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「ツイスト・イン・ライフ」第一話(全二十二話)
あらすじ
順風満帆な人生などあるのだろうか。
この物語の主人公は、社会や人間関係の荒波に揉まれた四人の音楽の天才たち。
四人の人生に訪れる様々な紆余曲折とともに物語は展開していく。
松尾 誠司:無名のプロギタリスト
佐野 涼平:機械メーカーの技術者
越智 弘高:ファーストフード店の社員
藤吉 礼美:音楽教室の講師
生い立ちの全く異なるこの四人を、どのような縁が繋ぐのか?
四つの人生が交差した先に待つ未来とは?
人生の苦悩は千差万別。嫌なヤツがいればかけがえのない味方だっている。
人間の弱さが随所に滲み出る、不器用で泥臭い大人たちの青春ストーリー。
登場人物
松尾 誠司 二十八歳
無名のプロギタリスト。お調子者キャラだが根は真面目な常識人。ギターの才能は申し分ないが芽が出ず、長年アルバイト生活を強いられている。現在のアルバイトはアイドル番組のAD。
佐野 涼平 二十八歳
機械メーカーの技術者。愛妻家で子煩悩。幼少期より優秀すぎる姉と比較されてきた影響で卑屈な一面がある。医師である父親からの教育虐待によって実家とは絶縁。趣味はベース演奏。
越智 弘高 二十四歳
大手ファーストフード店の多忙な正社員。遊び人の母親のもとに生まれ、児童養護施設で育つ。大人の醜さに嫌気がさしてグレてしまった時期もある。仕事のストレスはドラムセットにぶつける。
藤吉 礼美 二十九歳
駅前ビルにある音楽教室の講師。特技はヴァイオリン、ピアノなど楽器演奏全般。かつて国内屈指の交響楽団に所属していたが、うつ病を発症し退団。最近カラオケにハマっている。
第一話:松尾誠司 その一
「いやぁー……今日はしんどかったっすよ」
松尾誠司は、無機質な骨組みに囲まれた空間でマールボロに火をつける。彼の鮮やかな赤い髪の毛とは対照的に、その顔色は疲労で青白くなっている。
「この業界にいると、労働基準法なんてものは絵空事だって、つくづく思い知らされるんだよな」
手島清志の切実な思いが紫煙に交じって吐き出される。
「もしかして手島さんって明日もこんなスケジュールなんですか?」
松尾がそう聞くと、手島は笑いながら答える。
「あぁ、明日も明後日もよ。本当に、眠れないぜ」
「……長生きしてくださいね」
ギタリストの松尾誠司は、現在とあるテレビ番組でADのアルバイトをしている。松尾の現在の本業はスタジオミュージシャンなのだが、いかんせんまだ業界での知名度が低く、仕事も多くはない。
そのため現在は、知人から紹介してもらった番組ADのアルバイトを掛け持ちして食い繋いでいるというわけだ。そして「最終的には自分のバンドでメジャーデビュー」という大きな夢も決して諦めてはいない。
そんな松尾のギターの才能と技術は、まごうことなく確かなものである。しかし、エンターテインメントの世界で日の目を浴びるためには才能や技術だけでは不十分だ。むしろそれらは「兼ね備えていて当たり前」という世界である。そこに、運やタイミングという不確定な要素が掛け合わさることによって初めてチャンスが訪れる。
日々ギターと向き合いながらも、松尾はそれらの不確定要素に見放され続けていた。そしてとうとう世間からその名を知られることのないまま、松尾は二十八歳の誕生日を迎えていた。
「まぁ、でも、俺も売れたら今以上に忙しいんですけどね!」と、松尾は気の抜けた声で笑い飛ばす。
「何? ……そうかギターか。お前にとってこの仕事は小銭稼ぎみたいなもんだからな」
手島清志は三十九歳になるテレビ局のディレクターである。立場は全く違う両者だが、休憩が合うタイミングには欠かさず一緒に煙草を吸う仲になった。
二人が話すようになったきっかけは、手島が革ジャケットの下に「ガンズアンドローゼズ」のTシャツを着ていた際に、松尾が「ガンズお好きなんですか?」と尋ねたことだ。
松尾も手島も、昔からメタルやロックのような音楽が大好きであり、語り合った。そして互いの造詣の深さに感動し、二人は意気投合したのである。
「ゲホッ! そんな小銭稼ぎだなんて人聞き悪い。やめてくださいよ。お世話になってるんですから」
松尾は鼻から勢いよく煙を出しながら訂正する。
「でも、どっかからお声が掛かったら明日にでも辞めるんだろ? この仕事」
手島は不敵な笑みを変えることなく問う。
「そ、それは、うーん……」と言い淀む松尾の肩を叩き、手島は笑いながら続ける。
「気ぃ遣うなって。安心しろ。もしお前が売れたら番組で使ってやるよ。ま、でもそのためには俺もお前と同様に、もう少し偉くならなきゃならないんだがな」
「そんでもって、そのためにも今は【あの子たち】が売れてくれることが俺にとっての一番の願いなんだ」
手島の話す【あの子たち】とは「プリンセス・マイカ」という五人組アイドルを指す。マイカというのは鉱石の名前だ。その鉱石の粉末は光を反射する性質を持ち、「スポットライトに照らされて誰よりも輝いてほしい」という意味を込めてその名が付けられた。
あの安元秋志がプロデュースした新たなグループということで話題になっている。
とはいえ、結局メンバーの一人一人の顔や名前はごく一部のファンにしか知られておらず、CDデビューもできていない。まだ結成から半年の駆け出しのアイドルグループだ。
この二人が携わっている番組は、プリンセス・マイカの冠番組である「マイカ発光中」だ。低予算で人件費もカツカツな番組であるため、現場は常に人手不足だ。その中でも松尾は一番下働きのアルバイトADのため、肉体労働や雑用など、絶えず現場を駆けずり回っている。先日の収録前には発泡スチロールで作られたセットをうっかり倒してしまい、美術担当の池田さんにこっぴどく絞られたものだ。
「ご覧の通り、まだ彼女たちは駆け出しだ。安元秋志のネームバリューでこうして冠番組がもらえている時点でものすごく恵まれているけれども、音楽番組となるともう少し先の話だろう」
手島は喫煙所の外を眺めながら話している。
「だからこそ今、この番組を通じて彼女たちは知名度を上げていかなきゃならない。てことは、この番組はもっと注目されなきゃならん。そのために、俺らテレビマンは番組を少しでも面白くなるように考えていかなきゃダメってことだ……」
手島は新生アイドルグループの現状について淡々と語っている。
そして突如、手島は口調を変えて高らかに言う。
「そんで、彼女たちが売れたら、きっと俺の名前も売れる! Pになれる!」
「そ、そんな簡単に行くもんすか?」と松尾は心配そうに手島を見る。
「でも本当に、皆めちゃくちゃ頑張ってるし素直でいい子たちですから、早く日の目を浴びてほしいですよね」
「俺も日の目を浴びたいなー」とぼんやり考えながら松尾は二本目のマールボロに火をつける。手島も二本目のウィンストンを口にくわえたので、松尾はそのまま自分のジッポで火を貸してやる。
「おっ、悪いね。でもよ、今日の一本目の収録はよかったよな!」
思い出したように手島は上機嫌に話す。
「よかったですよね! 一本目は本当に彼女たちの可能性を感じました!」
二人の声色は先ほどまでとは打って変わって高くなった。
「おつかれさまです!」
二人が喫煙所を出ると、一人の女性が駆け寄ってきた。腰まで伸びた黒い髪の毛がシャンプーの香りをふりまく。「プリンセス・マイカ」メンバーの滝岡奈月だ。
「あっ、おつかれさまです」
松尾は咄嗟に胸ポケットに入れている消臭スプレーを自分の身体に振りかけ、ミントタブレットを口に入れながら返事をする。
「おつかれっす。でも今近寄っちゃダメよ。俺ら臭いんだから」
手島も応える。
「ごめんなさい。でも……手島さん!今日の企画、私迷惑じゃなかったですか?」
奈月が不安そうに、手島に問いかける。
「いやいや、迷惑どころか撮れ高バッチリだよ。ほんとありがとうな」
手島はハッキリとした口調で答える。
「今コイツとその話してたんだよ。よかったなって」
「でも私、途中で泣いちゃって……ごめんなさい」
「いや、あそこで泣いてくれたのがいいんだよ! 本当にダメだったら収録止まるんだけど、今日のは番組Pも大喜びだよ」
手島は困惑する奈月を励ます。
「はい。あれを嫌だっていう人はいないです。間違いないっす」
松尾も笑顔でフォローに入る。青白かった顔に血色が戻ってきたように見える。
「奈月。だから言ったじゃん。絶対大丈夫だって」
もう一人、栗色のショートヘアの女性が近づいてくる。同じくメンバーの桐野愛沙だ。
「あれは正直スタジオで観てて悔しかったもん。あんなリアクション勝てるわけないって」と愛沙は笑いながら話す。愛沙はグループ最年長の二十四歳で、メンバーの大黒柱的な存在だ。他のメンバーが困っているところを見ると放っておけないのだ。
「そうだといいんだけど……私のせいで苦情とか来ないかなって」
まだ俯いている奈月に、手島は笑いながら言う。
「そういうのはお偉いさんが何とかするもんさ。滝岡ちゃんが悩むところじゃない」
手島は真面目な顔をして続ける。
「いいか。誰にとっても心地のよいモノって、逆に言うとものすごく無難なモノだって俺は思うんだ。特にこういうエンタメに関わっている人間にとっては、ある程度『嫌い』だとか『不快だ』っていう声もあるモノの方が間違いなく面白い。もちろん、今の時代はいくらテレビでもやりすぎちゃダメなんだけどな」
手島はその見た目の割にバランス感覚に長けている。手島が若手の頃はまだテレビ業界は無法地帯で、殴る蹴るの暴力なども日常的に蔓延っていたが、彼自身パワハラやいじめが大嫌いな性質である。手島は誰かを厳しく叱責することはあっても、理不尽なことを言わないため後輩からの人望は厚い。松尾もその中の一人で、手島にすっかり懐いている。
「うわあっ、今の言葉めっちゃ響きました……あっ、すみません」
思わず松尾は心の声を漏らしたことを詫びる。
「おいおい、俺の言葉ギタリストに響いちゃったよ」
手島はニヤニヤしながら軽く松尾の胸をつつく。
そのやり取りを見ていた奈月は「うふふ、面白いです」と微笑み
「松尾さん、ギター弾いてらっしゃるんですか?」と尋ねてきた。
「え、俺の名前まで覚えてくれてるんですか?」
まさかメインキャストの口から、アルバイトADである自分の名前が出てくるとは思わなかった。松尾は驚きのあまり、質問に対して質問で返してしまう。
すると愛沙が「当たり前じゃないですか。半年も一緒にやってるんですよ。てか松尾さんギター弾けるんだ」と会話に入ってくる。
「私もギター練習中。今度教えてくださいよ」
「ああ、こいつはスーパーギタリストだ。まだ売れてないけどな。今のうちに仲良くしておきな」
手島がニヤニヤとしながら答える。
「えぇ? 手島さんちょっと何勝手なこと言うんすか! スーパーってほどではないですよ。そこそこです。そ・こ・そ・こ」と訂正を入れ
「それでもって、売れてないってのはマジでその通りなんすよね……はい。頑張らないと」
松尾は頭をかきながら返答する。
「そう、桐野ちゃん、滝岡ちゃん。これなんだ。この松尾のいいところ。自分のまだまだなところをちゃんと謙虚に受け止めてるだろ。これができるやつってなかなかいないんだな」と手島は真面目な表情で話し始める。
「自分のまだまだなところを謙虚に受け止める……か。確かに私できてないかも。『うるせー』って思っちゃう。松尾さんすごい」
愛沙も神妙な面持ちで呟く。
「よ、よしてくださいよ。う、嬉しいっすけど、何も出やしませんよ」
松尾は目を泳がせながら言う。
「でも松尾さんのギター聴いてみたいなぁ」
奈月は松尾に向き直って言う。
「俺も聴かせたいです! でもこの現場じゃ聴いてもらう機会なんて絶対ないんで……」
松尾はそう言うと、目の前でガッツポーズを作りながら
「お互い、音楽番組で共演しましょう! あの階段を降りましょうよ! ほら、あの、テレレレレー♪ テレレレレー♪ って曲と一緒に!」と高らかに誓いを交わす。
「はい! 絶対ですよ! 約束ですからね」
「おめえら、それ他局じゃねえか! こういうとこではウチの局の番組を言うもんだ!」
「はっ! 申し訳ありません!」
三人は同じタイミングで手島に頭を下げた。
以下、続きの話
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