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野球観戦

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神宮球場で観戦後に思ったことを翌午前中までに公開。野球がわからない方でもわかるようになってますのでよろしくお願いします。 写真は2015年10月2日の優勝時
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2017年8月の記事一覧

夏の終わりとは来年の始まりでもある

夏の終わりとは来年の始まりでもある

夏の終わりを感じるのはいつなのだろうか。ある人はお盆が終わるころといい、また、別のある人は夏休みが終わる8月31日という。この問いに正解があるわけではなく、考え方は人それぞれだ。ただ、ぼくにとっては昨日だった。

夏休みに恒例となっている神宮球場での打ち上げ花火が最終日だったからだ。毎年、この日がぼくにとって夏の最終日だ。それが、8月31日だろうと8月27日だろうと大きな違いはない。

7時半頃か

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ミスを取り返すチャンスが与えられるかそうじゃないか。

ミスを取り返すチャンスが与えられるかそうじゃないか。

ライターという職業で「やらかした」できごとが一度だけある。専業となってからは4カ月ほどだが、仕事として始めたのは1年以上前。その期間で「1度だけ」というのは少ない気はする。一方で「いやいや、やらかしなんてありえないでしょ! 」という声も聞こえてきそうだ。まぁ、どちらでもいい。過ぎたことはしょうがないのだから。

ことが起きたのは昨年の10月下旬。この仕事はひとつのイベントに対して2社へ原稿を送信す

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花火とはひとりで下から見るものだ、ぼくにとって。

花火とはひとりで下から見るものだ、ぼくにとって。

「打ち上げ花火、下から見るか 横から見るか 」が人気だ。ぼく自身、映画は見ないしアニメも興味が無く、twitter上で流れてくる情報しか持ち合わせていない。ちなみに、どれくらい映画を見ないかというと「もののけ姫」を映画館で見たのが最後。これで察して欲しい。

調べてみると「もののけ姫」は1997年7月12日に公開されている。今から20年前のことらしい。当時の話は別の機会にゆずるとしよう。長い話にな

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「新人だから」という慰め。

「新人だから」という慰め。

「新人だから仕方ない」といった慰めを聞いたこと、発したことが1度はあるのではないか。この一言で黙ってしまったこと、黙られてしまったことは数知れない。ある意味、最強のカードともいえる。

その新人(新卒)というパワーワードはいつまで通用するのか。会社にもよるのだろう。1年どころか3年経っても新人扱いを受けることもあれば、わずか1週間たらずでジョーカーを取り上げられてしまうこともある。

この

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なにをやっても、うまくいかないとき。

なにをやっても、うまくいかないとき。

なにをやっても、うまくくいかない日というものは誰しもが経験したことがあるのではないだろうか。たとえば、目覚ましを掛けたのに起きることができなかった、とか。歯を磨こうとしたら歯磨き粉が切れていたりとか。さらにいうと、頭を洗おうとしたらシャンプーが無くなっていた、こういったことだ。

ちなみに、ぼくは生まれてから今までに寝坊というのものをしたことがない。「これは寝坊じゃない!」と強がっているわけではな

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省略されるサヨナラ

省略されるサヨナラ

人生の中で人はどれくらいサヨナラをするのだろうか。ふと、そんなことを考えた。そのサヨナラにもたくさんの種類がある、とぼくは思っている。

人の死という永遠のサヨナラ、卒業、転職によって離ればなれになることによるサヨナラ。恋人との別れによるサヨナラもあるだろう。こう、書き並べてみると一般的に「サヨナラ」は寂しいものだという認識があるのではないか?むしろ、悲しい、寂しいといったものしかないようにさえ見

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日頃の行いとか。

日頃の行いとか。

柔らかい風というにはちょっとだけ手に残る感触がある。そんな風が吹いていた午後4時半の青山通り。雨は降っていない。お盆休みの余韻だからか平日にしては人通りは多く、銀杏並木にも多くの人で賑わっていた。

球場に入ったのは17時を少しまわったくらいだろうか。いつものゲートから入場し、スタジアムの中へと入る。観客席を見渡す。「これはまずいな」と直感的に悟った。「客入りが多い。いつもの席に座れないかもしれな

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雨は嫌いじゃない

雨は嫌いじゃない

雨のことは嫌いじゃない。雨には雨のよさがある、と思っているからだ。

当社調べによると多くの人は雨が嫌いだという。たしかに思い当たる理由はいくつもある。外に出かけるのがおっくうになる。予定が乱れる。傘を持って歩かなければならない。お気に入りの洋服が着られない。数え上げればキリがない。

社会人時代のぼくも同じようなことを思っていただろう。(今も社会人ではあるのだけれど)営業として様々なところを駆け

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3メートルの「ズレ」

3メートルの「ズレ」

なんてことのない木曜日。天気は曇り、雨が降りそうではあったが。いつもと同じ時間に神宮球場へ足を運んだぼく。山の日の前日、いわゆる祝前日だからなのだろうか。子ども連れも多かったように見受けられる。それでも、満員というほどではない。その時間の入りはふだんとあまり変わらない。それでも、いつもの席に座れなかった。この時間の平日で座れないのはいつぶりだろうか。

しかたなく、いつもより2段下がった席に腰をお

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ぼくは、そっと靴下を脱いだ

ぼくは、そっと靴下を脱いだ

日常、非日常その境界線はどこにあるのだろうか。そんなことをよく考える。

何の変哲もない味のうどん、いや、美味しくないと言ったほうが正確かもしれないソレ。でも、海水浴に行き気心の知れた彼女、彼氏、友人たちと海の家で食べてみたら美味しかった。そう感じられることはないだろうか?誰しもが一度は経験があるはずだ。(いや、あるよね?)この感覚こそが非日常なのではないのだろうか?とぼくはひとつの結論を出した。

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いつもと違う音楽で結果は変わるのだろうか?

いつもと違う音楽で結果は変わるのだろうか?

いつからだろうか。あまり音楽を聴かなくなった。聴くのは球場で流れる応援歌だったり、選手が登場するときにかかる、いわゆる出囃子だけだ。それは、わずか4秒ほどのことなのでサビの一部であったり、イントロだけだったりする。それでも毎日のように球場へ通えば、曲名は知らなくてもこの曲だからこの選手というのはわかる。同時にいつもと違う曲がかかると強烈な違和感を覚えることもある。

昨日がそうだった。試合中にある

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エンターテインメントを求めているのか?

エンターテインメントを求めているのか?

およそ3時間の熱戦を終え帰路につく。いつものように、銀杏並木から青山通りへと向かう。小雨がぱらついている。この日はどんよりとした雲に覆われる中、試合は進みゲームセットとほぼ同時に泣き出した。ヤクルトは序盤から敗色濃厚な展開の中で終盤の逆転劇。観るものをハラハラさせつつ、最後はハッピーエンドというエンターテイナーぶりだった。

青山通りは多くの人で賑わい、外苑前から表参道は野球ファンだけでなく、サラ

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求めているものとは、なんなのか

求めているものとは、なんなのか

風が冷たかった。

1週間ほどのブランクを経て戻ってきた神宮球場。開始前から雲がかかり、空は泣き、風は冷たかった。この日はヤクルトファンの友人と観戦。彼女はヤクルトファンであり、ある特定の選手のファンでもある。その選手が出場するであろう日は、ほぼ観戦している。それ以外を含めても50試合はいってるだろう。とにもかくにも、ヤクルトファンであることは間違いない。

その特定の選手が、出場するであろう日を

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