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(7)時には雲隠れ、場合によっては 垂乳根三昧(2023.12改)

子供達を送り出すと軽自動車で山手駅に向かう。京浜東北・根岸線の山手駅には寂れた商店街がある。横浜山手の住宅街の中にあるのだが隣の石川町駅には「モトマチ」と呼ばれ、半ばブランド化した元町商店街があるのと、横浜には様々な形態の大型店があるので、客足が向かない商店街になってしまっている。

杜 蛍 のママ友の実家が、山手商店街で寿司屋を営んでいた。店を一人で担ってきた父上が病に倒れた。店を締めると言う話を聞きつけた蛍がサミアに相談し、寿司握りロボット1セット・計4台の貸与を認めて貰った。

PB Martが販売している宅配寿司とは異なる寿司となる。県内漁港のネタで、新潟産の米に拘ったご主人の握りを、娘と母がエンジニアに伝えて、指示して、ようやく納得出来る寿司を再現出来た。

寿司の配達はママ友達が請け負う。
ピザ配達で見られるキャリータイプのスクーターにAIナビを付けて配達する。この日は蛍が配達員兼店員でバイトする日だった。
山手駅と、石川町駅から根岸駅までの鉄道沿いの主要道の間に商店街が広がっている。駅と逆の通りにあるコインパーキングに駐車して、商店街の中程まで歩いてゆく。通りには過剰なほどのコンビニがある他は昭和の香りがする店舗が立ち並んでいる。通う度に「なんとかならないのかな?」と蛍は思う。
ミニスーパーを出店すれば、コンビニ店や八百屋、魚屋の売上を奪うだけだし、杏と樹里が始めたファストファッションを商店街に呼んでみても、どの商店街にも必ずある年配者向けの「なんちゃってブティック」を呆気なく潰してしまうだろう。

「おはようございます!」
頭を切り替えて寿司屋の勝手口に入っていった。

ーーー

蒲田駅の駅ビル、新宿駅構内の店舗では この日オープンを向かえるファストファッション店「PB」が開店準備中だった。撤退した衣料店を看板だけ新調した店舗に、元CAさんに混じって客寄せパンダの平泉姉妹がそれぞれの店舗に分かれて準備中だった。
「行列が長くなって、営団線の駅員さんにクレーム貰いましたぁ!」
列の整理に当たっていた一人が店内に入ってくると、新宿店長の山元 岬は、客寄せパンダ・平泉 杏の尻を叩いた。

「杏、あんたは目一杯、愛想を振り撒きな!いいか、野郎ども!ちいとばかし早えが開けるぞ!」日頃はおとなしい山元の言動に唖然としていたら、目身麗しきお姉さま方も迎合する。

「やったるぜい!かかってきな!」「来るなら来やがれ、こんちくしょうどもめ」「終わったあとのビールが待ち遠しいぜぃ」

開店時間18分前だが、観てくれと全く異なる言動を元CA達が発するので、杏はドン引きしてしまう。後で妹に聞くと、蒲田店でも開店前はお下劣な言葉が飛び交っていたらしい。

CAの微笑の裏には、ドロドロした鬱屈した感情が渦巻いていたのかもしれないと平泉姉妹は語り合った。
「ママが選んだCAさん達だから、皆、武闘派なのかもしれない。ちょっとやそっとじゃ精神的にはメゲないし、心も折れない、そんなタフなマインドを持ってる人達を集めちゃった、とか?」
杏が言うと 樹里も「あり得る」と頷いた。
事実、シャッターが上がるまでは「よっしゃー!」「しまっていこうぜ!」「為せば成る!」と試合前の選手みたいに各自精神注入していたが、シャッターが上がり始めるとビシッと並んで右足のかかとをちょっと前に出して直立し、各自で微笑みあった。
今思えば「笑顔が表現できているか?」の最終の相互チェックだったのだろう。

「いらっしゃいませ」と揃って優雅に頭を下げて、顔を上げると美しい笑顔で客を出迎える姿勢、姿はスッチーそのもの、デパートで見る姿、そのまんまだった。

蒲田店には樹里の他に叔母の理子が店員として入り、店舗の前では樹里の祖母の理美が視察していた。
「お客様入れ替え制」で店舗内の混乱を避けているのだが、行列が次第に伸び始める。理美はいたたまれず店に戻り、案内ボード版に「入店まで30分待ち」と書いて、客の列の最後尾に立った。

「30分待ちですが、商品は潤沢にあるので品切れになりません。他で買い物をなされるなり、お茶を飲むなりしてお時間を調整下さるようお願い申し上げます。品切れになるようなことはありませんので、ご安心下さい」と理美は繰り返す。

「ホントですか?」「それなら後にしようか?」と列に並ぼうとする人や最後尾に並んでいる人が言い出す。「ハイ、ご安心下さい。欠品が生じないシステムになっておりますので」と理美が笑顔で返すと、列に並ぶ人が減少していった。
ヒトの習性なのかもしれないが、列があるだけで並ぶ人々がいる。店にとっては有り難い存在なのだが、混乱を助長しかねない面もある。

PB Martの物流システムは完璧なサプライチェーン体制となっている。店舗での購入データが即時に大井ふ頭の商品・食料配送センターに届く。衣服であれば、売れた同じサイズの商品をドローンに搭載する為に倉庫からピックアップされる。
ドローンの搭載重量に達すると、飛翔して現地の着陸地点まで向かう。それ故に欠品が生じない。PB Martの食料品と同じコンセプトとなっている。

平泉理美は自宅がある宮城石巻市でも同じファストファッションの店を出店し、閉店した市内の回転寿司店舗を買い取ろうと考えていた。
店舗では寿司を回転させる必要はない。オーダーを受けて寿司ロボットが握り、ヒトが握りを届ければいい。人手は大勢居る。
取り敢えず漁協の主婦達を雇えばいい・・
長女・里子が先生の子を授かった。母としてこんなに嬉しいことはない。石巻で産んで貰い、私がこの手で育てて、平泉家の跡取りにしよう・・

「そのためにもバアちゃんはもっともっと稼がねば」と理美は決意していた。

衣料品も宅配寿司もネットスーパーで買える。個人宅であればドローンが即座に運搬してくれる。最近は団地やマンションの管理組合の纏め買いも多く見られるようになった。
衣料部門のアンテナショップが新宿と蒲田でオープンし、「従来のファストファッションとは全く違う」「上位モデルはブランド品を脅かす存在となるだろう」という前評判にそぐわない評価を受けていた。

「店舗をむやみに拡大しない。流行は追わずに、定番商品に特化してネットで全国に提供する」その方針を掲げて販売し、口コミ、ネットで拡散していった。

商品の特徴を平泉姉妹が細部まで説明し、本人達とモリの長男・次男が着用する動画の再生数は「アジアでも販売してほしい」というリクエストを集めていた。ネットでの販売、PRに特化したのがコロナの巣籠り期間と合致した部分もあっただろう。とりわけ高評価なのが、Made in Japanモデル「pb」で、自称も含める服飾研究家、デザイナー、ブランド勤務経験者たちが自己評価した動画を配信して、再生数を競い合う程の取り上げ具合となった。

宅配寿司で寿司職人達を悩ませたPB Martは、コロナで業績が大きく落ち込んでいるアパレル業界に衝撃を与える。品質に自信があるからこそ、ベーシックな服で競合に勝ちに来た。オマケに従来品よりも安いのだから 尚更手に負えない、平泉姉妹が狙っているのはブランドとして認知され、確立することだった。

ーーーー

突然「モデルをやってほしい」と母親から言われた長男と次男にとって、初の2ケタ万円の収入となった。次は冬の定番コートとスーツ・ジャケットにも触手を伸ばすと言うので、同額程度の収入が期待出来る。また、社員にはPB Martで使える電子マネーが一定額無償提供される。年4回シーズン毎に出揃う新商品販売に合わせて、家族一人あたり一万円が支給される。
1万円あれば、例えばズボンとシャツと靴下と下着のセットが選べる。それが年4回なので、プルシアンブルー社社員の子供たち(+モリのような出不精な人物)は衣服を購入する必要がほぼ無くなった。

「自分で稼げるなら」とモデルを努めた兄弟は小遣いを親から貰うのを止め、比較的金利の高い富山銀行で定期預金を組んだ。
自身へのご褒美となる買い物として、長男の高3の火垂は受験生なので参考書を購入し、高2の歩は自動2輪の免許取得のために教習所での講習を申し込んだ。

余談だが、杜家の子供達は彩乃も含めて2学期の中間テストの結果が良かった。
出題範囲が限定されているから尚更だったのだろうが、夏休みが終わるのと同時に親から各自に配布されたノートPCの存在が大きかった。
残念ながらAIとの対話学習用のPCなので、大人向けのサイトへのアクセスの際はAIを納得させねばならないので、事実上 不可能となっている。

「学(まなぶ)くん」と名付けられたAIを育てたのは彩乃の姉の幸で、大学受験レベルまでの対話能力に特化した試作段階、成長中AIだ。
幸自身の国大受験時の数学、科学のノウハウが盛り込まれている。
英語・英会話の堪能な平泉 杏・樹里姉妹のノウハウに加えて、国語・古文、社会科全般は国内最高学府に在籍中の源 玲子が監修といった、言わば身内で作ったAIなので、販売を目的としたAIではない。
しかし、大学教授の鮎、医者の幸乃、元CAの里子、そして元社会科教諭のモリが見ても驚嘆する内容だった。
「なんだコレ、教師も家庭教師も要らないじゃないか・・」モリは天を仰いでいたらしい。

最も活用しているのは受験生の火垂だ。PCに表示されるアバターと話してばかりいる。アバターである学くんは、都度提示する問題の回答で生徒の教科毎のレベルを見極める。
分からない箇所は懇切丁寧に説明し、レクチャーが終わると主要大学、進学校の入試過去問題集から「小テスト」として問題が出る。小テストをこなせば、先に進んでゆく。
日本一、次点の国大に通う2人の受験エッセンスが元になっては居るが、各種参考書と問題集に過去問まで学習したAIだ。日に日に成長していた。

ーーー

AIタブレットで中3と中2の数学を学んでいる元社会科教諭が、宿泊先とは異なるホテルのプールサイドに居た。
元教諭の隣には、「学くん」の国語と社会科の監修に応った、ビキニ姿の女子大生が居て、タブレットを覗き込んでいた。胸を強調する卑猥な姿勢でモリを挑発しながら微笑んでいた。

学習用AI「学くん」もモリの数学レベルが分かっているのだろう。小テストの問題は都立高校のさして難しくない入試問題だった。
数学の授業ではモリに提示される例題は「最も易しいカテゴリー」の例題が選ばれる。AIなりに焦っているのだ。ココで引っかかっていると、いつまでも先に進めないので。

「あら、珍しい。ゲームなんてやるんだ」

玲子が隣でニヤニヤしているからゲームだと思って志木佑香が近づいてゆく。玲子よりも暴力的な胸を強調して、座ってるモリの向かいで屈むように覗き込む。タブレットには「どちらも敗者」と表示が出ていた。

「3人でプレイ出来るゲームなの? あ、そうだ。今度、玲ちゃんと私の組合せで愉しんで見る?」佑香が胸を持ち上げて挟む素振りを見せても、呆けた顔をして話に乗ってこない。

「なんのゲームなの?」
仕方がないので玲子に聞く。

「クイズみたいなものです。解いていたのは中学生の数学の問題です。中学生の愛娘2人に負けちゃった父親の情景を絶賛表現中です」
玲子が両手をヒラヒラさせながら、「これでもか!」と傷口にワサビを塗り込んでいる。

「もしかして、時代の寵児の弱点は 算数なの?」

「ピンポーン、正解です。もう一つの弱点は女性です。とっても弱っちいので、誰でも簡単に攻略できます。懸念は彼が繰り出す必殺技です。麻薬のような常習性があるので、一度味わうと二度と手放せません」

「激しく同意、Agreeだわ」
まだ呆けて上の空のモリを挟んで、2人が笑い合っていた。

ーーーー

ゴードン会長を頭とする一行の農場開拓状況の視察に同行していた記者たちは、カンボジア王族の所有する広大な敷地に驚いていた。

一方で、一行を尾行しているプノンペンの中国大使館員たちは、群れの中にモリを確認できずに居た。バスに乗り込んだと思ったのだが一体どこに行ってしまったのだろう?
プノンペンの中国の大使は、モリを見失った報告を受けて激高する。
「なんとしても探し出せ、また何やら企んでいるに違いない。あぁ、そうだ。アメリカ大使と極秘会談しているのかもしれない!」
血相を変えて叫んでいた。


ゴードン一行が作業に従事している現地法人の社員に聞くと、毎日のように人骨が出るという。
アウシュビッツのような特定の場所で殺害されたのではなく、バッタンバン州だけでなく、国中がキリングフィールドだったといっても過言ではない。
中国文化革命を主導した毛沢東の人民粛正の思想を継承したポルポト派が盲目的にマオイズムを信奉し、同族であるカンボジア市民を殺戮する地獄絵巻が国中で展開された。
鬼畜なコンセプトを生んだ責任(コロナを世界中に攪拌した責と同じだ)が問われるべき中国が、カンボジアに対して手厚い援助を施すのは当然だが、中国政府は援助に乗じて極めて悪質で邪なアイディアを内に秘めている。正に鬼畜行為の上塗りであり、鬼畜行為を手揉みしながら受け入れる、カンボジア現政権の売国奴っぷりも度を逸したものがある。

中国内の不動産を転がして生み出した多額の金を積み上げて見せて、カンボジア政府を幻惑させ、「債務の罠」を仕掛けているのだ。
インド洋に面したスハヌークビルの港湾施設建設に代表されるように、空港新設、道路網の整備も含めて多額の資金をカンボジア政府に投じる。資金は無償ではないのだが「撒き餌」のようにバラ撒いてしまう。借り手には甘い債務軽減策しか提示せず、債務返済が滞ると、担保になっている港全体の所有者を中国に移してしまう。ワナ・トラップ以外の表現が見当たらないので「債務の罠を中国が仕掛けている」と、各国のメディアが表現している。

外務省の櫻田はJatoro(日本貿易振興機構)のレポートを見直す。
カンボジアに中国内の繊維産業を移管するかの勢いで、2015年から年平均10億ドルの投資が、2018年以降は30億ドルを超えている。主な工場拠点はインド洋に面する街・シアヌークビルとなり、中国資本は港からの商品の搬出を想定している。

ベトナムの繊維産業を破壊するかの如き中国の投資攻勢に、プルシアンブルー社は立ち上がろうとしていた。
ベトナム繊維産業の保護を目的の一つとして自社衣料ブランド「PB」を立ち上げた。
カンボジアの繊維産業が「質より量」なのに対して、ベトナムの繊維産業を「質とブランド化」でプルシアンブルー社は保護しようとしている。

また、カンボジアと隣国タイを対象としたプランは、先ずは王族に多額の金融資産を持たせるのが第一段階とモリは定めた。
資金源はこの広大な面積を誇る土地で、太陽光発電と農場経営に加えて、PB Motors社の車両販売とプノンペン、シェムリアップなどの都市のショッピングモールに、プルシアンブルー社との共同事業として店舗を出店する。

カンボジア・タイの王族だけでなく、マレーシア、インドネシア・ジョグジャカルタ、ブルネイの王族とも同じスキームでビジネスを軌道に乗せて、王族が関与する投資会社から、自国国内向けに投資を行ない、中国寄りの各国政府を牽制しつつ、対中国政府・対中国のカウンター役にロイヤルビジネスの御旗を掲げて、中国資本の投資に歯止めを掛けようとしている。
薩長連合が錦の御旗を掲げて東征・倒幕に突き進んだが、「インドシナ版 東征を実行する」と、彼のノートに書いてあったのが印象的だった。差し詰めプルシアンブルー社が、当時薩長に武器を供与した英仏の政商に該当すると言う事だろうか。

この絵柄をデザインしたモリは何処かに雲隠れしている。
カンボジア軍と中国大使館の密偵が、異様なまでの体制で 一行を監視しているからだ。

(つづく)


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