斎藤環(精神科医)
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『EUREKA』、「別のバス」はもう来ない
すべてではない
ユリイカ、この映画にはすべてがあると、まだ言うわけにはいかない。この映画はけっして完璧ではない。なぜならこの種の映画が完璧であるために不可欠な、いくつかの美質が欠けているように思われるからだ。例えばここには「退屈さ」がない、ここには愚鈍さがない、ここにはノベライズという蛇足がある…。しかし、それでも、ここにはすべてがあると言わなければならない。もしあなたが、ここにおいていま
石原慎太郎との対談(週刊朝日別冊「小説トリッパー2001年秋季号)
(はじめに)
石原慎太郎さんが亡くなられた。意外に思われる人もいるだろうが、私はたまたま石原さんの知遇を得ていて、ひところは折に触れて対談や会食の機会があった。確か2020年の春にも電話が来て「コロナ空けたら食事でもしましょう」と約束していたのだった。再会がかなわなかったことは残念でならない。ご冥福をお祈りします。
石原さんとはじめて出会ったのがこの対談だった。ほとんど政治の話はしていない
偏見を助長する描写とは何か
以下は、拙著『コロナ・アンビバレンスの憂欝』の「あとがき」からの抜粋である。
私が作品における精神障害の描写が偏見をあおっていると判断する場合の基準は、次の通りである。
・そのキャラクターがほぼ匿名の存在として描かれ、きわだった属性として精神障害者であることのみが強調されている。
・たとえ「診断名」への言及がなくとも、精神障害者であるという認識を誘導する形でステレオタイプな描写がなされて
亡き王女(猫)のための当事者研究
幸運にも、この二〇年ほど、近親者の死に立ち会ったことがない。二〇年ほど前に祖父母をほぼ同時に亡くしたが、入院期間も長かったこともあり、悲しくはあったが、すでに諦めの方が先立っていた。
フィクションで泣いた経験は山ほどあるが、現実で泣いた経験はここしばらくなかった。私は並外れて冷淡な人間なのか、誰かの死で泣くということも滅多にない。みんな泣いているのになんで自分は泣けないんだろうと不思議に思う
エヴァンゲリオン -空虚からの同一化-
まずはっきりさせておこう、「自分探し」など徒労に過ぎない、ということを。
精神分析、とりわけフロイト/ラカンの教えによれば、人は「語る存在」であるがゆえに、癒やされない欠如を抱えている。人は自らを語りつくす言葉をけっして手にすることはない。人は他者の言葉のネットワークの中に「存在させられる」、それだけだ。そしてここから、精神分析がはじまる。 「新世紀エヴァンゲリオン」(以下「エヴァ」
「鬼滅の刃」の謎 あるいは超越論的炭治郎
※ 本論は12月9日に開催されたゲンロンカフェのトークイベント「伊藤剛×斎藤環×さやわか 『鬼滅の刃』と少年マンガの新情勢」で述べたいくつかの論点の備忘録として書かれた。ネタバレについては一切配慮をしていないので、原作未読・アニメ未見の方には注意を促しておく。
「鬼滅の刃」のわかりやすさ
「鬼滅の刃」(以下「鬼滅」)が空前のブームを巻き起こしている。アニメ「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」は公
ひきこもり報道に希望すること
以下は、「薬物報道ガイドライン」を参考に、ひきこもり報道に「こうあってほしい」と望むことをまとめたテキストです。
【望ましいこと】
・ひきこもりの当事者や家族、支援者などが、報道から強い影響を受けることを意識する
・ひきこもりは個人の要因のみならず、家族や社会などの複数の要因が複雑に絡み合って起こる「現象」であるという視点
・ひきこもりの「異常さ」よりも「まともさ」に焦点をあてていく姿勢
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人は人と出会うべきなのか
「というのも、各々は直接的に他者のうちに自分を知るからであり…しかもそれによって、各々が、他者もまた同じように彼の他者の内に自分を知るのだ」(ヘーゲル『イェーナ体系構想』法政大学出版局)
「臨場性」はなぜ必要か
コロナ禍の中で、心から消滅して欲しいと思ったのは「ハンコ」である。
大学が入構自粛になっているのに、ハンコを押すためだけに出勤することの徒労感。そういえばうちの大学では、会議か
コロナ・ピューリタニズムの懸念
疫病は倫理観を書き換える。14世紀にヨーロッパの人口の約30%(地域によっては80%)を死亡せしめたペスト(黒死病)は人々の死生観に影響を及ぼし、「メメント・モリ(死を思え)」なる標語を生んだ。一方、18世紀におけるイギリスでのペストの流行は、故郷に疎開して思索に集中できたアイザック・ニュートンに万有引力の着想をはじめとする「三大業績」をもたらした。15世紀から16世紀初頭にかけて急速にヨーロッ
もっとみる健やかにひきこもるために
中国のあるSNSからの依頼で、新型コロナウィルスが蔓延してひきこもりがちな生活を送らざるを得ない場合の注意事項についてコメントしました。せっかく書いたのでこちらでも公開します。
いまひきこもっているのが一番安全という状況なので、ひきこもりがちな生活に慣れる必要があります。ひきこもり専門家の立場から、できるだけ健全にひきこもる生活スタイルを考えてみました。
※ 「ストレス対処法」や「睡眠」の項目