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「ツイスト・イン・ライフ」第13話(全22話) 創作大賞2024応募作品
第一話:松尾誠司 その一
第二話:佐野涼平 その一
第三話:越智弘高 その一
第四話:藤吉礼美 その一
第五話:松尾誠司 その二
第六話:佐野涼平 その二
第七話:越智弘高 その二
第八話:藤吉礼美 その二
第九話:松尾誠司 その三
第十話:佐野涼平 その三
第十一話:越智弘高 その三
第十二話:藤吉礼美 その三
第十三話:松尾誠司 その四
「ということで約一年間、お世話になりました」
松尾誠司は、およそ一年間働いた番組ADのアルバイトを辞めることになった。
女性シンガーソングライターの「三富はるな」の専属ギタリストとして活動することを決めたためである。
今は、顔見知りのスタッフに挨拶回りをしている。松尾はアルバイトのADであるため、もちろん送別会のようなものが開かれることはない。
松尾はこの日、知己の番組ディレクター手島清志とは五度、喫煙所に行った。
話す内容は毎回全て似たようなものだったが
「お互い次のステージで必ず会おう」ということを毎回どちらかから言っていた。
「この喫煙所も、もうしばらく来ないだろうな」
松尾は、この無機質な骨組みに囲まれた空間に愛着を覚えていた。
どこか名残惜しい気持ちでマールボロを味わう。
しかし自分の決めた道に悔いはない。
「次ココに来るのは、俺は出演者として、手島さんはPとして、かな?」
番組のメインキャストであるアイドルグループ「プリンセス・マイカ」のメンバーには番組の収録後、手短にADを辞める旨を伝えて挨拶した。
アルバイトという立場をわきまえて、特に大げさに挨拶せず帰ろうとしていた。
が、スタジオの出入り口ではメンバー全員が待ってくれていた。
手島か誰かが伝えてくれたのか、本人たちの意思なのだろうか。
メンバーの滝岡奈月が
「お世話になりました」と言って、ラッピングされた小さな袋を手渡してくれた。
「まさか、ただのバイトの俺に……?」
松尾は信じられない様子で目を見開いた。
「どんだけ丁寧な人たちなんだ……」と感動を覚えていた。
平静を装い「え、開けていいっすか?」と言いながら袋を開けると
中には花柄のギターストラップが入っていた。
「ええっ! これタカミネの! うわーめっちゃ嬉しいです! ありがとうございます! 早速使います! いつでも皆さんを思い出せるように」
松尾は鼻息荒く早口で喜びを伝える。
プレゼントは、ギター練習中の最年長メンバーである桐野愛沙のチョイスだという。
先日、愛沙が楽器屋に行った際に、松尾が辞めてしまうということを思い出し、買ってくれたらしい。
松尾がADを辞めて本格的にミュージシャンとして動き出すという話は、手島から聞いていたという。
松尾はこれを聞き、思わず目頭を押さえる素振りをした。冗談めかしていたが、本当に涙がこぼれそうだった。
「本当に嬉しいです。家宝にします」と心からの感謝を伝えると、愛沙はどこか恥ずかしそうな笑顔を見せてくれた。
「皆さんとの一年間は本当にいい思い出でした。次は音楽番組で、同じ出演者として皆さんに会えるよう頑張ります!」
奇しくもこの日の収録は、プリンセス・マイカのファーストシングル制作が決まった記念すべき日だった。
こうして、松尾はシンガーソングライターである「三富はるな」の専属ギタリストになった。
依然として松尾には「自分のバンドでデビューしたい」という強い希望があり、「いつまで続けられるか分からない」ということは三富はるな側にも伝えたが
「短期間でもいいから是非、松尾さんにギターをお願いしたい」
「辞めるときは遠慮なく言って」
「こんなものすごい才能を引き留めることはしないから」
と、三富はるなご本人から熱心にアプローチをされた。
松尾は「ここまで誰かに高く評価してもらったことはない」と素直にうれしく思い、仕事を引き受けることにした。
三富はるなは、全盛期のようなメディアの露出はほとんどなくなっていたが、小さなライブハウスやカフェ・バーのようなお店からの出演依頼が非常に多いのだという。公民館のホールなどで歌う機会も多い。
三富はるな本人が、そういった小さなハコで歌うことが大好きであるため、基本的に仕事を断ることをしない。ファンとの距離が近く、歌っていてとても気持ちがいいのだとか。
そして、そのキャパシティーの会場であれば今でも簡単に満席にするくらいの人気がある。
三富はるなのお抱えギタリストという仕事は想像を遥かに超えて多忙であった。
これにより最も大きく変わったのは松尾の収入だ。
今まではアルバイトを掛け持ちすることが必須なほどカツカツであったが、三富はるなお抱えのギタリストになったことで、少なく見積もっても同世代サラリーマン並の収入を手にすることができた。
それに関しては未だに松尾本人も現実味がないようだ。
残暑も終わり本格的な秋の訪れを感じさせる頃、松尾はいつものように三富はるなのライブへの同行を依頼された。
次のイベントは「アニオン」というショッピングモールでのライブらしい。
仕事の話を聞いた松尾は
「なるほど、ショッピングモールのステージって歌手とかお笑い芸人とか色々と来てるアレか」と納得した。
その日、松尾はギターと機材を愛車のアルテッツァ・ジータに乗せ、会場であるアニオンショッピングモールへ向かっていた。鮮やかな赤い車体が、朝日を反射させながら目的地へと進んでいる。
アニオンにはエレベーター付きの広大な立体駐車場があるため機材の運搬が楽である。
ライブ会場として利用することが多い都内のカフェ・バーなどは駐車場がないことが多く、近くのコインパーキングを見つけて、そこから機材を運ぶことになる。途中に坂道などあろうものなら、運搬はかなり骨が折れる。
「助かるなー」と口笛を吹き、機材とともにエレベーターに乗り込む。
松尾は早めに会場に到着し、ステージの下見をする。
どうやらこれからヒーローショーをやるらしく、開演前のステージは家族連れで賑わっている。
なかなかの広さでなかなかの客入り、熱気もかなりのものだ。
ヒーローショーが終了してから三時間後に、三富はるなのステージが予定されている。
それから松尾は、バックヤードの楽屋として用意されている部屋に到着する。
早速ギターに花柄のストラップを取り付け、構えて高さを調整する。
「意外と似合ってんじゃん」と姿見で確認しながら自画自賛し、今日のセットリストを改めて見直す。
普段から演奏する定番の曲ばかりなので弾き慣れているとはいえ、油断は大敵である。改めて曲を聴いて復習しておく。
こうして大方の準備が完了し、缶コーヒーを飲みながら待っていると
なにやら外が慌ただしい。三富はるなの事務所スタッフが青ざめた表情でどこかに電話を掛けたり、走り回ったりしている。
「何かあったんですか……?」
松尾は心配になって尋ねてみる。
「はい……実は、出演予定のミュージシャンが一名怪我をしてしまったそうなんです。しかも骨折で出られないとか」
「え、それヤバくないっすか」
松尾誠司は青ざめた顔で言う。
三富はるなの事務所スタッフである海藤は今にも泣きだしそうな表情だ。
「ええ。これ、もし中止ってなったら理由はどうあれドタキャン扱いだと思いますから」
両目の間を指でつまみながら
「あぁ、会場のキャンセル料とか、いろいろと大変だぞこれ……」
「ファンもいなくなるかも……」
「ネットニュースになってしまう……」
と、打ちひしがれている。
バックヤードの楽屋スペースに三富はるなも駆け込んできた。
「聞いたわ! ベーシストの木島さんが骨折したって」
「ええ! 私も今どうすればいいのだろうかと考えているのですが……」
海藤は三富はるなの顔を見て涙目になる。
三富はるなも流石にがっくりと肩を落としている。
「木島さんがいないのはさすがに厳しいわよね……」
「あの……カラオケにすることはできないんですか?」
と松尾は尋ねる。
「もう店内のスピーカーを借りるなりして、カラオケ流せばいいんじゃないですか?」
「俺らの仕事なくなっちゃうな」
と、同じくバックミュージシャンであるドラマーの武井が口をはさむ。
松尾もそれには同意し
「まぁ確かに俺らの仕事はなくなりますね」と言いつつも
「ただ当日キャンセルの方がマズいのは事実だと思うんすよね。三富さんも海藤さんもお客さんもお店も、誰も幸せにならない」
と冷静に話すと、武井は「ん……確かに」とそれ以上何も言わなくなった。
海藤は「ちょっとお店の方に確認します!」と言って、再び慌ただしく出ていった。少しだけ表情に輝きが戻っている。
しばし沈黙をしていると、海藤が戻ってきて
「スピーカーは借りられるそうです! 音源の用意はあるのでカラオケは流せます!」
とにかく安堵の表情だ。
三富はるなは
「海藤くん、ありがとう! 最終手段でカラオケにしましょう。その場合はミュージシャンの皆さん、せっかく来てもらったのに仕事無くなっちゃうわ。ごめんなさい」
と言い、頭を下げる。
しかし続けて
「ただ、一つ試してみたいことがあるの!」
と言う。
「何をするんですか?」
周囲の人間たちは全く想像もついていない。
三木はるなは高らかに叫ぶ。
「木島さんの代わりを見つけるの!」
「ど、どこでです?」
海藤はギョッとするような表情を浮かべている。
ミュージシャンたちも「何を言っているんだ」という顔で三富はるなを見つめる。
「ここ! このショッピングモールで!」
「これだけたくさん人がいたら、誰かいるでしょ! ベース弾ける人!」
ハイテンションで叫ぶ三富はるなは、心なしか笑顔を見せている。
「それからだって遅くない! やることは全部試す! ダメだったらカラオケよ!」
「やっぱこの人は発想とバイタリティが違うや……」
と、ただただ呆気にとられる松尾であった。
続きの話
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