エスニック・ジョーク
「ええ、ほんとに?」
「馬渕も調べてみればわかるよ」
素直な馬渕は、スマートフォンに入力する。
クリスマス カップル エキストラ
するとどうだろう、求人広告の群れだ。
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「街で目にするカップルの、そうだな、大体7割は、エキストラだぜ」
「7割も?知らなかった」
「仕方ないよ、馬渕。政府の差し金なんだから」
「どういうこと?」
「沈没船のエスニック・ジョークって、聞いたことないか?」
「どういうの?」
「『まもなく沈没する、その豪華客船には、さまざまな国の人が乗っていました。それぞれになんと声掛けをしたら、躊躇いを断ち切って船から海に飛び込ませることができるのでしょう?』って、お国柄ネタのジョーク」
「あ、聞いたことあるかも」
「ドイツ人に対しては、『そういう規則だから飛び込んで』。イタリア人には『美女が飛び込んでましたよ』。フランス人に対しては『誰も飛び込んだりしてませんよ』」
「日本人には、なんて言うんだっけ」
「『みんなもう飛び込みましたよ』」
「つまり、『みなさん恋人がいますよ』って言ってくる沈没船なんだ、クリスマスは」
「そ。異端にならないために、恋をしましょうよ、飛び込みましょうよ、とね。日本政府がね」
「僕は騙されていたのか、ずっと」
「今日から、騙されない男になればいいじゃん?」
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「…という話をして回っているわけ、悩める若者のために」
「なんで?」
「いや、悩める者がいたら救うでしょうよ」
「サコちゃんは、救うようなタイプの人じゃないでしょうよ」
「じゃあ、世界征服のため、って言ったら信じてくれるわけ?」
「そのインチキ布教活動のどの辺が世界征服なのよ?」
「カップルのデート文化を衰退させたらさ、経済の循環が随分スローになると思うんだよね。静かに後ずさってく様子を、眺めて飲みたいな、っていうかさあ」
「サコちゃんも循環の中にいる人間のひとりなのにさ、まったく悠長だねぇ」
ま、人間、まずはトイレだな、と、サコちゃん、と呼んだ方が立ち上がる。退場する。
サコちゃん、と呼ばれた方は目を下方に落とし、ふいにナイフをとって、自分の薬指にシッと線を引く。
流れ出て来るのは、まったく期待はずれな緑色の液体で、こちらの落胆が向こうにも伝わるのか、あるいは、何らかの恥じらいがあるのか、その雫はおそろしくゆっくりと大きくなっていく。
いつこれを舐め取ろうか、と、サコちゃんは冴えきった器官で考える。
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