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オリジナル連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その95


95.   太陽と月


このままみんなには何も言わずに去ろう。

今夜の新宿南口から出る夜行バスの中で
東京に別れを告げれば、
明日の朝には大阪に再会の挨拶が出来る予定だ。
そして1ヶ月後にはカナダにご挨拶だ。


しかし、
このままカナダに行くにはまだ何もなくて
荷物も多すぎた。


一度城に戻ってから出直しだ!
5階建ての団地の一室の我が城へ!



いや、待てよ。
お金だ。
最後の最後のお給料をもらいにお店に行かなければ。
真鍋くんに冷蔵庫を売って得た3万円のおかげで
部屋の荷物を全部宅急便で実家に送ることに成功した。
さらに大阪に帰るバス代もそこからの捻出。



真鍋くん!
最後の最後にここに来てくれてありがとう!
感謝するよ!
2週間しか一緒に居なかった先輩を許しておくれ。



優子さんの次に感謝するべき人物となった。
実は優子さんにも5千円もらったのだ。
誰にも内緒だ。



それは以前に出来心で買ってしまった油絵セットを
優子さんに譲ったからそのお礼として。


結局1回しか絵を描かなかった。
クリスマスにサンタの絵を描いた。
それをクリスマスプレゼントとして
由紀ちゃんにあげようと思ったのだ。
でもサンタがサンタの絵を描いて
それをプレゼントとし、そっと枕元に置いて
「メリークリスマス♪」
なんて言ってウインクした日には
もう二度と全人類はクリスマスパーティーはしないだろう。
だからそっと押入れにしまい込んだ。
私がロックスターになった後に価値が出るはずだ。
いや、死んでからなら価値が出るはずだ。



優子さんの一言を思い出した。


「絵画セットはもらうけど、絵はいいよ。」

「えっ?僕が描いた絵を思い出にどうですか?」

「いや、もっと大切な人にあげなよ。私も頑張って絵描くからさ。」

「は、はい。」

「タダでもらったら悪いからさ、これ少しだけだけど気持ち!はい!」


優子さんがポケットからくしゃくしゃのお札を一枚
引っ張り出して私に渡してきた。


「いやいや、いいですって!そんな!お金はもらえないですって!」

「いやちょうど絵を描いてみたいなぁって思ってたんだよ。ほんと。ちょうど欲しかったんだよ。だから気持ち。はい。」


手に握らされたクシャクシャのお札。

おや?よく見たら千円札じゃなくて五千円札だった。


「いや!あかんですよ!五千円は!千円にしてください!これじゃあ買った値段と同じじゃないですか!」

「いいのいいの。もし真田くんが人気者になったらさ、この絵描きセット高くで売れるんじゃない?」

「あ、なるほど。じゃあ絵もあったほうが・・・・」

「絵はいいよ。」

「なんでぇ?」


歩きながら思い出して一人で笑った。
歩道ですれ違うお婆さんが私から離れる。


お店に着いた。
この時間はみんな夕刊の配達だ。
優さんは居るだろうか。


「すいませーん!」

「はいはい」

「真田です。大阪からやって来て大阪に戻る・・・・」

「お、真田か。まだ居たのか。最後の挨拶か?」

「いや、あのー。そのー。」



こういうのはハッキリ言わずとも伝わるはずだ。
もじもじしておこう。
もじもじと体を動かした。



「ん?あ!給料か!すまんすまん。あるある!あるぞ!用意して置いてあるぞ。あれ?まだ渡して無かったっけ?えーっと、どこに置いたっけ?おーい!優子ー!」



優さんが寝起きの雰囲気とガラガラの
痰の絡んだ声で優子さんを呼んだ。



「なぁーにぃ?」



可愛くて優しくて力強い元気な声が外からした。
ちょうど買い物から帰ってきたようだ。
大きなスーパー袋を二つ抱えてお店に入って来た
優子さん。



「お、そっちか。おかえり。なんだ重たそうだな。真田、一ついけるか?」

「大丈夫だよこれくらい。よいしょ!」


ドーンッと食堂の入り口に、
買って来た荷物を置いた優子さん。



「真田くん!もう行っちゃうんじゃないでしょうね?晩御飯くらい食べていきなよ!別に明日の朝でもいいんでしょ?出発。」

「いや、今夜の夜行バスに乗って、思い出と共に去ります。」

「なに?歌の歌詞みたいじゃん!え?何時に出るの?みんなで見送るよ。夜遅いんでしょ?」

「いや、あの、照れ臭いんで。それにもう、なんか合わせる顔もないって言うか、なんて言ったらいいか分からないですし、と言うか、照れます。だからもう、もう今から出発しようかと思って。」

「え〜!」

「優子。」

「あ、はい。」



優さんがやっと割って入って来た。



「真田の給料袋ってどこに置いたっけ?すぐ渡せるようにって金庫にしまわずに、どっかに置いたよな?」

「仏壇の上」

「あ、そうだそうだ」



私は最後のお給料を仏さまからいただいた。



「はい。ごくろうさん。」


感無量。
全然やりきってないのになんかやり切った気分。
自分で働いたお金で
自分の生活をやりくりするって
こんなにも大変な事だと思い知った一年となった。




「短い間でしたが色々と教えて頂きありがとうございました。」

「おー。またいつでも遊びに来いよ。一食くらいならそこで食べてても分からんぞ。」

「分かるよ。でもほんといつでも、また遊びにおいで!あ、でも・・・・」

「でも?」

「もう戻ってきちゃダメだからね!」

「えっ?」

「でもいつでも遊びにおいでよね」


どっちだろう?
戻って来ちゃダメだけどまた遊びには
ここに来てもいいのか。


「・・・・・・・・」


新聞配達すんなって事じゃないか(T . T)
向いてるような気がしていた。
でももう配りたくない気もする。
新聞配達にどっぷりはまってしまえば
もう抜け出せなくなるのかもしれない。



でももう新聞配達しなくて良いと思うと
心が軽くなった。


「もう明日から新聞配達しなくていいのかー。」


ふーっと深いため息をついて
首を左右に倒して肩こりをほぐす仕草をしながら言った私。


ん?
目を細めてそんな私を見ている視線。


しまった!
失言してしまった!
優子さんの顔が影のように灰色だ!


そうだった。
優子さんはこの家に嫁いでもう
一生ここの家業である『新聞配達』をして
お店を盛り立てていく人だったんだ!


私はなんて事を言ってしまったんだ!


でももう取り返しはつかない。
今のは無しと言ってもダメだろう。
優子さんを傷つけてしまった。
こんな最後の別れ際に!
なんてこった!


もう合わせる顔がなくなるではないか!
優子さんはすぐ元通りの明るい笑顔になって
目をキラキラ輝かせながら私に言った。

「もう戻ってきちゃだめだけど、またいつでも遊びにおいで!ね!」


だめだ!
まともに優子さんの顔を見れない!
眩しすぎるからだ。
太陽を直視したら目をやられてしまう!


私は下を向いて言った。


「お世話になりました。」


「飲みすぎたらダメだからね!いっぱいギター弾くんだよ!」


私はもう堪らなくなってお店の入口に出て
自転車の横を歩いて外に出ようとした。

タッタッターと足音が追いかけてくる。
優子さんだけが見送ってくれた。


「真田くん居なくなったらみんな寂しくなるけど、真田くんには真田くんの夢があるんだもんね!がんばってね!真田くんだったら絶対成功するよ!」

「ううっ」


泣きそうになる私にぐいっと近付いて来て
そのままギュッと抱きしめてくれた優子さん。


こんなに素直で温かい人は
今までに会ったことがなかった。


しばらく私は
ぎゅーっと抱きしめられたままで居た。


ずっとこうしていたかった。


風がそよいで優子さんの髪の良い香りがした。


子供の気持ちを通り越して
この世界の存在としての自分が
消えてしまいそうだった。


何者でもない私と優子さん。
太陽と月。


完全に停止した時間の中で
私を完全にリセットしてくれた優子さん。
もうどこに行っても大丈夫なように・・・・


「行ってらっしゃい」


優子さんが言ったのか
天のかみさまが言ったのか
分からないくらい神妙な声が聞こえた。


私たちはそっと離れた。


また太陽のように輝く優子さんが
両手で思いっきり手を振ってくれた。
前のめりの体で。


「元気でねー!!」


私は瞼シャッターをきって脳内のカメラに
その姿を収めた。


決して色褪せることないの写真となった。




さあて、大阪か。
でも大阪にはカナダに行くための準備をするだけだ。
休んでいる場合ではないぞ。
アルバイトをしまくってお金を大至急貯めなければならない。
なんてったってまだ飛行機のチケットを買っていないのだ。
でもいける。
いけるぞ!
自分で自分を鼓舞するしかない!


実家のすぐ近くにある運送屋なら
いつでもアルバイトできる。
1日7千円もらえる。


出発まであと1ヶ月はあるから
20万円くらいにはなるだろう。
余裕だ。
飛行機代と最初の1ヶ月間の食費とで
10万円ずつか。
いけるいける。
大丈夫だ。


大阪に着いたら
まずは常磐木氏と打ち合わせをしよう。



さらば東京!
さらば新聞配達!
さらばみんな!
また会う日まで!



夜行バスに乗り込んだ!
次はリムジンで来るぜ!


駅の売店で買った6本のビールが入った
白いビニール袋と共にな!


〜つづく〜

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