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連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その76


76.   ポスター化現象



アルバイトをすることになった。
お金の計算をしておこう。
もちろん新聞配達をしながら頭の中だけでだ。
ではからだくん、さようなら。
しばらく配達は頼んだよ。

さて。
本来なら学校に行くはずの時間。
9~13の4時間。
この時間でアルバイトをすれば新聞に支障はない。
時給はまだ知らないがきっと800円くらいだろう。
時給800円で1日3200円。
週6日入って1週間で19200円にもなる。
お金持ちではないか。
月に25日も入れば8万円!
やったぜ!
3ヶ月間やったとして24万円也。


・・・12万6400円だ。
 ・・・12万6400円だ。
  ・・・


おや?木霊こだまの音が小さくなった。

音量が半分くらいになったようだ。
なんせバイトで24万円も稼げるんだ。
12万6400円払ってもまだ半分ほどは残る。
さらに新聞屋さんのお給料からも3万円ずつ貯めれば
9万円足して・・・なんと20万円越え!
イケた!
いけた!いけたぞー!
やっほー!っと、
いつものように祝いたいところだが・・・

ビールを飲んで寝ている場合ではなくなった。
目ん玉をひん剥いて【かね、かね、かね】だ。

朝刊が終わって優子さんの朝ごはんを食べたら
少し部屋で休憩してアルバイトに向かおう。

昼の1時にバイトが終わったら
部屋に帰ってきて少しだけ休んだら
もう夕刊の時間か。

あれ?いつ寝るんだ?

いつもだったら夕刊が終わってから
朝刊までは、ずっと起きている。
唯一の創作の時間だ。
曲は出来てないが
詩は書き溜めている。
ノートはもう3冊目だ。

さてと、また問題発生だ。
寝るにはどうしたらいいんだろうか?

えー。オホン。
夕刊の時間からやり直そう。


夕刊が終わってご飯を食べてチラシを整えて、
部屋に戻るのがだいたい19時。
速攻で銭湯に行って帰って来て
歯を磨いて20時までには布団に入るぞ!


そうすれば
2時までの6時間は眠れる。充分だろう。
集金のある日は1時間差っ引いて5時間睡眠か。


うーん。なるほど。
この日々に3ヶ月間耐えられるだろうか。

いや待てよ。
もし真面目に学校に毎日通っていたら
こんな日々なのだ。
私は学校に反抗しているつもりだったのに、
まんまと堕落した新聞配達員になってしまっていた。
恐ろしい。


いや、
とにかく今は金だ!

もう抽象的なことはどうでも良い。
将来だと?
そんなもの金次第だ!
バイトバイトバイトだぜ!


コンビニに着いた。
レジの人に声を掛ける。
昨日とはまた違う人のようだ。

「あの、今日からこちらでアルバイトさせてもらうことになった真田と言いますが・・・」

「あ、はい。聞いてます。どうぞ入って。」

レジの横の台を上に持ち上げて
中に入れるようにしてくれた
優しそうな女の人。
30歳くらいだろうか。

「店長ー!来ましたよー!」

「失礼します。」
 

奥の机に店長が座っていた。

「おー。もうそんな時間か。よし、えーと、さなだくん。服のサイズはLだったね。上着はそこの壁にあるハンガーにでも掛けておいて。」

制服をもらった。それを着てすぐ
さっきのレジの女の人の横に店長と二人で並んだ。

「出勤してきたらまず、このレジの、このボタンを押して、自分の従業員番号を打つんだ。」

「えーっと、ここ。」

レジの女の人がそのボタンを人差し指で差して教えてくれている。

大人がふたり、両方から
わたしに丁寧に仕事を教えてくれる。
でも私は緊張していた。
いつもとは反対側の世界に居る。
つまりレジの中に自分が居るだなんて!
まるで舞台の上に立った気分だ!


こちら側から見た世界に緊張していた。
上手くレジが打てるだろうか。
上手く話が出来るだろうか。


人差し指だけで言われた通りの番号を押した。
これで出勤したことになったようだ。

「帰る時も同じように押して帰るんだよ。じゃあ次はこっちだ。」

レジの横の台を上に持ち上げて店長がレジから出た。
店長に続いてレジから出る私。
まるで舞台から降りたように緊張がほどけた。

「まずドリンクの補充から覚えようか?さんだくん。」

「真田です。」

「そうそう、さなだくん、さなだくん。こっちへ。」

レジから出て店内を歩き、
今度はトイレの横の銀色のドアから中に入った。


ここも狭い。
やっと一人通れるくらいの通路を歩いて
飲み物が並んでいる裏側に来た。


すごい光景だった。
裏側はこんな風になっているのか。
裏から缶ジュースや缶コーヒーやら
ペットボトルの飲み物を補充できるようになっている。

「見ての通り飲み物を補充すればいい。少なくなっている飲み物を後ろから入れていくだけだ。この後ろに箱があるから、これを開けて・・・」

バリバリッ!ダンボール箱を雑に開けて、
いちおうやってみせてくれる店長。
カショーン♪
カショーン♪
リズム良くドリンクの缶を入れる店長。

「こんな感じで頼むよ。すぐ無くなるからね。ここに新しいのが無かったら聞きに来て。」

「はい、分かりました。」

そうか。
レジは花形のする仕事だった。
私は裏方といつも決まっている。
表舞台には立てないのだな。

誰の顔も見えない所でひたすらドリンク缶を入れ始めた。
だんだんと寒くなって来た。
そうだった。ドリンクはいつも冷えているのだから
これはちょっとした大きな冷蔵庫で、私はその中にいるのだ。


そりゃ寒いはずだ。
いや、かなり寒くなって来たぞ。
暖房の効いている店内が恋しい。
ちょっと寒すぎるので店内に行った。


あたたか〜い!
あの優しそうな女の人と並んでレジ打ちがしたいな。
そうなるには何ヶ月かかるだろうか。
ここからレジまでの距離は遥か遠かった。


おや。
その手前で店長がひざまずいてお弁当を並べている。
ふっと店長が顔を横にして私に気づき、声をかけて来た。


「お、もう終わったの?早いね。」

「あ、いえ、ちょっと寒くて寒くて・・・」

「あーそうか!中に居る時は自分のジャンパー着てやっていいよ。」

「はい、分かりました。」

「それが終わったら、弁当とパンが大量に来てるからそれ並べるの手伝って!」


なんか言葉尻が慌ただしくなってきた店長。
店内の客の数も随分と増えて来ている。


「は、はい!いそぎます!」

「よろしく!」


レジへの道は絶たれた。

ドリンクの裏側に戻った。
寒すぎる!
早く動けば温まるかもしれない原理を利用して
猛スピードでドリンクを補充していった。


残っている先頭の缶を倒してしまう。
ボーリングのピンのようだ。
元通りに立てようとして手を伸ばした時に
初めて気が付いた。


ドリンク缶とドリンク缶の間から
店内が見えるではないか。
こちらから見えるということは
向こうからも見える。


人が来た。
こちらを見ている。
いや私をではない。ドリンクを見ている。


この人は一体何を飲むのだろう。
気になる。
ちょっと可愛い女の人だから特に気になる。
24歳くらいだろうか。
OLっていうやつだな。
オフィスで働く女性か。


いいな。なんか感じの良い雰囲気に変わる店内。
お茶かな。緑茶かな。烏龍茶かな。
痩せてるから甘いミルクティーかな。
甘党かな。


うお、やばい!だいぶ私に近くなっていた。
このままでは目と目が合ってしまう!
ドリンクを取ろうとしたら人が居たなんて事になったら
『キャー!変態!それ今から私が飲もうとしているドリンク〜!』
と叫ばれて逮捕されてしまうのではないか?


店長にどうすればいいか聞きに行こうか。
いや、この人から離れよう。
後ろに下がればいいのだ。
いや、やはり今動くとかえって私の存在が
バレてしまうかもしれない。
ここはジッと息を殺して、まるで風景のように・・・そうだ!
ポスターの俳優のように・・・いや、ミュージシャンのように
微動だにしなければ良いのだ。


私はマバタキも我慢して、
その女の人がどのドリンクを買うのか
じっと見届けた。


今私が動かせるのは目の玉だけだ。


なんと!
コーラだと!
そんなバカな!
おにぎりにコーラだなんて!
合わなさすぎる!
なんでコーラなんだ!
あなたのその顔にコーラは似合わない!
ミルクティーにしておくれ!ハニー!


しかし私の思いが届くことはなかった。
24歳は私に気付くことなくレジに並んだ。


良かった良かった。
これで良かったんだ。
これで仕事を再開できる。


「おーい!終わったか?」


店長が後ろに来ていた。


「あら、まだこれだけか・・・んー」


どうやら遅いようだ。
猛スピードでやっていたつもりだが、
ポスター化している時間もあったので
差し引くと平均以下ということか・・・


「まだ初日だししょうがないか・・・ちょっと先に弁当のほうを出してくれる?」

「は、はい!分かりました!」

「ん、こっち、こっち」


店長についていった。
バッカンに入ったお弁当が何段もある。


「だいたい並べて置いたから後は同じ弁当をひたすら補充していってくれたらいい。全部売り切れるから消費期限とか気にする必要ないからね。」

「はい!分かりました!」

「じゃあ頼むよ!もうすぐドカっと人が来るからね!」


時計を見た。
もう11時か。
簡単そうで難しいぞ。
みんな同じようなお弁当に見えてしょうがない。


なかなか同じ弁当を探し出せない。
ここでもモタモタする私。


私が並べた瞬間に
そのお弁当を取っていく人が現れたと思ったら
レジはものすごい行列だった。


12時。
レジは4人体制。
レジの機械は2つしかないが
一人がレジを打って一人は袋に品物を入れる。
さっき私が出したお弁当達が電子レンジで温められている。


「すいませーん。お弁当ここから取っていいですかー」


私は後ろから声を掛けられた。
スーツ姿の女の人だった。
わー。もうほとんど棚のお弁当が無くなっている!
バッカンのほうから持って行ってもらったほうが
早いのではないか。
これ確かバッカンっていう名前だったよな。


「どうぞどうぞ!バッカンからどうぞ!」


そう言って私はもうお弁当に集中することにした。
レジを見ている場合ではない。
もう並べる場所なんて関係なかった。
お弁当がバッカンから棚に移動していれば良い。
それが今の私のミッションだ。
もう店長には余裕はなく、レジで目が点になっている。


「おにぎりってもうこれだけですかー?」
おにぎりだと?
また声を掛けられた私。


穴の空いたバッカンだから横から何が入っているか覗ける。
積み上げられたバッカンの下の方から順番に中を覗いた。
あった!
下から3段目がおにぎりだ!
どうしようか。
しょうがない。


「ありました!おにぎり!ここです!今出しますから!」


私は3段目より上のバッカンを全て横に退けた。
4段目のバッカンを取って
おにぎりの姿が見えた瞬間に他の人までもが
一斉におにぎりを取り始めた。
バッカンに伸びてくる手が4本5本6本・・・


ダメだ!もう棚に並べている暇がない!
おにぎりはもうバッカンたちに任せて
私はお弁当を出そう!


さっきまでの寒さが嘘のように汗をかき始めた私。
昼の12時にコンビニに入ったことがなかった私。
いつもはビールをたらふく飲んで寝ている時間だ。
こんなにも世間の人々が12時にコンビニに集まるなんて
知らなかった。


元旦に神社やお寺に集まる初詣の参拝者なみだ。
押し合いへし合い。


スーツを着た男女が色んな匂いをさせてレジに並んでいる。
楽しそうな人たち。
このお祭り騒ぎを楽しんでいるようだ。
私にはそう見えた。


私はもうどうでも良くなって
唐揚げ弁当の上にナポリタンを置いた。


すぐに手が伸びて来てナポリタンの下の
唐揚げ弁当を取られた!


秒速だ!


今度はナポリタンの上に三色鶏そぼろ弁当を置いた。
三色鶏そぼろ弁当が消えた。


よし次はカレーと戦わせてみよう。
バッカンが勝手に空になっていく。


これが毎日続くのか?
いやそんなはずはない。
だって全員で12時に昼食をとる必要が
どこにあるというのだ。
学校でもあるまいし。
きっと今日が特別な日なのだ。
そうに違いない。
こんなに人に、もみくちゃにされたのは初めてだった。


13時。
やっとレジの行列がなくなった。
お弁当も無くなった。
棚に残っているのは納豆巻きが1本だけ。
さすが粘り強い。

店長っぽくなくなった店長が私に
近づいてきた。


「いやー、大丈夫だった?すごかったろ?これがお昼のランチタイムなんだ。」

「すごかったです。もうお弁当がひとつも無いです。」

「そうだろ?なんとか間に合ったね。ありがとう、助かったよ。」


通路に散乱したバッカンを見ながら言ってくれた店長の
足取りはもうフラフラだった。


「これ片付けたら、上がってね。お疲れさん。」


まるで農作業をしすぎたおばあちゃんのように
思いっきり背骨を曲げた店長が奥の部屋に入って行った。



〜つづく〜

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