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「ツイスト・イン・ライフ」第14話(全22話) 創作大賞2024応募作品

第一話:松尾誠司 その一
第二話:佐野涼平 その一
第三話:越智弘高 その一
第四話:藤吉礼美 その一

第五話:松尾誠司 その二
第六話:佐野涼平 その二
第七話:越智弘高 その二
第八話:藤吉礼美 その二

第九話:松尾誠司 その三
第十話:佐野涼平 その三
第十一話:越智弘高 その三
第十二話:藤吉礼美 その三

第十三話:松尾誠司 その四

第十四話:佐野涼平 その四


「やけに慌ただしい人がいるな。何かあったのかな」
 佐野さの涼平りょうへいは不思議に思っていた。
 日曜の家族連れで賑わう「アニオン」ショッピングモールに、真っ青な顔でどこかに電話をかけながら走り回ってる男がいる。
 くたびれたスーツ姿で、買い物客のようには思えない。

「万引きがあったとか? まさか強盗……ではないよね?」
 涼平の妻の佐野瑠璃子るりこも同様に、その人物が気になっていたそうで、不安そうな表情を浮かべている。
慶太けいた、一応こっちにいなさい」
 瑠璃子は、息子の慶太を自分の元へ引き寄せる。

 慶太は両親の一歩前を歩いてパンチやキックを繰り出していた。
 どうやら先ほど観たヒーローショーの余韻が抜けきっていないようだ。


 しばらくすると突然、場内アナウンスが流れてきた。
 迷子のお知らせだろうか。


「突然すみません! ご来場中のお客様の中で【エレキベースを上手に弾けるかた】! もしいらっしゃいましたら三階のサービスカウンターまでお越しください!」

「繰り返します! 【エレキベースを上手に弾けるかた】! もしいらっしゃいましたら三階のサービスカウンターまでお越しください! あ! もちろんお客様じゃなくて店舗スタッフの方でも! 店舗スタッフの方でもいいです!」


「……なんだそりゃ、エレキベースを上手に弾けるかた?」
 涼平はあまりに突拍子もないそのアナウンスを、思わず言葉に出して繰り返してしまう。店内も少しざわついている。
「お医者様はいませんか? ならまだ分かるけどさ」
 と涼平は独り言のように笑う。

「ねえパパ……行ってくれば? サービスカウンター」
 さも名案を思いついたかのように瑠璃子は言う。

「え……? はい……? マジで言ってる?」
 涼平はあんぐりと口を開けて瑠璃子の顔を見る。
「うん、上手いんでしょ? ベース」
 瑠璃子は当然という表情だ。
 涼平は困惑した顔で言う。
「いや、ジャコ・パストリアスとかマーカス・ミラーのレベルを求められると困るんだよ」

「その人たちは知らないけど、そんな人どこにもいないんじゃないの?」
 瑠璃子は変わらない口調で即答する。

 あまりの正論に、涼平は思わず乾いた笑いを漏らす。
「あんな風に呼びかけるってことはさ、きっと誰かがすごい困ってるんじゃないのかな」と、瑠璃子は言う。


「出会った頃から変わってないな。ママのこのノリの良さ」
「なんか、久々に付き合っている頃を思い出した……」

 瑠璃子は今ではすっかり優しい慶太のママで、涼平の頼れる妻だが、付き合い始めの頃はまだ「バリバリのギャル」で、よく飲みに連れて行ってもらったものだ。
 瑠璃子は昔の友人や仲間に会うと、今でも当時の言葉遣いに戻ってしまうという。
 一緒にクラブに行って踊ったり、カラオケバーで歌ったり、ダーツをしたり、涼平の知らない世界を見せてくれた。
 涼平は元々そういったガヤガヤとした空間が苦手で、初めは盛大な拒否反応を示した。
 しかし瑠璃子は「何事も経験あるのみ」と涼平を連れ回した。涼平も、瑠璃子と一緒にいたいという一心で、かなり無理をして同行していた。
 涼平は最後まで、それらの場はあまり得意にはなれなかったものの「たまに行く分には楽しい」と思えるようになった。
 瑠璃子も、疲弊する涼平を見て申し訳なく思うようになり、また何より涼平と過ごす穏やかな時間が何より大切なものになっていき、賑やかな場に通うことはなくなっていった。
 お互いに好きなものの価値観は異なれど、それでも「この人と一緒にいたい」と思えたのだ。

 涼平はそんな数年前のことを、少し新鮮な気持ちとともに思い出していた。

「ちょっと様子見に行って来るよ」
 笑いながら、涼平はポケットに手を突っ込み、歩き出した。
 涼平のその背中は、いつにもまして大きく見えた。


 佐野涼平がサービスカウンターに到着する。
 当然のことながらまだ誰も来ていないようで、関係者と思しき人物が落ち着かない様子でそこにいた。何度も腕時計を見たり、ハンカチで汗を拭いたりしている。
 受付の店舗スタッフの女性も、怪訝な表情でその関係者を注視している。

 佐野は一呼吸つき、話しかける。
「すみません。自分、少しエレキベース弾けるんですけど」
 受付の店舗スタッフは、目を見開いて佐野の顔を見る。
「マジで来たよ」と言いたげな表情だ。

 その声を聞きつけた関係者らしき人物が駆け寄ってきた。
「うわあ! か、神だ! 救いの神が来た!」
「ちょっと! ちょっと待って! 落ち着いて」
 佐野は涙目の関係者をなだめる。

「ベースを上手く弾ける人……このアナウンスでまさか来てくれるなんて……」

「えと……ごめんなさいね。まず『上手い』の定義を教えてください。初めに言うと……もんのすっごいテクニックのベーシストを求められているんだったら、自分には無理かもしれないです」
 と、佐野は冷静に尋ねる。

「あっ、ぶっちゃけテクニックに関してはルート弾きができれば全然大丈夫なんです。ただ、リズム感だけは一定以上が欲しかったので『初心者さんだけは避けたいな』と思って、簡潔に『上手く』という言葉を使いました」
 関係者も落ち着きを取り戻して、説明をする。

「んー……それなら力になれるかもしれません」

 話によると、先ほどのヒーローショーが行われた特設ステージで、この後からシンガーソングライターの「三富みとみはるな」が歌うのだとか。
 そして今日はそのサポートのベーシストが怪我をしてしまったらしい。

 慌てていた関係者は、三富はるなの事務所スタッフの海藤かいどうというらしく、名刺を渡してきた。

 バックヤードに案内されると、海藤から音源と楽譜を渡され、簡単な打ち合わせが始まる。
「まぁ今の今なので、正直この辺りの細かい技は入れられないかもです。とにかく皆さんの邪魔をしないことを最優先ってことでいいですか?」
 佐野は譜面を見ながら話す。
 海藤はそれを聞いて
「もう十分すぎます。本当にありがとうございます」と何度も頭を下げる。

 佐野は譜面を見ながら音源を聴き込んでいる。

 佐野が海藤に「あの、本番まで楽器って触れないですか?」と尋ねると
「アンプは繋げないですが楽器をお貸しすることはできます」と言う。
「貸してもらえると嬉しいです」と答えると、海藤がフェンダーのジャズベースを持ってきた。
 いつも使っているサドウスキーとは違うので、ピックアップの切り替えやノブの位置や回り具合を確認し、ペグを回してチューニングを合わせる。
 指板の押さえ具合やフレットの状態も確認する。

 佐野はふと、中学生くらいの頃に観たアニメのシチュエーションを思い出し、今の状況を重ねていた。
 その内容は確か、高校の文化祭のバンド演奏で……怪我人の代わりに急遽主人公ともう一人が代役を務めるというエピソードだった記憶がある。
「ま、俺に願いを叶える力はないし、寡黙な宇宙人でもないんだけどな」


 こうして、佐野は妻にラインを送る。
「ねえ、マジでベース弾くことになった(笑)」
「えっ! マジなの(笑) 観に行くね!(笑)」
 と即返信が返ってくる。

「さっきの特設ステージ。じゃ、ちょっくら行ってきます」
 と送り、サムアップをした白いマスコットキャラのスタンプを送る。


 シンガーソングライターの「三富はるな」は、かつて紅白にも出場経験のある人気歌手だ。
「三富はるなのバックミュージシャンとかけっこう緊張するな」
 と佐野がぼんやり考えていると、横から声をかけられた。

「あの……ベーシストの方ですよね? 今日は急な代役、本当にありがとうございます。よろしくお願いしますね!」

 三富はるな、ご本人だった。最敬礼をされてしまった。

 佐野は数秒間固まった後
「あ、佐野と申します。よろしくお願いします。邪魔だけしないように、頑張ります」
 と、たどたどしく返答した。まるで現実味がない。


 その隣にいるギターを抱えた赤髪の男も、佐野の緊張をほぐそうと笑いかける。
 洒落た花柄のストラップがよく似合っている。

「いやぁ、でもあのアナウンスで来てくれたのはホント凄いっすよね! よくぞ来てくれました!」


「あ、どうも……佐野と申します。よろしくお願いします」

「ギターの松尾まつお誠司せいじです! よろしくお願いします!」

続きの話


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