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ショートショートバンク

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ショートショートを書きたい気持ちになったときに書いたショートショートを、置いています。
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ショートショート『寝言師』

ショートショート『寝言師』

寝言師がSNSで話題になり出したのは、いつ頃のことだったろう。

彼女は30代くらいの女性で、身長は155センチくらい、基本的に地味な色の服を着ている。平日の昼間にしばしば地下鉄を利用しており、端の座席が確保できると、ゆるくパーマのかかった長い髪を垂らして眠り始める。

あるとき寝言師の隣にいたのは、二人の主婦だった。
年老いた母親の大切にしていた指輪がなくなった、ないのだと本人に話しても認知症が

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生物教師

生物教師

正人は詰めが甘い。生物室で恭平といちゃついてるところを誰かにスマホで撮られて、そして今日にはもう学校中のニュースになっている。

私が正人のいる学校に進学することにしたのは正人がいるからではなく、校風が好きだからで、制服がいいからで、レベルがちょうどよかったからだが、あの男はそこのところがわかっていない。

廊下で会えば微笑んでくるし、窓の下から手を振ってくる。
私は自分の無難な苗字を傘にして、無

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カスタマーセンター

カスタマーセンター

「お電話有難うございます。ハヤテカスタマーセンターです。只今電話が大変込み合っております。恐れ入りますが、このままお待ちいただくか、暫く経ってからおかけ直しください」

山野が電話をとらないから、女の声は永遠に続く。風が駆けていく。プールの水が揺れる。

「できるだけ長く。それがお客様のご要望だ。まだ早い」と、係長。

山野は、うなずく。マンゴージュースを口に含む。入社初日の係長の言葉を、頭の中で

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名医

名医

「原因はわからないんです。お腹が膨れて苦しくて」と患者が話し始めるのと同時に、ハンスは管を相手の腹に刺す。ゆっくり液体が流れる。「圧迫感が消えました!」患者は喜ぶ。

抽出した液体を、ハンスは瓶に詰める。橙色のは1番、黄色いのは2番、レモン色のは3番の瓶に。人によって色が違う。でもきっちり3種類に分かれる。それがハンスには不思議だ。

ハンスは液体を酒場に運ぶ。だんまりの姪っ子、ゼルマが働いている

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恋文どろぼう

恋文どろぼう

花垣さんは人のラブレターを盗んでいる。
彼女はさりげなく遠くにいるのがうまい。今時それでも机やロッカーにラブレターを入れる人というのはいて、そういう人は大抵、朝早く学校にやって来る。

花垣さんは学校で2番目に登校が早いので、そんな人たちを見守る。例えば、渡り廊下を挟んで向かいの教室から、とか。ラブレターを素早く収めることに腐心している人たちは、もちろん彼女に気づかない。彼女は向かいの教室の、一番

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エイプリルフール

エイプリルフール

「ぼくは、へろりん」

「何言ってんの、太郎。へろりんは金魚でしょ」

「昨夜1時頃、私と太郎くんの中身は、入れ替わったのです」

「じゃあ、あれが太郎なわけ?」

「そうですよ」

水槽に目をやると、へろりんは、水面に力なく浮かんでいる。

「わ、へろりん、どうしたんだろう」

「死んでしまったみたいです」

水槽を人差し指でそっとノックしてみる。無反応。


「ね、言ったでしょう。亡骸は、ト

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不眠症の召し使い

不眠症の召し使い

前を行く人がメガネケースを落とした。拾って渡そうとしたら煙、痩せたのっぽが現れて、「ほどほどの願いだったら叶えますよ」と言う。

「私は89年生まれで、小さい頃テレビでスキーのCMを観ていました。CMの切ない雰囲気が好きで、大人になったら私もと思ったのです。でも私が大学生になったとき、みんなが行くスキーはどうしようもなく明るいもののようでした。それじゃないんです。私は灰色のスキー場に、どうしても行

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帽子屋

帽子屋

戦いに勝つには、無駄を省かねばならない。

砂糖菓子の人形、パーティドレス、椅子やたんすや書棚の彫刻。九月より、機能に関係ないものはすべて余計とみなされ、禁じられた。八月までの移行期間には、そうしたものを所持していても口頭注意を受けるばかりであったが、とうとう贅沢狩りが始まった。警察に発見された「余計なもの」は、革の袋に放り込まれるか、車に積まれるかして、全て運ばれていく。ひどいときには、持ち主ま

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アーモンド

アーモンド

村を見下ろすその丘に、アーモンドの木が一本生えていた。
木の西側には五人の年子の兄弟が、木の東側には五人の年子の姉妹が住んでいた。
ガーラとゴーガ、レーシャとルスランカ、セーリャとラリオンカ、ナータとパーフマ、ノーナとシーマは、それぞれ同じ歳だった。
十人はみんな、三月一日生まれだった。

名誉ある兄弟の仕事は、彼らの十三の誕生日にアーモンドの花を沢山咲かせることだった。乾いた風の吹く村で、花見は

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月経代行業の女

月経代行業の女

私は、ほぼ毎日生理を迎える。
他の女の生理を代行することで生計を立てているからだ。

男が嫌いだから風俗なんて絶対やりたくなかった。というか人間が嫌いだから、人と話す仕事はできない。でも、世の中にあるのはそんな仕事ばかりだ。でも、お金は要る。だから今の仕事を選んだ。今の仕事はインターネットで完結するから、楽だ。

依頼者が生理の開始と終了予定日を専用サイトに登録して、私が「受けられます」ボタンを押

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それじゃあ、19時に渋谷で

それじゃあ、19時に渋谷で

中国系アメリカ人のブライアンは、自分の黄色い肌の美しさを誇っていた。

女性経験は、人よりも多い、と自負があった。
相手が微かにでも好意を匂わせれば、大体はベッドまで漕ぎ着けることができた。手や腕を褒めてくれる女が多かった。自分でも気に入りのパーツだから、当然だとも思っていた。

SNSで知らない女に声をかけるために、必要最低限の自信は持っていた。

その女は、海で撮った写真をアイコンにしていた。

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大安の色

大安の色

対戦型の結婚式が流行している。

結婚式自体のメソッドは、あまり変わらない。
ただ、同じ会場で、二組が結婚式をするのだ。

どちらのチームの所属なのかひと目でわかるように、イメージカラーは統一しなければならないことになっている。新郎新婦の衣装から卓上花、招待状から皿の色まで、すべてイメージカラーで統一しなければならない。「うっかり相手のチームのイメージカラーを身に着けて会場についてしまった招待客の

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扇風機の観光

扇風機の観光

猫も、杓子も、クーラー、クーラー。扇風機はムッとして、仕事を辞めて旅に出ることにした。

いつも、冬は暗くて狭い場所にいた。せっかく初めての開放的な冬だから、とびきり綺麗なところに行きたくって、そうだ、ウィーンなんてどうだろう、と扇風機は考えた。

なのに、どうだろう。ウィーンまで来てみたら、毎日毎日、曇りか雨か雪。

結局暗いじゃないか!

気分転換に来たのにストレスばっかり溜まるから、扇風機は

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エスニック・ジョーク

エスニック・ジョーク

「ええ、ほんとに?」

「馬渕も調べてみればわかるよ」

素直な馬渕は、スマートフォンに入力する。

クリスマス カップル エキストラ

するとどうだろう、求人広告の群れだ。

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【人気アルバイト】カップルエキストラってどんな仕事なの?時給は?

「街で目にするカップルの、そうだな、大体7割は

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