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僧侶・お寺に纏わる怪奇譚『僧の怪談』(川奈まり子著)著者コメント+収録話「猫供養」全文掲載

お寺に隠れたリアル怪奇譚


あらすじ・内容

徹底取材で明かされる!!僧侶の恐怖・不思議体験、寺院に纏わる怪談
ナナフシギ・大赤見ノヴ氏の実体験も収録!

現世に立ちながら、あの世に一番近いところでその世界を見渡しているのは僧侶なのかもしれない。
5000人を超える人たちの怪談を取材してきた著者が僧侶、またはその近親者や関係者に限定してインタビューを敢行、ディープなルポ怪談がここに誕生した!
・震災に見舞われた地にボランティアで入った時の不思議な体験「とある阿闍梨の話
・事故物件に祓いをしに行ったのだが…「猫供養
・お上人であった夫を看取ったとき…「夫の来迎
・面妖な像の不思議な謂れ「火を呼ぶ邪鬼
などのほか、四谷怪談のお岩さまの墓を巡る検証ルポや各地の僧侶にまつわる伝承などを収録。

著者コメント

 この本は仏教僧侶とお坊さんのご家族や親しい人々から聴いた実話怪談集です。
 私の三十九冊目の単著で、怪談に限っても二十五冊目になります。今年で怪談デビュー十周年ですから、通常の実話怪談集であれば、最近はさすがに書き慣れてきました。
 そこで今回もうっかり執筆依頼を引き受けてしまったわけですが、いざとなると、どんなふうに書いたものか、いつになく悩んだ次第です。
 それもそのはず。私は野生のペンペン草の如きヤクザな物書きで、仏教や宗教について体系的に学んだことが一度もありませんでしたから……。
 いわゆる本の虫というやつで、お蔭で仏教について何も知らないわけではないかもしれませんが、中途半端な知ったかぶりは恥ずかしいものです。
 そもそも怪談界隈にも現役のご住職がいらっしゃる。
 しろうとが怪談に法話を加えるのは失礼に当たってしまいますし、智慧や知識ではかないっこありません。
 ──思い悩んだ末に、私はこの本をふつうの怪談集にすることに決めました。
 ただし登場するのは実在するお坊さんたち。
 私たちが生きているこの世の中で私たちと同じように息をしている人物の〝本当にあった〟体験談は、たとえその人物が僧侶であれ、不思議な出来事の話であれ、興味深いものではないでしょうか。
 ですから私はインタビューと書くことに集中して、仏教的な解釈は取材させていただいたお坊さんたちにお任せしました。
 人選に際しては「仏教僧侶か僧侶の近親者、または日常的に僧侶と交流のある方」で「ご自身が体験したか、僧侶のそばに居合わせて見聞きした出来事をお話しになれること」を条件として、二〇二三年の十一月頃から主にSNSで募りました。
 宗派に若干偏りが見られますが、ご縁と巡り合わせの結果です。他意はございませんので何卒ご海容のほどを願います。
 尚、僧侶にまつわる江戸時代の読み物や全国各地の言い伝えから拾った実話っぽい怪談や伝説のコーナーを設けましたので、そちらもお愉しみいただければ幸いです。
 怪談の原点に回帰してやさしい文章で書くように心がけました。
 なかなか怖いお話もありますが、民話や都市伝説を読むようなつもりでお気軽にお読みくださいませ。

本書「はじめに」より全文掲載

試し読み1話

猫供養

 これは丈蔵さんが高野山で研修を受けた際に、同期のMさんから聞いた話。
 Mさんは高野山で四度加行を終えた後、とある真言宗の寺に住み込んで修行を続けた。
 その寺は一風変わっていて、葬儀と同じぐらいはらいを多く扱っていた。
 祓いというのは真言宗での呼び方だ。いわゆる事故物件や因縁のある物や人を祓って冥加金みょうがきんを頂戴するのである。
 Mさんは、祓いの代価は安心料にすぎないと軽く考えていた。
 得度から三、四年も経つと、彼は祓いを一人で任されるようになった。
 祓いの依頼は電話番をしている寺の住職の妻が受けていたので、一人で行くときは、彼女から直接指示されて現場へ向かう。その頃には、よく祓いを頼んでくる不動産会社の担当者や、仲介に立つ人とも顔見知りになっていた。
 住職や兄弟子の助けを借りなくても、毎回、何事もなく仕事が済んだ。
 すっかり慣れたある日のこと、また住職の妻から言われて、いつもの不動産会社の担当者と待ち合わせた。
 指示された場所に行くと、担当者がいつになく神妙な顔をして待っていた。
「実は、事前にお伝えしていなかったことがありまして」と言う。
「どうされました?」
「今回の物件は少し変わっておりまして、仏さんが人じゃないのですよ」
 とりあえずお連れします、と、担当者は車にMさんを乗せた。
 五分も走らずに、古そうな二階建てアパートの前に到着した。
「百聞は一見に如かずと申します。まずは、ご覧になっていただきましょう」
 そう言って担当者は彼をアパートの一室の前に連れてきて、その部屋のドアを開けた。
 途端に、異臭が鼻を突いた。
「この部屋の借り主は猫を十数匹も飼っていたんですが、コロナ禍が始まると、猫を全部置き去りにして田舎に帰ってしまったんですよ。それで……もうお察しだと思いますが、隣近所から異臭がすると苦情が寄せられまして……。部屋を開けたときには、猫たちは水を求めて風呂場で折り重なるようになって死んでいました。かわいそうに」
 ――ちゃんと掃除してから呼んでほしかった!
 吐き気を催しそうな臭いに閉口して内心で文句を垂れながら、Mさんはキャリーケースから持ち運び用の祭壇や仏具を出して祓いの準備をした。
「済みませんねぇ」と担当者は申し訳なさそうにして、「でも不思議なんです」と続けた。
「特殊清掃を入れたんですよ? それなのに臭いが全然取れなかったので、お祓いをお願いした次第です」
 Mさんは少し驚いた。言われてみれば、室内は綺麗に清掃されていた。
 しかし、猛烈に臭い。
 猫の糞便に特有な強烈なアンモニア臭と、腐肉の臭いが混ざった物凄い悪臭で、目がチカチカするほどだった。
 担当者は薄情にも、「では私はこれで」と言って部屋から逃げ出した。取り残されたMさんは、急いで祓いを始めた。……それにしても、どうにも耐え難い臭いだ。
 人目がないのをいいことに、彼は儀式を端折ることにした。うんと省略して、最後のマントラを吐き捨てるように唱えると、バタバタと帰り支度をして部屋の外に飛び出した。
 新鮮な空気を吸って生き返ったような心地がした。だが、まだ臭いが体にまとわりついているような気がした。早く帰ってシャワーを浴びたいと思いながら、祓いが済んだときのきまりで、寺に電話を掛けた。
「はい。〇〇寺です」と、住職の妻が電話に出た。
「お疲れさまです。Mです。□□不動産さまの祓い、つつがなく勤ごん修じゅいたしました」
「……ちょっと、Mさん?」
 彼はドキッとした。
「はい。何でしょう?」
「Mさん、あなたは祓いをきちんと勤めませんでしたね。相手が獣だとて感心しません。すぐに寺に戻ってきなさい」
 最後はブツッと電話が切られた。相当お怒りのようすだ。
 Mさんは啞然とした。なぜ、獣の祓いだとわかったのだろう? 
 不思議だったので、寺に帰ると真っ先にそのことを訊ねた。
 すると彼女は、「電話を掛けてきたとき、あなたの後ろでずっと猫か何かが鳴いていたんですよ。和尚に正直に話して、もう一度、相手に向き合いなさい」と彼を諭した。
 さらにMさんは心を入れ替えて住職の指導を仰ぎ、件のアパートに日参して祓いを繰り返した。本堂でも護摩を焚いて、猫たちの供養に努めた。

「そんなことを十日ほど続けたら、あるとき突然、アパートから臭いが消えた。あれが祓いが成された瞬間だと思う」と、Mさんは語っていたという。

―了―

著者紹介

川奈まり子 (かわな・まりこ)

八王子出身。怪異の体験者と土地を取材、これまでに5000件以上の怪異体験談を蒐集。怪談の語り部としてイベントや動画などでも活躍中。
単著は「一〇八怪談」「実話奇譚」「八王子怪談」各シリーズのほか、『実話怪談 穢死』『家怪』『赤い地獄』『実話怪談出没地帯』『迷家奇譚』『少年奇譚』『少女奇譚』『眠れなくなる怪談沼 実話四谷怪談』など。
共著に「怪談四十九夜」「瞬殺怪談」「現代怪談 地獄めぐり」「怪談百番」各シリーズ、『人形の怖い話』『実話怪談 恐の家族』『実話怪談 犬鳴村』『嫐 怪談実話二人衆』『女之怪談実話系ホラーアンソロジー』など。
日本推理作家協会会員。

川奈まり子作品・好評既刊

『実話怪談 恐の家族』豪華執筆陣揃い踏みの初プロデュース作品

『実話奇譚 狂骨』

『実話奇譚 邪眼』

『実話奇譚 蠱惑』

『八王子怪談』地元市民以外にも大好評・八王子だけの怪談集

『一〇八怪談 濡女』108話収録の超濃密怪談シリーズ最新作

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