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「ツイスト・イン・ライフ」第22話(最終話) 創作大賞2024応募作品

第一話:松尾誠司 その一
第二話:佐野涼平 その一
第三話:越智弘高 その一
第四話:藤吉礼美 その一

第五話:松尾誠司 その二
第六話:佐野涼平 その二
第七話:越智弘高 その二
第八話:藤吉礼美 その二

第九話:松尾誠司 その三
第十話:佐野涼平 その三
第十一話:越智弘高 その三
第十二話:藤吉礼美 その三

第十三話:松尾誠司 その四
第十四話:佐野涼平 その四
第十五話:越智弘高 その四
第十六話:藤吉礼美 その四

第十七話
第十八話
第十九話
第二十話
第二十一話

最終話:ツイスト・イン・ライフ


「……」
 松尾まつお誠司せいじは都内にあるスタジオに向かい、愛車のアルテッツァ・ジータを走らせている。
 BGMはエンヤである。興奮する心を落ち着かせるためだ。
 今の松尾がメタルやロックなどを聴こうものなら間違いなく覆面か白バイに捕まってしまう。


「俺の腕でそんなすごい奴らを満足させられるのか……?」
 佐野さの涼平りょうへいは、ハンドルを握りながら大きな独り言を言う。
「パパなら大丈夫だよ。ホントすごかったもん」
 助手席の妻、佐野さの瑠璃子るりこはそれに反応する。
 ドライブが大好きな息子の慶太けいたは相変わらずチャイルドシートの上ではしゃいでいる。


「すごい人たちとセッションってマジか。俺そこまでセッション慣れてないけど大丈夫かな」
 越智おち弘高ひろたかは、指定された音楽スタジオに向かっている。
「ヒロならなんとかなるでしょ。しっかし、まさか礼美さんに猛プッシュされるなんてね」
 越智の恋人である高木たかぎしのぶも隣を歩いている。


「思い切って同窓会に行って、寺田さんと再会できて本当によかった……」
 藤吉ふじよし礼美れいみは先日の同窓会での再会と、そこから広がりそうな新たな縁に感謝している。

「こんなに展開が早く進むなんて思わなかった」
 と礼美は改めて思う。


 先日の佐野夫妻での話し合いの後すぐ、涼平が松尾に電話をして
「ものすごいドラマーが見つかったらしいからセッションどう?」と要点を伝えたところ、松尾は「絶対行く!」と即答だった。

 越智カップルと礼美の行きつけである「バー・ツクシ」にて、礼美は越智をセッションに誘った。
 その熱心な誘いに越智もまた「いつでも行きます」と二つ返事でオーケーをし、忍も「学校休みなら私も見に行きたい」と言ったので快諾した。

 現在は、松尾が最も多忙なスケジュールであるため、松尾の休みに合わせて集合しようという話になった。


 各々の思いを胸に、役者たちはスタジオに集結した。
 重い二枚の扉を開いた先に、全員が集っている。


 四人の猛者による自己紹介が始まる。


「おはようございます! えと……僕の休みに合わせてくれてありがとうございます! ギターやってる松尾誠司といいます。よろしくお願いします!」

「おはようございます。現在無職のベース弾き佐野涼平です。皆さんの期待に沿えるかめっちゃ不安ですが、よろしくお願いします。あと、家族です」
 涼平は、隣にいる瑠璃子と慶太を紹介する。瑠璃子は頭を下げ、慶太はキョロキョロと辺りを見回している。

「おはようございます! 奇遇にも無職のドラマー越智弘高です。こう見えて二十四歳です! よろしくお願いします。あ、彼女です」
 越智も隣の忍を紹介し、忍は軽く頭を下げる。
 越智と初対面の人間は「この貫禄で二十四歳?」といった表情をしている。
 中でも松尾は「桐野きりの愛沙あいさちゃんと同い年なのか…」と、かつて一緒に仕事をしていたアイドルを思い出し、口をあんぐり開けている。

「おはようございます。近くの音楽教室で講師をやってる藤吉礼美と申します。今日は、私が皆さんをお誘いする形になったのですが、本当に実現できるなんて……まるで夢みたいです。来てくださって本当にありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」
 深く、頭を下げる。

 全員で最後に
「よろしくお願いします!」
 と言い、それぞれ持ち場につく。
 各々が無言でセッティングをしている。

 瑠璃子と忍は早くも意気投合したようだ。忍は慶太を膝に座らせており、どうやら瑠璃子のことを「姐さん」と呼び始めたようだ。
 元ギャルの瑠璃子もまんざらでもない様子で、忍と話すときはかなり砕けた口調になっている。


「あっ、そういえば、礼美さんって今日はなんの楽器やるんですか?」
 と越智は聞く。
「そこにあるキーボードにします」
「あと……ないと思いますがコーラスとかが必要になったときのためにマイクを……」
 礼美の担当楽器はスタジオにあるキーボードに決定した。
 念のため、マイクもスタンバイしておくという。

「まず、テイストはどうします? ロック系とか、ジャズ系とか、色々あると思うんすけど……みんな何が好きなんだろ」
 松尾は愛機であるフェルナンデスのラヴェルをアンプに繋ぎ、エフェクター類のセッティングしながら、話を進めていく。
「ちなみに俺が一番好きなジャンルはロックとかメタルっす」

「あ、俺もそれです!」
 越智は松尾に乗っかる。
「ロックとかファンクとか、ジャズもいけます」
 佐野は淡々と答える。
「私ほとんどロックは知らないですが……皆さんロックがお好きなようなので、頑張ってみます」
 礼美は少し不安そうに話す。

「じゃあ、多数決でロック系でいってみましょうか! 藤吉さんも、多分大丈夫っす。なんとかなります!」
 と松尾は礼美に笑いかける。礼美も頷く。

「アップテンポ気味な感じで俺が弾き始めるんで、それでいいすか? 一旦キーはEマイナーで始めて……まぁ、あとは基本、その場のノリで」
 と松尾は提案し、全員は了承する。
「で、ソロは最初にギター、次ベース、からのドラム、全員の演奏の様子見てもらってからキーボードって感じでどうです? ちょっと変則かもですけど」

「お気遣いいただきありがとうございます」と礼美は頭を下げる。

 松尾はギターのスイッチをリアピックアップに切り替えてジャジャッと音を鳴らす。

 まもなく、この四人によるステージが始まる。
 ベース、ドラム、キーボード、それぞれの音もポロポロと聞こえてくる。

 ステージの隅では、忍がスマートフォンを構えている。この特別なステージを動画に残してくれるらしい。

 松尾が「ま、困ったらその場のノリでいきましょ!」と全体に笑いかけ

「んじゃ、いきますよー」
 その表情は演奏モードに入る。

 松尾は一つ息を吸い込むと、軽快なリフを弾き始める。
 それに一つ二つ遅れて、ドラムとベース、キーボードが様子を窺うように入っていく。
 まだ全員、それぞれの顔を見合ったりして、探り合いのような形で展開を模索している。

 越智が16ビートを刻み始め、曲の輪郭が生まれ始めると、松尾はテーマとなる旋律を作り出していく。
 盛り上がりは加速し、メンバーたちにも笑顔が見え始める。


 盛り上がりに十分な加速がついたところで、松尾はフロントピックアップに切り替え、力強く二弦をチョーキングする。
 ギターのソロタイムが始まる。

 繊細ながらも力強いピッキングでラヴェルを泣かせる。
 その一音一音を力強く粒立たせ、感情一杯に自分の世界に没入していく。
 松尾はもはやメンバーの顔を見ていない。背中を任せられると信頼したためだ。
 レガートの速弾き、アームでの派手なビブラートと好き放題に暴れている。

 越智は顔を上げてそのプレイに見惚れる。
「なんなんだこの人……」
 同じ表情をしている礼美と目が合う。
 礼美は伴奏を続けるその腕に鳥肌が立っていた。
「こんな人今まで見たことない……」
 既に一度、その技術を目の当たりにしている佐野だけは「コイツやってんな」と言いたげに笑っている。

 自分の世界に浸っていた松尾は、我に返り、リアピックアップに戻すとバッキングを弾き始める。
 メンバー全員に「ありがとう」と感謝のアイコンタクトを送る。

 その後、バッキングをファンクなカッティングフレーズに変えて曲を盛り上げながら、佐野へとパスを送る。


 松尾のパスに対し、佐野は力強いスラップで返答する。
 お膳立てと言わんばかりにギターが作り出すファンクなカッティングに、スラップを惜しみなく乗せていく。
 ずっと陰に潜んでいた柔らかな低音は、歪みの強いうねる轟音に変化し、四人の世界は一変する。
 佐野は首でリズムを取りながら、周囲を見渡し、場を支配する。

 松尾は笑いながら、そのうねりを楽しむ。

 越智は再び演奏者にくぎ付けになる。
「いやいや、レベル高すぎだろ」と困惑する。

 礼美も、暴れる佐野を
「……凄すぎない?」と口を開けて見つめる。
 ステージ端の瑠璃子に目を向けると、瑠璃子はうっとりとその勇姿を見つめている。

 佐野がソロに満足すると、そのうねりはすぐに身を潜め、柔らかな低音が彼らのステージへと帰ってくる。
 そうして、その平穏な世界への変化とともに、全体のトーンも下がっていく。軽やかなリズムを刻んでいたギターも、気づけばポロポロとキーボードと静かに掛け合っている。
 越智がボリュームを落としながら全員に目を配ると、視線が自分に来ている。


 静けさの中からドラムソロが始まる。
 小刻みに続けていた16ビートから、一気に形を崩していく。
 ハイタム、ロータム、フロアタム、スネアを一心不乱に叩き始める。
 無造作に、悪く言えば適当に叩いているように見えるが、これ以上ないタイミングでクラッシュシンバルのアクセントが入る。

「やばい……エグいって……」
 思わず松尾は小さく口走ってしまう。

「マジですげぇ……」と佐野は越智のプレイングに見入る。

 礼美は「これが、越智さんの真骨頂……」と、その「バー・ツクシ」以来のドラミングに胸を打たれている。

 ステージ端では、動画の撮影者が瑠璃子に交代している。
 忍は、恋人の豪快なドラミングを見つめ、口角の緩みを隠しきれていない。

 越智はたった一人で場の盛り上がりを取り戻すと、再び先ほどの16ビートを叩き始める。
 再度全員にアイコンタクトを送ると、松尾が曲の序盤に作ったテーマを再度弾きはじめ、場のボルテージを最高潮に上げていく。
 視線は紅一点に注がれる。


 最後にキーボードのソロだ。
 礼美の手の甲には、かすかに汗が浮かんでいる。
 これ以上ないほど盛り上がっている世界で、これから主役を取るという重圧なのか。
 力強いグリッサンドからスタートし、跳ねるスタッカートなリズムに、丁寧に音を乗せていく。
 三人の作り出す世界の上でピアノが踊る。
 軽やかで自由なダンスを楽しむ。
 あまりにも踊りやすい土台のメロディーに、礼美の笑顔が輝く。

 そして礼美はキーボードを弾きながら
 用意していたマイクで歌い始める。
 キーボードを伴奏にし、自らの声を主旋律に抜擢する。
 もちろん歌詞などない。
「ラララ」と感情を込めて声を振り絞る。

「うおおおおおおおっ!」と松尾は思わず叫んでしまう。

「なんなんだよこの人たち……」と佐野は苦笑いが出てしまっている。

「……」
 越智は放心状態で礼美を見つめる。彼女のドラム演奏しか見たことなかったからだ。


 この四人の作り出す世界を目の当たりにし、瑠璃子と忍は涙を流していた。慶太はリズムに合わせて手足を動かしている。まるで踊っているかのようだ。

 こうして作られた世界が、永遠に続くことは決してない。
 四人全員の、痛いほどの名残惜しさとともに「世界」は終わりを迎えるのであった。




三年後


「ちなみに『ツイスト・イン・ライフ』ってどういう意味なんですか?」

「えー、まぁ簡単に言うと『人生の紆余曲折』みたいなニュアンスですね。『Twist』が色々な意味を持つ英単語なんですけど、その中に『ねじれ』みたいな意味があって、直訳すると『人生の中のねじれ』みたいな」
 佐野涼平は緊張の面持ちで質問に答えている。

「僕ら全員、詳しくは省略するんですけど、いわゆる順風満帆な人生を送ってこられなかった人の集まりなんですよ。だから『みんな色々な紆余曲折を経てるよね』みたいな意味を込めてて……まぁ英語として正しい使い方なのかイマイチ分かんないんですけどね」

「なるほどー。みんな苦労してきたんだねぇ。だから、それがメンバーの共通点ってことか」

「そうです。四人の共通点ですね。それにしよっかって」
 と、佐野は大きく頷く。


「人生、山あり谷あり、だからねぇ」


「いやぁ。本当にその通りですね。痛感してます」
 と佐野はこれまでの人生を振り返り、表情が砕ける。


「パパ、何かしゃべってる。しゃべるの下手っぴなのに」
 佐野慶太は画面の中の父を観ながら笑っている。
「頑張ってる人を笑わないの」
 佐野瑠璃子は画面から目を離すことなく慶太を嗜める。


「今回の出演に当たり、何か思うことはありますか?」

 松尾がマイクを持つ。
「そうっすね。まずは何よりも一つ、お世話になった人たち、支えてきてくれた人たちとの約束を果たせたかなって思いますね。有言実行できてよかったなって。まぁ、でもここはゴールじゃなくてスタートなんで、こっから頑張っていきたいっすね」
 さすがの松尾も肩に力が入っているのが伝わってくる。

 一つ後ろの席に座る大人気アイドルグループ「プリンセス・マイカ」のメンバーたちも頷きながらその言葉に耳を傾けている。画面からは見えにくいが目元が少し赤くなっているようだ。



「はい、それじゃあスタンバイお願いしまーす」

「よろしくお願いします」と立ち上がってカメラへ一礼すると
 四人はステージに向かい移動を始める。


「お待たせいたしました! いよいよCMの後は番組初登場となります、『ツイスト・イン・ライフ』の皆さんに演奏していただきます!」


「一旦CMだって。トイレ行ってきな」
 瑠璃子が慶太に言うと、慶太は素直に立ち上がってトイレに行く。


 画面には番組テーマソングの「ワンオーナインオー」に合わせ手拍子をする出演者たちが映し出されている。



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