休日の日差しは優しくて

日曜日の昼下がり、駅前は賑やかな声が響く。
深夜には聞こえない子ども達の
明るく無邪気な高音が聴覚を刺激する。
いつも見ているはずの風景なのに
なんだか普段とは色が違う。
「ねぇ、何食べる?」
僕の横を歩く彼女が不意に言う。
「そうだな……何食べたい?」
質問に対して質問で返すあたり
女性、いや人との関わりに
難ありだなと自嘲してしまう。
「質問に質問で返さないでよ」
至極当然な返しに、苦笑いを浮かべてしまう。
「でも、そう返ってくるのは分かってたけれどね」
次の一手を読んでいるなら
食べたいものを言ってくれればいいのにと
口にしようとする僕を制すかのように彼女は続ける。
「私が食べたいものを言ったらさ
それにしようと言ってくれるでしょ?
でもね、それじゃ嫌の。私はあなたと一緒に
話して決めたご飯を食べたいんだよ」
もう、何も言い返せない。
僕の横を小さい自転車に乗った
数人の子どもが走り抜けていく。
「オムライスが食べたいかも」
何故、そんなことを言ったのか
僕自身も全く分からなかった。
「えっ、オムライス?
そんな可愛いもの好きなんだ」
彼女もそうだったようで
驚きを隠せていない。
「いや、なんか急に食べたくなった」
「オムライスは却下」
「結局、却下かよ」
思わず彼女の横顔を見る。
彼女は伏し目がちになっていて
少し頬を赤らめているようにも見えた。
それはチークのせいなのかもしれないけれど
別にそんなことはどうでもよかった。
「せっかく言ってくれたのにごめんね。
でもねオムライスは今度にしよう」
「別にいいけど、なんで?」
質問に彼女は答えない。
幾つもの飲食店を横目に
僕らは少しの間、無言で歩いた。
太陽の日差しが優しく感じて
休日らしさを感じていると
不意に彼女が僕の左手を握った。
全く予期していない展開で
彼女と手を繋ぐことに戸惑ってしまう。
もう何度もデートしているのに
彼女の手を握ることはなくて。
その機会を窺っていた節は
確かに僕の中にあったけれども。
「どうしたの?」
心拍数が上がっていることを
悟られないように平静を装って声を出す。
少し上ずっている気がしたのは
ある意味、本当の意味で彼女のことを
異性と判断した結果のようだと思った。
簡単に手を繋げる奴と繋げない奴の違いは
恐らく下心の隠し方、飼っている場所の違い。
先天来な部分、経験値の差と言えばいいのか
それとも自覚症状の有無なのかは分からないけれど
この大きく見えて、実際は小さなハードルを
越えられなかったのは猜疑心と見栄だ。
多くの人との親密な関係を築くのが苦手だったけれど
でもある少数の人間とは深い付き合いをしているから
声や表情、その他多くの要因から相手の真意を
読み取れる関係性が、影響している。
まるで全ての人間が内情を読み取る
眼鏡みたいなものを標準装備していて
常に把握されていると
無意識で思い込んでいる
傾向があるからだろうな。
「ん? 付き合ってるんだから
手を繋いでもおかしくないでしょ?」
質問を誤魔化すように平然と呟く
彼女の声は普段よりも小さかった。
「そうだね」
「ねぇ、手冷たいね」
「末端冷え性だからね」
面白さが抜け落ちたボケに彼女は表情を緩める。
「手が冷たい人は心が暖かいんだよ」
そう言って彼女は僕の手をさっきよりも握った。
勘違いかもしれないけれど、手が濡れている。
どっちの汗かは分からなかったけれど
平常心を保っているのが厳しくなってきたことだけは
僕の脳内でハッキリと判断できた。
「それじゃ、あそこに行こうか」
目に入った店を右手で指さして言った。
もう何年も住んでいて、日常的に利用している
駅周辺なのに初めて見たファミレスだった。
「そうだね。あそこならなんでもあるしね」
彼女は目線を僕に合わせて頷きながら言った。
車が横を駆け抜けていくエンジン音
パチンコ屋の前で大声で宣伝している男性の声などが
重なった音が昼下がりらしさを表現する。
にしても今日は色々なものが五覚を刺激する日だな。
「でさ、オムライスの件なんだけど」
頭に浮かんだ質問台詞を全ていう前に彼女は言った。
「それ聞くの?」
「うん、気になるから」
また彼女は黙り、視線も道路へと落ちる。
そんな僕らを止めるように信号は赤になった。
僕はそれ以上、何も聞かないことにした。
「私の……から……なら……しいな……」
彼女の口にしたモスキート音のような
小さな声は、青になった信号から流れる音響が
簡単に飲み込み断片的にしか聞こえなかった。
思わず僕は彼女の顔を覗き込む。
聞こえてなかったのかよと言わんばかりに
不機嫌な顔をしていた。
一つため息を吐いてから彼女は
恥ずかしような表情を浮かべ始める。
今日は普段見ない顔をよく見る日でもあった。
「オムライスは、私の得意料理なの。
だから一緒に食べるなら、私の作った
オムライスを食べて欲しいなって言ったの」
言い終えた瞬間、彼女が僕の背中を叩いた。
「バカ」と言って横断歩道の向こう岸まで
駆け足で進んでいく背中を見ながら
追いかけるように僕も交差点を足早に渡った。
その時、気付いた。
やけに街の風景が普段と違う理由を。
誰かの歩幅で歩くことに幸せを感じたことは
胸の中に大事に閉まっておこう。

文責 朝比奈ケイスケ

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