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オリジナル連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その8


8.   隣人と隣人の隣人



駐車場に車を取りに行っていた篠ピー先輩が戻って来た。
細野先輩は体が細いくせに早食いだった。



「運ぶ布団ってどこ?」

「洗剤置き場の横。」

「これかー。デカイなー。高いやつだぞ、これ。」

「確かに。デカイけど軽いね。」




私はただ見届けることしか出来ずに
事が進んでいくのを見ている。



「あ、ちょっと待って!私も行く!乗せて!」



優子さんもついて来てくれるみたいだ。



布団を車の後ろに積んで
白い軽のバンで4人、お寺(私の部屋)に向かう。



車はお寺の境内の中まで入っていき
ほぼ寮の玄関付近に停車した。



先輩2人の仕事が早い。



しかし布団が大きすぎて
狭い階段を上がるのに手こずる。
通路いっぱいに布団がミッチミチの状態。
布団が悪いのか通路が悪いのか。




「押してー!下から押し上げてー!せーの!」
壁をズリズリ言わせながら
4人でなんとか私の部屋に布団を入れ込んだ。



はー!やっと自分の部屋だ!
優子さんは私の隣の部屋をノックして
話し掛けていた。


「坂井くん!大丈夫!マシになった?おーい!生きてる?」


「ぅ、あ~~ぃ・・・」


寝起きのような、病人のような、
しわがれた男の声が
隣の部屋から聞こえてきた。



隣の奴はもしかして、ずっと部屋に居たのか!




篠ピー先輩が太くて安心感のある声で言った。


「おい、坂井。明日からいけるか?」


「あ、は~ぃ、いけますぅ。ゴホッゴホッ!」




私も気になったので自分の存在感を消しつつ
そっと隣の部屋のドアを、中が見えるくらいまで
無音で覗いてみた。



細野先輩と同じくらい新聞の似合わない
細そうな爽やかな男が寝ていた。



テレビがちゃんとテレビ台の上に乗っている。
小さなテーブルまである。
なるほど。こうすれば洒落た部屋になるのだな。



坂井君は私と同じ今年の新人だが
高校出たての18歳。
私は高校で留年したから
もう20歳だ。



全く何も知らずに来たのだろう。
初めての仕事。
しかも日付変更線との戦い。



私もこうなるのだろうか。



彼はここに来て3日目で倒れるように
崩れ落ち、2日間寝込んでいるそうだ。



私より5日間先輩。
私の5日後の姿。



そんなにも、この仕事はキツイのか!
果たして私は立派な新聞配達員になれるのか!



間違えた。



私は音楽学校に通うために
新聞奨学生になったのだ。



1年間で120万円もの学費を
この手で稼ぎながら学校に通うことを
決断した勇気ある苦学生だ。



私の場合はたまたまそうなったが、
みんなは、かなりの覚悟でここに来たのだろう。



120万円を時給1000円のアルバイトで稼ごうと思ったら
1200時間も掛かる。



1日8時間で150日間連続勤務で達成出来る。
休みを入れたとして6ヶ月で達成できる。



いや、私は単純な男ではない。
騙されないぞ。



私は人間なので生活費が別途必要だ。
よく気が付いた私よ。



仮に家賃3万円の物件を見つけたとして
贅沢しなければ月10万円で暮らしていけるだろう。


1年間の生活費が120万円。
学費も1年間で120万円。



1年間の学費と生活費を稼ぐのに
引っ越し費用とか敷金礼金とか無視しても
240万円いるから時給1000円で2400時間必要。



1日8時間労働で300日間連続勤務。
休日を入れたら約1年間必要なのか!



お金を貯める事と学校に行く事を
別にしたら2年間掛かる所を
「新聞配達員」という荒技で
一気に同時に1年間でやってしまうというわけだ。



そんな事に今頃気が付いた私。



8時間労働した後に学校に行けるのか。
6時間は学校にいるとして通学時間を足して
15時間。あれ?まだ9時間も残っているな。



いける!いける!
いけるぞ直樹!



なぜこんな計算を来る前にしておかなかったのか。
倒れて布団の中で死にかけている
まだ顔がはっきりとは見えない隣人という戦友を
眺めながらそんな事を考えていた。



優子さんの声がフェードインして聞こえてきた。
現実に意識が戻って来た私。



「・・・ご飯食べられる?持って来ようか?お粥かなんかにしようか?」



「ぃや、ぃ・ら・な・ぃ」



その時、
さらに隣の部屋の扉が開いて
背の高くて色が白くて眠たくないのに
眠たそうな顔をした男が現れて
布団の中の戦友に声を掛けた。



「大丈夫?坂井。なんか買ってこようか?」



私と一瞬、目が合った。
そして私に向かって話し始めた。
話すのが好きそうな顔をしている。



「あ、この部屋やっと入って来たんだね。今日来たの?あ、俺、竹内。」



竹内君は私に名乗ってはいるが、
完全に体は優子さんの方に向いていた。



「大阪から来た真田です。よろしく。」



篠ピー先輩の大きな体が視界に入って来た。


「おー竹内。お前、明日の朝、坂井をちゃんと連れて来いよ!」



優子さんも私の隣で言った。


「竹内くん、よろしくね!」



何やらずっと私の部屋を眺めている細野先輩。



「お、ビートルズのバンドスコアじゃん!いいの持ってんね。これ今度貸して。」



「あ、はい。」



「んじゃ帰ろう。竹内頼んだぞ。」



「えー。なんで俺なの〜。」



笑いながら別に嫌そうでない口振りは、
みんなにいじられると幸せを感じるタイプなのだろう。



私はそんなみんなに愛されるキャラ竹内君が
先輩たちにいじられているスキに
さっと竹内君の部屋を覗いてみた。
隣の隣だから結構距離がある。



ほほう。ちゃんと絨毯を敷いてある。
カーテンも。それが青で統一されている。
テレビはあったが床に直置き。
テーブルは無かった。



エンジンが掛かる音がして
車のドアがバタンと閉まる音がした。



お礼を言う間も無く先輩達と優子さんは
お店に帰っていった。



竹内くんが階段を上がってきて
私の部屋を覗いた。



「明日起こそうか?どうせ俺このまま寝ないで
起きてるから、もし寝てたら起こしてあげるよ。
坂井も起こさなきゃいけないし。」



「あ、ありがとう。ちょっと今から風呂に行って来ようかと・・」



「銭湯は早めに行っといたほうがいいよ!遅い時間はやたら混むんだよ!」



なるほど。なるほど。
身の回りの情報の入手先を手に入れたような気がした。



とにかくみんな優しい人ばかりだ。




〜つづく〜

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真田の真田による真田のための直樹。 人生を真剣に生きることが出来ない そんな真田直樹《さなだなおき》の「なにやってんねん!」な物語。

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