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「ツイスト・イン・ライフ」第17話(全22話) 創作大賞2024応募作品
第一話:松尾誠司 その一
第二話:佐野涼平 その一
第三話:越智弘高 その一
第四話:藤吉礼美 その一
第五話:松尾誠司 その二
第六話:佐野涼平 その二
第七話:越智弘高 その二
第八話:藤吉礼美 その二
第九話:松尾誠司 その三
第十話:佐野涼平 その三
第十一話:越智弘高 その三
第十二話:藤吉礼美 その三
第十三話:松尾誠司 その四
第十四話:佐野涼平 その四
第十五話:越智弘高 その四
第十六話:藤吉礼美 その四
第十七話:松尾誠司&佐野涼平
「改めて、佐野と申します。皆さんの邪魔をしないように頑張ります。よろしくお願いします」
佐野涼平は、「アニオン」ショッピングモールのステージ裏で初対面のバンドメンバーたちに挨拶をしていた。
メンバーからは暖かい拍手と言葉をもらっている。
特にギタリストの松尾誠司は、佐野が突如助っ人として来てくれたことに痛く感激し、積極的に緊張をほぐそうとしている。
アニオンの特設ステージには大勢の観客が詰めかけ、吹き抜けの二階、三階にも立ち見客がいる。
現在は店舗スタッフが観客に向けてアナウンスをしている。
「お待たせいたしました! そろそろ準備ができたようなので、ステージ開演です!」
観客からの盛大な拍手が起こる。
バックミュージシャンたちが先にステージに上がり、それぞれ譜面台を立て、椅子に腰掛けてセッティングをする。
佐野は念のためもう一度チューニングを確認し、本番に臨む。
佐野がステージ上からちらりと観客席に目をやると、七列目あたりに、明らかに両手を高らかに振ってアピールしている女性が目に入る。
妻の佐野瑠璃子だ。息子の慶太は隣でよく分からなそうな顔をしている。
「バックミュージシャンにあんなアピールするヤツがいるか」と、佐野はおかしくて笑ってしまい、緊張が解ける。
そして本日の主役である「三富はるな」が登場する。
先ほどとは比にならないほど大きな拍手と歓声が上がり、指笛なども聞こえてくる。
再び瑠璃子の方に目をやると、口元に手を当て「本物の三富はるなだ」と驚いている。
慶太は完全に分かっていないのだろう。ステージに目を向けてすらいない。
三富はるなの挨拶もほどほどに、早速一曲目スタートの合図が入る。
セットリストは五曲だ。
たった五曲。されど五曲。
佐野は一つ深呼吸する。
ドラマーがスティックを四つ打ち付けて曲がスタートする。
イントロ、松尾のギターリフがアニオンに轟く。曲の初めはギター一本だ。迫力のある音圧が観客を包み込み、あっという間に会場を沸かす。
譜面を凝視していた佐野だが、そのギターを聴くなり
「すっげえな、松尾さん」と、ついつい松尾の演奏を見てしまう。
観客が大いにあたたまったところにベースとドラムが加わっていく。
三富はるなは小さく肩を揺らしながら客席を見廻し、歌い始める。
さすが紅白歌手の三富はるな、第一声からその場にいる観客を包み込む。
「三富はるなはライブに行くとハマる」と言われる所以がよく分かる。パワフルで力強くも繊細さのある歌声だ。
助っ人ベーシスト佐野涼平の演奏は、自己主張なく黙々とバンドを引っ張っている。
まさに縁の下の力持ちだ。
そのサウンドは完全に曲に溶け込んでおり、観客のほとんどはベースの音が鳴っていることに気づいていない。
ただ、三富はるなの歌声と松尾のギターの音、ドラムの音が聞こえている。
妻の瑠璃子ですらも、黙々と仕事をする涼平ではなく、ステージ中央で輝きを放つ三富はるなに目を奪われていた。
こうして一曲目が終了した。
一曲目が終わり、ギターの松尾誠司は驚愕の表情で佐野涼平を見つめている。
三富はるなも身体ごと佐野の方を向くが、佐野はすでに二曲目の譜面とにらめっこをしており気が付いていない。
時折右手の人差し指が四弦を軽くなでている。
そして二曲目が始まる。
アップテンポなロック調の一曲目とは打って変わって、しっとりとしたバラードだ。
相変わらず佐野は自己主張なくベース音を刻み続ける。
二曲目には長めのギターソロがあり、松尾が感情たっぷりに泣きのギターを弾く。三富はるなは笑顔で松尾を見つめている。
佐野は「松尾さんやっぱ上手すぎるだろ」とニヤニヤしながらも、自分の仕事に徹する。
そうして二曲目もトラブルなく終了する。
二曲目が終わると、三富はるなのMCの時間が始まる。
「改めて三富はるなです! 今日は来ていただきありがとうございます! アニオンのスタッフの皆様も、こんな素敵なステージをご用意いただき、本当にありがとうございます」
店内に観客からの大歓声が響く。
「本日、私の楽曲を演奏してくださってる素敵なサポートメンバーの方々を紹介します!」
三富はるながそう言うと、三曲目の譜面を読み込んでいた佐野が「ハッ」と顔を上げる。
「ギター! 松尾誠司!」
三富はるなに名前を呼ばれた松尾はシンプルな早弾きフレーズを弾き、立ち上がって頭を下げる。観客からも大きな拍手だ。あそこまでのプレイングを見せられたらそうせざるを得ない。
「そして、ベース!」
三富はるなが笑顔で佐野を見つめる。
佐野は、三富はるなと目を合わせ、苦笑いで固まっている。
「今日はなんとですね……今日お世話になるはずだったベーシストの方が怪我をしてしまいまして」
ざわざわと観客がどよめき始める。
「なんとなんと! 店内放送で呼びかけたところ来ていただいた、佐野さんです!」
先ほどよりも大きな拍手が沸き起こる。
「すげえ」「マジかよ」という声も聞こえてくる。
佐野も先ほどの松尾のマネをし、スラップが混ざったフレーズをサッと弾き、照れくさそうに立ち上がって頭を下げる。
拍手が鳴りやまない。
松尾も他のメンバーもスタンディングオベーションを送っている。
瑠璃子も、ひとり立ち上がって拍手を送っている。慶太も首をかしげてこちらを見ている。
「だからバックミュージシャンにそこまで拍手する人いないから」と笑いながら椅子に座る。
三富はるなはマイクを持ったまま、佐野に尋ねる。
「もうすごすぎるんですよ! 演奏が! プロのミュージシャンの方なんですか?」
松尾も大きく頷きながら佐野を見つめている。
佐野はその問いにたどたどしく答える。
「いえ、フツーに会社員やってたというか、まぁ、プロではないです」
「あの、本当たまたま家族と一緒に、この前のトラレンジャーのショーを観に来てただけです」
トラレンジャーという名前が出て、一部で笑いが起こる。
三富はるなは驚きながら「絶対プロになった方がいいですよ!」と言い、その言葉に佐野は少し恥ずかしそうに笑い、頷く。
こうして三曲目以降もトラブルなく演奏を終え、佐野涼平の人生初バックミュージシャン業務は終了した。
終了後、バックステージで佐野はミュージシャンたちからの賞賛を浴びていた。
三富はるなご本人からも「今日は最高に気持ちよく歌えました」という最高の賛辞をいただいた。
そして帰り際「どこかの音楽番組で会いましょう」と言い残して颯爽と帰っていった。
三富はるなの事務所スタッフである海藤からは謝礼ということで分厚い封筒を渡された。
「いえいえ! こんないただくようなことしてませんって!」と佐野は恐縮しながら断ると
「これは今日の元々のベーシストの方への謝礼だったので、どちらにせよ契約上支払うはずだったお金です。それに少ないですがお気持ち分も上乗せしています。どうかお受け取りお願いします」と海藤は頭を下げた。
ここまで頭を下げられると、貰わないのは逆に失礼になると思い、佐野は恭しく両手で受け取った。
松尾が、佐野に握手を求めて駆け寄ってくる。
「佐野さん! 凄すぎました!」
佐野は笑顔で握手に応じ
「ありがとうございます。松尾さん凄いギタリストですね。一曲目のイントロと二曲目のソロは感動しました」と言う。
松尾も嬉しそうに「ありがとうございます! こだわってるとこなんで」と嬉しそうに話す。
その後、松尾は一瞬迷ったような表情をした後、意を決して自らの思いを佐野に伝える。
「佐野さん……よかったら俺と一緒に、バンドを組んでくれませんか?」
「えっ、バンド、ですか?」
と佐野は、驚きを隠せない表情で返事をする。
「はい! マジな話、佐野さんとならガチでメジャー行けるって予感がしてまして」
松尾は興奮冷めやらぬ様子で前のめりだ。
佐野は、しばらくその言葉の本当の意図を考えてから、答えた。
「それは、バンドでメジャーデビューを目指す、ってことですよね?」
「そうです! 佐野さんとだったらいけるって、直感が言ってます!」
佐野は一瞬、困ったような表情を浮かべる。
そして言葉を選びながら返答する。
「あの……実は自分、結婚してまして、まだ小さい子どももいるんですよね……」
「なので申し訳ないんですが、中途半端な気持ちで『YES』というわけにはなかなか……」
「そうなんすか……」と松尾は残念そうだ。
「はい……」と佐野も言う。
二人の間に数秒の沈黙が訪れる。
「で、でもとにかく、ラインだけでも交換できませんか?」
松尾は興奮で震えた手でスマホを操作し、QRコードを見せる。
「あっ、はい。それはもちろん!」
佐野はそのQRコードを読み取り、友達追加ボタンをタップする。
「佐野涼平さんって言うんですね。スタンプを送っておきます。改めて松尾誠司です。よろしくお願いします!」
松尾は嬉しくてたまらないといった表情だ。
佐野も、刺激的な音楽ができた喜びと、素晴らしい音楽仲間との出会いに感謝していた。
「パパ! おつかれ!」
瑠璃子は慶太と手を繋いで待っていた。
慶太はやはり父が何をやっていたのか、よく分かっていない様子だ。
「ありがとう! でも俺の音、あんまり聞こえなかったでしょ?」
涼平は笑顔で聞き返す。
「ごめん! 正直言うとそう! とにかく三富はるなさんの歌声が素敵すぎた! ファンになっちゃったよ!」
瑠璃子はハイテンションで答える。
「それはよかった!俺のミュージシャン業務、大成功だ。ありがとう」
涼平はホッとした様子で満足そうに答える。
その後、涼平は帰りの車中で
三富はるなから「どこかの音楽番組で会いましょう」と声をかけてもらったこと。
分厚い封筒に入った謝礼をいただいたこと。
そして同じくバックミュージシャンをやっていた凄腕ギタリストの松尾誠司さんという人から「一緒にバンドをやろう」と誘われたことを話した。
瑠璃子は助手席で「いいじゃんバンド! 組んじゃいなよ!」と笑ったが、涼平は運転席で困惑した表情を浮かべていた。
「二十八歳、妻子持ち、メジャーデビューを夢見るバンドマン……」
涼平は独り言をつぶやいた。
「ん? なに?」
瑠璃子はよく聞こえなかったようで、涼平に聞き返す。
「あ、ううん、独り言」
涼平は何もなかったように返答する。
ラジオのBGMは、もはや涼平の耳に入ってはこなかった。
続きの話
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