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花火とはひとりで下から見るものだ、ぼくにとって。

「打ち上げ花火、下から見るか 横から見るか 」が人気だ。ぼく自身、映画は見ないしアニメも興味が無く、twitter上で流れてくる情報しか持ち合わせていない。ちなみに、どれくらい映画を見ないかというと「もののけ姫」を映画館で見たのが最後。これで察して欲しい。

調べてみると「もののけ姫」は1997年7月12日に公開されている。今から20年前のことらしい。当時の話は別の機会にゆずるとしよう。長い話になりそうだから。

話を花火に戻す。この映画の内容を知らずに題名から判断すると、「花火をどの位置から見るか?」ということがテーマなのだろう。もちろん、その中にはさまざまなエピソードや恋愛的要素のようなものも、入ってくるのだろう。だが、ちょっと待って欲しい。どこから見るのってそんなに重要なことなのだろうか。それよりも「誰と見るか」がよっぽど重要だ、とぼくは思っている。それは、みんなわかっていて野暮だから言ってはいけない、という話なのだろうか。謎は尽きない。

ここまで、タイトルで考えさせられたのは久しぶりだった。そこまで考えて、タイトルがつけられているのかは知る由もないけれども。

※※

さて、ぼくはこの夏、花火を17回見ている。神宮球場で行われる300発の花火だ。17回×300発=5100発もの花火を見てきたのだ。ほぼひとりで。調べてみると東京湾花火大会が1万2000発らしく、その半分程度を見た計算になる。今年は中止だったようだけれども。

これだけ見てくると「今日の花火はイけてるな」「煙が残ってて今ひとつ」「この風向きだとちょっとアレだな」とか感じるようになる。花火が日常的になってしまっているのだ。まさに、無駄な知識で誰も得しない。たまにいる同行者に言っても野暮なだけだ。だから、こそっとtwittrerにつぶやくのだ。そして反応はない。ここまでがテンプレートなのだろう。

たまたま、昨日は友人(男子)と下から見ていたが「今ひとつ」だった。それを言うのは忍びなく、もちろん何も言わなかった。夏の思い出になるかもしれない、打ち上げ花火の出来をわざわざ言う必要も無い。男ふたりだったけれども。彼がどう思うかは、わからないから。

そんな、夏の思い出となる(かもしれない)打ち上げ花火もあと2回。
今日も下から見ることになる。

誰とみるか?もちろんひとりでだ。花火のできはtwitterでつぶやくことにする。性懲りも無く。

8月25日:ヤクルト(6-8)DeNA

こちらサポートにコメントをつけられるようになっていたのですね。サポートを頂いた暁には歌集なりエッセイを購入しレビューさせて頂きます。