境界線

『どこにいる?』
改札前に立っていたボクのスマホに
友達からのLINEが届いた。
『今、改札の前に居るよ』
すぐに既読が表示される。
『どの改札か分からなかったから
先にA-3の出口に出ちゃった』
通信システムがどんなに発展しようと
最終的には、自らの頭で考えて
足を動かさないといけない。
『分かった。すぐに行くから
そこで待ってて』
スマホを操作しながら歩き出す。
歩幅は普段よりも大きなって
自然と早歩きになっていた。
「どうして都内の地下鉄は
分かりにくいのだろうか」
壁に貼り付けられた案内表示を頼りに
目的地へと進んでいく。
平日ということもあってか
すれ違う人はスーツ姿か
高齢者、外国人が多く
手には傘を持っている。
迷路のような駅内の階段を
上っていると出口が見えた。
気分に相応しくない雨雲で
出口に近づけば近づくほど
地面が濡れて、色が濃くなっている。
階段を上り切ると都内らしい幹線道路と
背の高いビルが目に入った。
首を左右にゆっくり振って周りを確認すると
壁に身体を預け、スマホを操作する
友達の姿を見つけた。
秋らしく薄い防寒着を身にまとう姿は
控えめに言って新鮮だった。
「よっ」
近づきながら、声を掛ける。
僕の声、或いは近づく人影に
気付た友達は顔を上げ、表情を緩めた。
「お店の閉店時間まで時間がないよ」
早速本題に入るあたり、らしさが滲み出ている。
「お店はどこにあるの?」
問い掛けに対して友達は、スマホを
水戸黄門の紋所のように僕の目の前に向けた。
大きめの液晶画面にはグーグルマップが
表示され、店までの経路が浮かんでいる。
文明の発展も考え物だな、と思いつつ
画面を確認し、脳内で地図を開く。
喫茶店の名前があったので
目的地までの経路は容易に想像できた。
「ここなんだけど。
初めて来たから地図が読めない」
さも当たり前みたいな表情を浮かべ
案内を僕に任せようと無言で訴える。
僕のほうから誘ったのである意味当然だった。
もう一度地図を確認し、歩き始める。
小雨が降り落ち、身体に当たる。
僕は手に持っていたビニール傘を開く。
友達はカバンの中から折りたたみ傘を
取り出そうとしていたので
僕は無言で傘の中に友達を入れた。
すると友達はカバンの中を探すのを止め
「ありがとう」と口にした。
信号が青になったのを確認し
横断歩道を渡りながら
友達が手に持っているスマホの指示に従う。
正確には地図を確認し、指示があっていれば
従うという形になっていた。
「朝から災難だったね」
「人身事故は想定外」
「無事で何よりだよ」
「10メートル先、右方向です」
こんな感じで挟みこまれるナビの機会音が
僕らの会話に水を差していく。
「ここかな?」
「じゃない?」
そんなやりとりをしながら
久し振りに会う友達と近況報告を交わす。
口下手な僕は終始聞き役に回り
同時に雨で友達が濡れていないかを気にしつつ
友達の話に耳を傾けて、相槌を繰り返す。
更には地図を広げて目的地への道のりを考えた。
地図の表示とナビが全然噛み合っていないからだ。
幾つもの情報処理を強いられたが、悪い気はしない。
「間に合うかな?」
「まぁ大丈夫じゃない?」
大通りから外れ路地に入って進めば
また別の大通りが現れるみたいな繰り返しを
何度か経験し、目的地へと近づいていく。
いかにも都内らしい街並みだった。
互いの休みを合わせた平日の昼間に
雨が降る都内を一本の傘の中に収まりながら歩く。
何の配慮もせず、ただ情報だけで推測するならば
デート以外の何物でもなかった。
ただ、僕らは恋人という表現には収まらない。
恐らく互いに秘めた感情は抱いていないから
仲の良い友人という形容が相応しい。
本音を吐露すれば、あわよくば……なんて
考えた時期は過去にあった。
魅力的な人であるとは思う。
でも恋人として捉えると
なんだか合わない気がしていた。
僕の恋は大抵、仲が良い友達を
恋人の対象として見てしまうことが多かった。
友達の延長線上にそうした関係があると
誤学習してきたからなんだけれども
過去に何度も同じことを経験し
「友達以上には見れない」という
取り扱いに困る返答をもらい続けた。
「付き合えない。でも友達関係は変わらないよ」
具体的に言ってくれればいいのにな、とは思うけど
それはあくまで男の目線
しかもモテない男の目線であるから何とも言えない。
女の目線では、早い段階で分別しているのだろう。
別にどっちでもいいけれども分かっているのであれば
気がある素振りは止めてほしいと心の底から思うし
彼女たちが言う友達関係というのにものに
明確な期限があることも本当は教えて欲しかった。
結局、同じ環境から出てしまい離れてしまえば
友達とは名ばかりの知り合い、顔見知り程度に
ランクが一気に下がることを大学卒業後に知った。
好意があるとしても口にしなければ思い出に変わり
いずれ離れていくという経験則は持ち合わせている。
それからというもの、口にはしない境界線を設けた。
隣を歩く友達は、長い間曖昧な場所にいたけれど
最近になって、友達の枠へ分けた。
慣れなのか、信頼関係なのかは不明だけど
もう好き勝手に物事を言えてしまい
変な話、一線を越えることは想像できない。
少なくとも僕から向かうことはないだろう。
利害の一致した異性の友達。
どうやら僕は学習能力が低いらしい。
年齢を重ねたこともあって
こちらの粗相が原因でなければ
別に離れていったとしても構わなかった。
友達が結婚しようと、そこに友達に対しての
嫉妬は多分抱くことはないからだ。
大人になったのか、異性に関心が乏しくなったのか。
両方が影響しているのだけれども
楽しい以上の感情が芽生えなければ
いつか崩壊を招くことも何度か目の失恋で知った。
良くも悪くも夢中になれる恋に落ちたのが
十年も前であると、醒めてしまうのだろう。
しかもその人を通して得たものが
あまりに破壊力があって、二の足を踏んでいるのか。
トラウマと表現すれば収まりがいいけれど、違う。
単純に好きだったからこその破壊力が増しただけ。
今でも大学時代の友人に会えば弄られて思い出すけど
元気にしてくれてればいいなという感情はあるけれど
それ以上の感情は抱かない。
会話もあんまり合わなかったよなと振り返れるし
なんで好きだったのかすら説明できない。
あの恋を一目惚れと呼ぶなら
一目惚れだったのだろう。もう顔をも忘れたけど。
「あそこに看板があるよ」
目に入った目的地の看板を僕は指さす。
「ほんとだ。よかった、見つかって」
僕らは少しだけ歩くペースを上げて店を目指した。
恋人と友達の境界線は分からないけれど
とりあえず僕の恋は一目惚れから始まるようだ。
隣で明るくしゃべる友達と一線を越えたら
また再びいらぬ後悔を抱いてしまうのだろうなと
予期するのは経験値の結果か
それとも全力の逃避行動か。まぁどっちでもいい。
とりあえず今は、この楽しい時間を過ごせればいい。
そんなことを考えながら僕は目的の店の扉を開けた。

文責 朝比奈ケイスケ

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