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短編小説集

84
短編小説を挙げています。
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2019年11月の記事一覧

不毛

手紙を書こうと思い立ち
便箋とボールペンを買った。
長い文章を書くなんて
就職活動以来だから変に緊張した。
別に手紙を書かなければならない
必要に迫られる事情なんてのは
正直皆無だった。
でも胸から湧き上がってきた
「書かなければならない」という
感情が気付けば脳内すら支配していた。
真っ新な便箋に向き合い
言葉を探す。書き出しは苦手だった。
過去の人生を振り返ってみても
何かを率先することなどな

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唐突な連絡

休憩中、喫煙所でスマホの電源を入れた。
真っ黒なディスプレイは瞬時に
ブルーライト満載の光の暴力を繰り出した。
ため息交じりに慣れた手つきで
ロックを解除すると意外なことに
LINEが届いていた。変な胸騒ぎがする。
アプリをタップすると緑の画面に
切り替わり、そして連絡の主を表示した。
見覚えのある名前からのグループ招待。
思わず天を仰いだ。自然な反応だった。
気を紛らわせるためにタバコに火をつけ

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バッティングセンター

身体は嘘をつかない。
年齢に勝てないという事実が
打席の後ろにあるキャッチマットに
軟球がぶつかる音によって自覚的になる。
あの頃、当たり前に打っていた
速度のボールが当たらない。
気を取り直して、構える。
マシンから放たれる山なりの
ボールを見据え、コースを読む。
ここだ。バットを振り出す。
イメージでは真芯に当たり
勢いよく飛んでいくはずだった。
でも現実はあまりにも残酷だ。
弱々しい打球が転

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終電前

時刻が日付変更線を超える頃
僕らは駅に向かって歩いていた。
二人で歩くのはいつ振りだろうか。
僕よりも小柄な彼女に合わすように
歩幅を小さくすることを意識する。
普段見ている景色もゆっくり進み
少しだけ非日常感を抱いてしまう。
懐かしい。純粋に懐かしかった。
「どうしたの?」
不意に彼女は訊いた。
舌足らずの声は、子供ぽっさがあり
一度聞いたら忘れないくらい印象的だ。
「なんでもないよ」
何に対し

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迷い

死のうと思ったのは
ある意味当然の流れだった。
情動で命を絶つことは愚かだと
分かっていたからこそ
死ぬ理由を求めていた。
それが生きる理由というのは
どこか滑稽に思えるけれど
大場葉蔵よりかはマシだ。
人の少ない電車が駅に着く。
誰かが乗る訳でも
降りる訳でもないのに
プログラム通りに扉は開き
外気が車内に入り込んでくる。
ちょうどいい冷たい風は
少し熱帯びた思考回路と
エアコンで火照った身体を

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自問自答

昨日の帰り道に立ち寄った店で
おススメされた期間限定のコーヒー豆を挽く。
電動のコーヒーミルの機械音と
芳しい豆の香りが静かな台所を彩る。
時計は正午になる少し前だ。
ボサボサの髪の毛に無精ひげが生える
全身スエット姿は、絵に描いた休日を表現する。
聞き逃した深夜ラジオも聴いていたから
極めて充実な一日の始まりだった。
挽きたてのブラックコーヒーとスマホを持って
部屋へと移動し、買ったばかりのソフ

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境界線

『どこにいる?』
改札前に立っていたボクのスマホに
友達からのLINEが届いた。
『今、改札の前に居るよ』
すぐに既読が表示される。
『どの改札か分からなかったから
先にA-3の出口に出ちゃった』
通信システムがどんなに発展しようと
最終的には、自らの頭で考えて
足を動かさないといけない。
『分かった。すぐに行くから
そこで待ってて』
スマホを操作しながら歩き出す。
歩幅は普段よりも大きなって

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結婚報告

発車のメロディがホームに鳴り響く。
未だに着慣れないスーツと光沢を失った革靴は
いざダッシュを求められる時には足かせに変わる。
走りにくい。
スニーカーか運動靴であればいいのにと
本気で思いながら階段を駆け下り
閉まろうとする電車の扉に一直線に進む。
同点の場面でタッチアップを試みた
三塁ランナーのようにがむしゃらに走った。
僕が車内に入ってすぐに扉は
プシュー、と音を立てて閉じた。
そして数秒後

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休日の日差しは優しくて

日曜日の昼下がり、駅前は賑やかな声が響く。
深夜には聞こえない子ども達の
明るく無邪気な高音が聴覚を刺激する。
いつも見ているはずの風景なのに
なんだか普段とは色が違う。
「ねぇ、何食べる?」
僕の横を歩く彼女が不意に言う。
「そうだな……何食べたい?」
質問に対して質問で返すあたり
女性、いや人との関わりに
難ありだなと自嘲してしまう。
「質問に質問で返さないでよ」
至極当然な返しに、苦笑いを浮

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放課後の夕暮れは優しくて

学校の雰囲気が少し変わりつつあった。
大学受験や就職活動などによって
染められていく雰囲気は少し殺伐としている。
部活も引退しちゃったし、文化祭も終わった。
今までの時間で注いでいた力が
宙に浮いてしまって埋めるために
バイトに精を出す友達もいたけれど少数派だった。
多くは将来の為に、勉強をするようになった。
学校と予備校と自宅のトライアングルの中心で
息苦しい生活を余儀なくされた。
放課後のチャ

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独りよがり

恋という概念について
因子分解するようになったのは
何歳の頃だっただろうか。
正直、覚えていない。
でも今になっては朝起きて
歯磨きをするくらいの習慣性が
僕の中に確かに存在していた。
人が恋に落ちる。
その原理がやけに気になったし
何をもって恋と定義するのか。
今の若者と読書といった
関係性みたいにひどく疎かった。
そうした明るい世界について
触れてこなかった弊害なのだろう。
生物学的に考えてみ

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闘う姿が眩しくて

午後7時過ぎ。僕の足取りは重い。
仕事終わりのスーツ姿ばかりが溢れた
迷路みたいに入り組んだ道を進む。
すれ違う疲れた顔、死んだ面した人々は
日本という国を支える人柱に見えた。
「何かを得るには何かを失わないといけない」
誰かが言っていた言葉を思い返したのは
彼らの姿が、訴えているようだったからだ。
ようやく改札を見つけて、外に出る。
吹き付けた風には秋の匂いが含まれており
今更ながら夏の終わりを

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夏休みの終わり、彼はいなくなった

「Kが自殺した」
そのメッセージがクラスに流れたのは
夏休みが終わる9月2日の夜だった。
あまりに突然のことで部屋の椅子の上で
全ての回路が止まってしまったように
僕は何もできずに、ただ座っていた。
送信相手に確認のメッセージを送ることで
精一杯だった。でも涙の一つも出てこない。
恐ろしく感情が乏しいのだろうか。
それとも現実を受け入れられないのか。
正直、この瞬間は分からなかった。
ただ大事な友

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雨に濡れる窓、貴方の背中

35度を超える猛暑日が
昨日まで続いていた。
唸るような暑さに心身ともに
ダメージを負っていたからか
久し振りの雨は少し嬉しかった。
でもそういう日に限って営業で外回り。
お気に入りのパンプスはびしょ濡れで
ボーナスを奮発して買ったカバンも
雨粒のせいで、少し色が濃くなっている。
おまけに暑さも残っていたから
全身から力を奪うジメジメさも強烈だった。
会社に戻れば帰れると思っても
今の天気のように

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