はインド洋や太平洋に張り巡らせて、経済の栄養分である原料、エネルギーと食料を吸い取り、逆に、日本から資本を投入し、また、商品を売りに出して生命力を維持している国なのである。残念ながら戦後の日本において、日本が有事に巻き込まれたとき、日本商船隊をどう守るかという戦略は、考えられていない。経済産業省エネルギー庁、国交省海事局、防衛省、汽船会社が緊密に連帯せねばならないのだが、実現していない。そもそも汽船会社においては商船隊全滅という戦前の悲劇への恨みが消えておらず、いまだに政府から独立不羈の気風が強い。戦前の教訓は生かされていないのである。戦争目的で民間船を徴用した戦前とは逆に、有事に民間の交易を守るために日本商船隊を守り抜くことが求められる。特にエネルギー安全保障のための官民連携が必要な時期に来ている。

p227-228

大日本帝国化する現代中国

今、「共産主義的中国人」 というアイデンティティの創出に失敗した中国共産党が作り出そうとしている自己イメージは、漢民族を中心とした「中華5000年の栄光」という大帝国のイメージである。それは、明治の日本人が皇紀二千六百年を唱え、天皇家の古代神話を近代に持ち出して、急激に大日本帝国臣民のアイデンティティを作り出したのと同じである。もとより、中華五千年も、皇紀二千六百年も、歴史の実習に耐えられる代物ではない。 しかし、近代国家が生み出す近代的「国民」がまとまっていく上で、古くて、しかも、新しいアイデンティティの核が必要なのである。それは歴史から掘り出されたものではない。近代国家創世紀に人工的に作り出されるものなのである。

p247-248

現在の中国の愛国主義は、典型的な近代的ナショナリズムである。鄧小平以来、それは共産党の統治の道具と成り果てた。鄧小平は、その虎の背に乗った。虎は成長しもうことなった。 果たして習近平は、この虎を乗りこなせるだろうか。 習近平主席のスタイルは独裁的、強権的であり、国内外に敵を作りすぎた。 もはや、退任するといえば一気に政局は流動化し、共産党内部で激しい権力闘争が起きるであろう。習近平は、自ら脅かすナンバー2を作らず、自分の任期を無期限とした。 自分の家を守るためには、権力に固執せざる得ない。・・・昭和前期の日本では、実際には戦争を知らない軍人が、国力の伸長に酔った。戦前の日本にも外務省や経済界に、国際協調派は数多くいたが、当然その声はどんどん小さくなっていった。明治天皇も昭和天皇も、皇室を危殆に瀕するような戦争はお嫌いだった。日露戦争に従事した軍人たちも戦争に慎重だった。 血と硝煙の匂いのする日清戦争と日露戦争の経験者が退役した後、国力増進に良い、ナショナリズムに酔った軍人の暴走で、大日本帝国は道を踏み外した。習近平の後の中国が、大日本帝国のようにならないことを願う 。

p248-249

(2022年8月28日)


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