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「ツイスト・イン・ライフ」第18話(全22話) 創作大賞2024応募作品
第一話:松尾誠司 その一
第二話:佐野涼平 その一
第三話:越智弘高 その一
第四話:藤吉礼美 その一
第五話:松尾誠司 その二
第六話:佐野涼平 その二
第七話:越智弘高 その二
第八話:藤吉礼美 その二
第九話:松尾誠司 その三
第十話:佐野涼平 その三
第十一話:越智弘高 その三
第十二話:藤吉礼美 その三
第十三話:松尾誠司 その四
第十四話:佐野涼平 その四
第十五話:越智弘高 その四
第十六話:藤吉礼美 その四
第十七話
第十八話:越智弘高&藤吉礼美
「ドラム叩くの久しぶりかも? そうでもないかな?」
藤吉礼美は初めて入店した「バー・ツクシ」でドラム演奏をすることになった。
越智弘高と高木忍という若いカップルから勧められ、礼美がそれに乗っかったのだ。
礼美は軽い足取りでドラムセットに向かう。
椅子に腰を下ろすと、フットペダルでバスを軽く叩きながら、シンバルやタムの高さを確認し、スネアやタムを小さく鳴らしてチューニングを確認する。
「すごい……! よくセッティングされてますね」と礼美が言うと
「専属ドラマーがやってくれてるんです」と、バーのマスターである進藤正信が越智を指差す。
越智は得意げな顔でサムアップしている。
礼美のステージが始まる。
一瞬「どうしようかな?」と虚空を見つめてフレーズを考え、演奏を始める。
礼美は力強くフロアタムを叩き始める。
ジャングルビートのリズムだ。
ここで初めてドラムを叩いた越智もジャングルビート中心のフレーズだった。
この日、越智は観客の一人になっている。
「うわ、それわかるぅ」と笑顔で呟きながらリズムに乗る。隣の忍も、そのドラミングに驚きの表情を見せる。
軽快で一切ブレがない。時折入るシンバルやスネアが心地よい。跳ねるようなリズムに、他の客たちも皆、酔いしれている。
礼美も叩いている途中から、笑顔になっていく。
こうして礼美は一通り演奏を楽しみ、シンバルをシャラシャラ鳴らして演奏を終了する。
礼美がドラムから離れると、店内からは拍手喝采である。
「すげえ! お姉さんプロですか?」
「一杯ごちそうさせて!」
他の常連客たちも声をかけられ、礼美は少し照れくさそうに微笑む。
席に戻ってきた礼美を、越智と忍は大喝采で迎え入れる。
「ちょっと礼美さん! かっこよすぎでしょ!」と忍はこの日一番のハイテンションである。
「いやぁー、これは負けたな。俺より上手いよ!」と越智は腕を組みながら悔しそうに笑う。
マスターの進藤も「こんなに上手な方々に叩いてもらって、ドラムも幸せですよ。ここに置いといてよかったなぁ」と嬉しそうに話す。
「そんな……ほめていただけて嬉しいです。ありがとうございます」
礼美は楽器演奏でこういった拍手をもらうのが久しぶりだったので、どこか懐かしい気持ちだ。ジンジャーハイボールで喉を潤し、一息つく。
「さて……負けっぱなしでいいの?」
忍はニヤリとしながら、自分の彼氏へと目線をやる。
「はぁ……だよな。ここ逃げたら男じゃないよな」
そう言うと越智は、スッと立ち上がってドラムへと向かう。
ドラムへと向かう越智の姿を見て「越智さん、こんなに背高かったのか……」と礼美は思う。
「おっちゃん! 負けんな!」
店内から再び拍手と歓声が起こる。礼美も拍手を送る。
「おっちゃん! 負けろ!」
というガヤに越智がニヤッとしながら睨みつけ。笑いが起こる。
越智はドラムスローンに腰掛け、セッティングを確認する。
一息つくと、演奏を開始する。
今回はしっとりとしたブルージーなドラミング。
ドラムしか楽器はない。それなのに、まるでピアノが鳴っているかのような、歌声が聞こえてくるような、店全体を包み込むようなグルーヴ感。
「えっ、この人すごい」
礼美は圧倒されていた。
越智はニヤッと笑うと、曲を終わらせ
フロアタムを軽快に鳴らし始める。
ジャングルビートだ。
「真っ向から受けて立つ」と言わんばかりに越智は礼美の顔を見つめる。
シンプルなドラムセットゆえ手数が多いわけではないが、逆にそのことが越智のテクニックと才能をこれ以上ないほど際立たせていた。
「この人には勝てない」と礼美は直感で思った。
ひとしきり演奏を楽しみ、満足げな表情でシンバルを手で止める。
店内はあたたかな拍手に包まれていた。
「おっちゃんおつかれ!」
「よかったよ!」
と賞賛の声が聞こえる。
忍もうっとりと目を細めて、越智の雄姿を見守っていた。
礼美はしばらく口を開けたまま小さな拍手をしていた。
「どうかな? 一矢報いてた? ぜんぜん勝ててないけど!」
越智は笑いながら少し窮屈そうにカウンターの椅子に戻ってくる。
「今回長かったね。上手い人にいい演奏見せつけられて熱くなったかな」
進藤が笑う。
「そう! ちょっとおかわりしたくなった」
と言いながら、越智はハイボールを飲む。
「越智さんも、プロの経験あるんですか?」
と礼美は質問する。
「プロじゃないっすよ。全然。ただの横好きってヤツです。まぁガキの頃から太鼓叩くのは好きで、中学の頃にドラムに出会って以降は、なんやかんや週一くらいでどっかで叩いてるかも。最近はあの坂の途中のスタジオに通って一人寂しく叩いてたんですけど、最近はもう一軒、この店でたまに演奏させてもらってて」
「今はお仕事は何をされてるんですか?」
礼美はさらに質問を続ける。
「今は無職です!」
越智は笑いながら答える。
定番の回答のようで、他の席の常連客からも笑い声が聞こえる。
「さっき俺、めちゃくちゃ忙しかったハンバーガー屋の社員時代の話をしたと思うんですけど、そこで限界が来て、つい最近ぶっ倒れたんですよね」
「全国飛び回って、夜勤もやって、休みもなくて、寝れなくて、って生活してたらリアルに倒れちゃって。けっこう危なかったらしいです。心不全一歩手前だったとか。それで辞めてゆっくりしてるんですよね」
越智はあっけらかんと自分が命の危機にあったことを語った。
「え、大変な思いをされてたんですね。すみません」
と礼美は、自身の軽率さを悔いた。
「いえいえ全然! そのおかげで、こういうゆっくりした時間の使い方というか、贅沢な時間の使い方を知ることができて、自分は何をしたいんだろうなみたいな。ある種のモラトリアムみたいなものを体感できてるので、悪くないですね。俺は高校卒業してからずっと忙しく働いてたので『そういう時間が全くなかったな』って」
越智は礼美に話しながらも、時折マスターや忍にも身体を向けて話していた。
越智にとって、この店との出会い、そして忍との再会が自らの価値観と人生を大きく変えたからだ。
「あの時ぶっ倒れてなければ、俺まだあそこで働いてたんだろうな」
「そんで、この店も知らず、忍と再会することもなく……愛知に帰ってたかもしれない。そう考えると、人生って不思議だなぁ」
忍は先ほどから目を細めて、越智の顔を見つめている。進藤は時折頷きながら、越智の話に耳を傾けている。
礼美は越智の話を聞きながら、自分の人生を振り返っていた。
自身も理不尽な経緯で、プロのヴァイオリニストとしての華々しいキャリアを絶たれてしまった。
しかし、今の自分は間違いなく幸せなのである。
音楽教室の教室長や同僚講師に恵まれ、生徒たちにも恵まれ、心から生き生きとした毎日を過ごせている。
「ほんとうに、人生って不思議……」
礼美はつぶやいた。
「あっ! ごめんなさい! 俺、話取っちゃったよ!」
越智は思い出したように言う。
「マジごめんなさい! ドラムの『感想戦』しようと思ってたのに、俺が無職になったしょーもない話してた!」
「コラー」と忍は久しぶりに口を開き、越智の頬を指でつつく。
こうして、二人はそれぞれの演奏の素晴らしさを語り合った。聞き手の進藤と忍にもわかるよう、時折噛み砕きながら話す。
礼美はここで、越智の演奏がいかに素晴らしかったかを伝えようと決意した。
礼美は一口ジンジャーハイボールを飲み、意を決したように言う。
「越智さん、プロになるべきだと、思います」
越智は「えっ」と急に面食らったような反応を見せる。
忍と進藤も目を大きくしている。
「ごめんなさい……『なるべき』じゃなくて、『なってほしい』が適切でした」
礼美は訂正しながら言葉を繋いでいく
「越智さんの演奏は、きっと多くの人々に感動を届けられると思います。少なくとも私はとても感動しました。単純に『勝てない』って思いました」
「長年音楽をやってきて、ここまで『勝てない』って思わされた経験は少なくて、私が悔しいだけっていうのもあるかもしれませんが」
熱く語る己の姿を、礼美は俯瞰的に見る。
「自分も今日、そんなことを言ってもらえた」
「だから今、その言葉が出てくるのかな」
その熱量に、忍も圧倒されていた。
「ちょっと、すごいじゃん……ヒロ」と越智に話しかける。
越智は、礼美のその言葉の一つ一つを受け止め
「やば、嬉しくて泣きそう」と言った。
「こんな上手い人から褒めてもらえるなんて……ドラムやってきてよかった。これだけはって信じてガキの頃から太鼓を叩き始めてよかった」
感傷に浸る越智に、忍はある提案をする。
「ねぇ、あなたたち、バンドでも組めば?」
「「バンド?」」
礼美と越智は同じタイミングで忍の方に顔を向ける。
「そう、礼美さんって楽器なんでもできるんでしょ?」
「んで、そこのヒロは礼美さんから見ても凄いドラマーなんでしょ?」
「だったら、そこ二人でバンド組んでさ、他のメンバー呼んだら面白くない?」
「なんか、私は観てみたいな。面白そう」
忍のその提案に、礼美も越智も顔を見合わせる。
「俺らがバンド……? でも面白そうかも」
越智は案外まんざらでもない様子だ。
「バンド……広い世界への、挑戦……」
礼美は、この日の二次会で教室長からもらった言葉を思い出していた。
続きの話
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