唐突な連絡

休憩中、喫煙所でスマホの電源を入れた。
真っ黒なディスプレイは瞬時に
ブルーライト満載の光の暴力を繰り出した。
ため息交じりに慣れた手つきで
ロックを解除すると意外なことに
LINEが届いていた。変な胸騒ぎがする。
アプリをタップすると緑の画面に
切り替わり、そして連絡の主を表示した。
見覚えのある名前からのグループ招待。
思わず天を仰いだ。自然な反応だった。
気を紛らわせるためにタバコに火をつける。
メンソールが口の中に広がっていく。
煙を吐くと同時に今日一番のため息が
口からこぼれおちていった。
灰色に着色されるため息は行き場なく
天井にぶつかり、そして消えた。
諦めの気持ちを抱きながら
グループ招待の画面を見つめる。
かつてのチームメイトが結婚するらしい。
それに伴う二次会の日程が記載された
グループ名は、下手くそな説明よりも簡潔だ。
すぐに画面を閉じたくなったが
パンドラの箱を開けるかのように
招待されている人を確認してしまった。
あの時のチームメイトの名前が並ぶ。
最初は分からなかったけれど
一名の名前だけが見事に抜けていた。
彼は部活内で嫌われていた人物だった。
そして彼もまた部員を嫌っていた節があり
この状況は、多分WIN-WINだろう。
自分の連絡先を変更せずに現在まで
生きてしまったことを恥じながら
めでたい報告の中から闇に拾い上げた
自分自身の底意地の悪さを自覚する。
もう会わなくなって11年だ。
長いように感じるけれど
まだそんなもんかと思う名前の羅列は
嫌悪感と懐かしさが同居した
救いようのない感情を抱いていた。
ボクも賢くなったのだろう。
グループの名前から余白を読み取り
透けて見えるやり取りを想像すると
面倒な立ち回りをする羽目になった
送信主に同情してしまう。
今回の主役とはそれなりの関係性を
築いているつもりではあった。
高校生活という期限付きの環境での
薄っぺらな関係性なのは分かっている。
彼と最後に会ったのは成人式だから
もう10年前にまで時間を
巻き戻さないといけない。
名前や顔、体格も覚えているけれども
声は忘れたし、勿論連絡先は知らない。
一度切れたはずの関係性。
10年も会わなければ関わる必要性はなく
今後も関わることは限界集落の若者くらい
少ないと簡単に分かるはずなのに
結婚すると切れたはずの糸を
何もなかったかのように繋げようとする。
未だに理解できない人間関係の影だ。
情報化社会による弊害は時に顔を出して
不必要な強要を求められる気がした。
タバコの先端を灰皿で叩く。
あっけもない無抵抗さで落ちていく灰は
濁った色した水の中に姿を消した。
もう一度、タバコを吸う。
そして彼らのやり取りを想像する。
めでたく、面倒で、不毛なやり取りを。
誰が軸なのかは定かではないけれど
要は二次会の頭数を揃えたいのだ。
どうでもいい見栄か、単純な好奇心かは
判断できないが恐らく前者なんだろう。
結婚式に二次会をセットにする理由を
もう一度鑑みた方がよいのではないかと
疑問符を呈する純粋な気持ちが湧くが
当事者でも脇役でもないモブとしては
心底、どうでもよかった。
そもそも当事者から報告もなく
誘われない時点で筋が通っていないのだ。
招待されたグループのトークでは
詳しい詳細が提示されているだろう。
同時にまるで時間があの頃に
戻ったかのような口調と関係性で
やり取りは行われているはずだ。
考えるだけで、イラっとする。
人の祝い事は純粋に祝いたい性分だ。
嫌いな奴の結婚式の二次会に行く程度の
社交性も持ち合わせてはいる。
でも、筋の通っていないことを飲み込み
やりたくないことをやるのは苦行であり
そこには悪意と憎しみくらいしか生まれない。
無意味な時間の使い方の頂点だ。
分かっているけれど、興味は湧く。
あの頃、関係性で言えば崩壊気味の
烏合の衆が今も繋がっていることが
部員の関係性を要素分解すれば
全く持って謎であり、理解できない。
そういえば送信主に3年前会った時に
「来ないと思ってた」と言われる時点で
明確に示したボクの意志は伝わっているし
「来週結婚式なんだ。来ないと思うけど
結婚式の二次会に来る?」と
断り前提の文言で誘われたけれど
ボクは「行かない」と秒で返事したことを
思い出すと送信主には同情してしまう。
別にここまで考えが広がっているとは
思わないし、ダメ元なのは理解している。
こういう面倒なことを避けるために
連絡先をシャットアウトしている彼の
おぼろげな姿を想起してしまう。
あの頃、ボクには覚悟が足りなかった。
3年前、実験という名目で行った二次会は
ストレスの極みだったのは今でも鮮明だ。
そういえば3年前に会った時だったか
Facebookでコーチと繋がっているという
薬にも毒にもならないことを聞いたことを
不意に思い出してしまった。
あんなに嫌ってたのにな、と本音が
喉元まで上がってきたけど笑ってごまかした。
人と繋がることがボタン一つのタップで
可能になった文明開化とフォロワーの数が
一種の自己肯定の名刺になっていることへと
考えが拡散し、波状していく。
もしかしたらあの彼も別のSNSで
繋がっているのかもしれない。
どうでもいい。
ボクがやらない理由はそれだから。
正直言えば、会えなくなった人と
繋がれるツールは欲しい。
疎遠になった友人との連絡できる術を
確保しておきたいという欲はある。
でもその欲を越えてくる理由が
登録まで指を進ませることはない。
会いたくもない奴や関わりたくない奴と
情報を共有したくないのだ。
見つけられたくないのであれば
やらないことが最善の一手なのだ。
惰性のような思考を展開しつつ
やっぱり誰かの動向というものは
気になるものだ、と思った。
そして同時に気付いた。
会いたくない奴と同じ熱量で
会いたいと思う奴がいることを。
ご祝儀や会費を払いたくないと思う
同じ熱量でご祝儀を少しでも
多く包みたいと思う奴がいることを。
結婚式に絶対に出たくないと思う奴と
結婚式に絶対に出たいと思う奴が
存在していることを。
傍から見れば冴えない地味な人生で
会いたくない奴も多いけれども
心から会いたいと思う奴もいる。
それだけで少し心が軽くなった。
気付けばタバコは短くなっている。
名残惜しく、一吸いしてから
灰皿にタバコを放る。
休憩時間にはまだ余裕がある。
どうするかを迷ってから
思索に耽るためにもう一本
タバコに火を点けた。

文責 朝比奈 ケイスケ

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