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「ツイスト・イン・ライフ」第五話

第一話:松尾誠司 その一
第二話:佐野涼平 その一
第三話:越智弘高 その一
第四話:藤吉礼美 その一

第五話:松尾誠司 その二


「すげえな。世間で話題になるってこんなになるんだ」
 松尾まつお誠司せいじは、あるニュースを観ながらどこか遠い目になっていた。

 前回の「マイカ発光中はっこうちゅう」のドッキリ企画が放送された週、プリンセス・マイカの名前はインターネット上で広まっていた。メンバーの滝岡たきおか奈月なつきがドッキリに本気の涙を流した映像が切り抜かれ、瞬く間に拡散されたのである。
 そのドッキリ企画とは「メンバーは緊急事態のとき、どう対応するか?」という内容で、シチュエーションは「本番前の控え室でスタッフがいきなり倒れたら」というもの。

 最初のドッキリのターゲットは最年長の桐野きりの愛沙あいさだ。
 愛沙が待機中の控え室で、仕掛け人のスタッフがその場に倒れる。
 すると愛沙は「えっ!」と目を見開いて立ち上がり、そのスタッフの元に駆け寄る。愛沙は倒れているスタッフの耳元で「大丈夫ですか!」と呼びかける。倒れている人の耳元で呼びかけるというのは「救命講習」で教わる基本であるため、番組MCであるお笑い芸人のスイカマンはVTRを観ながら「えらい! 基本に忠実だ!」と太鼓判。「基本に忠実」というテロップも効果音付きで出ていた。
 その後、愛沙の呼びかけで集まってきた仕掛け人スタッフたちがその場で少し慌ただしい雰囲気を演出したところで、倒れていたスタッフが突然起き上がり「ドッキリ大成功!」と言う。
 これに対し、愛沙は「ちょっとぉ……」と言いながらその場に力なくへたり込んだ。この反応に、番組MCのスイカマンや他のメンバーは「さすが最年長! しっかりしてた!」と絶賛し、愛沙のドッキリは終了した。

 他のメンバーもだいたいは同じような反応を示した。倒れたスタッフの元に駆け寄り、呼びかけ、人を探しに行く。この流れであった。

 しかし、この中で一際目を弾いたメンバーが滝岡奈月だった。

 奈月の待機中に仕掛け人のスタッフがその場で倒れると、奈月は「えっ!」と目を見開いて駆け寄り、「佐伯さえきさん! 大丈夫ですか! 佐伯さん!」とスタッフの名前を叫んだ。その後人を呼びに行ってからもまた倒れている佐伯というスタッフの元に戻り
「佐伯さん! お願い! 頑張って!」と泣き出してしまったのだ。
 この奈月の行動には、スタジオの出演者はもちろん、制作陣までもが心を打たれていた。このVTRを観ていた桐野愛沙は静かに涙を流し、その姿もカメラに抜かれていた。
 いつもは明るく場を盛り上げる番組MCのスイカマンも「いや、これさ、当たり前にスタッフさんの名前を覚えてるってのもすごいし、また倒れてる人のとこに戻ったのもすごいよね」と感銘を受け、しみじみとコメントを残していた。
 その後スイカマンが「佐伯! どこだ佐伯! 羨ましいなお前!」と言うとカメラがスタッフの佐伯にスイッチされた。画面には口角が弛みきった佐伯が映し出され、スタジオは大きな笑いに包まれていった。
 この映像を観た視聴者が、奈月の健気さに感銘を受けコメントや高評価を送っていたのだ。

 こうしてプリンセス・マイカの名が一時的にも広まったことは所属事務所はもちろん、番組制作陣も大喜びだ。間違いなくこの日は、プリンセス・マイカ大躍進の始まりを告げる記念すべき日となった。

「深夜番組だから、パッと見の数字では分かりにくいけど、この時間帯にしちゃ確実に伸びてるぜ。これはもしや、本当の本当に、あるかもな」
 番組ディレクターの手島てじま清志きよしは顎をさすりながらその結果を見ている。



「またフォロワー増えてる。やば」
 松尾誠司は自身のスマートフォンでプリンセス・マイカのSNS公式アカウントを眺めている。つい先日は二万フォロワーを突破!という投稿をしていたばかりなのに、もう十万フォロワーにまで増えている。

「それに比べて……」
 松尾は自分のSNSアカウントを眺める。
 松尾誠司のフォロワーはわずか1200人。松尾には熱心なファンが数名おり、ギターの演奏動画を上げるとすぐにいいねとコメントをくれるが、まだまだ音楽の世界で有名になるには少ないと言わざるを得ない。

「やっぱ俺って才能ないのかなぁ」
 松尾は「ギターが上手い」という評価はこれまで飽きるほど聞いてきている。それは素直に嬉しい。自らの努力を認められていることの証であるからだ。
 だがその反面「それにも関わらず、なぜ芽が出ないのか」ということを考えると、それは「自分に光るものがないから、すなわち才能がないからなのではないか」と思わざるを得ないような瞬間がある。


 松尾には両親と、年の離れた兄がいる。父親と兄の影響で小学生の頃からギターを触っている。小学生の男子といえば、一般的にはスポーツやゲームなどに熱中することが多いが、松尾はギターに熱中した。
 小学生当時は手が小さすぎてバレーコードをどうしても押さえられず、一度はギターを挫折しそうになったことがある。
 ここで父は一旦コード弾きをやめさせ、ブルースの手遊びのようなアドリブを教えたことでギターの楽しさに開眼した。

 兄がペンタトニック・スケールを教えてくれた際には、人生で一番勉強したといっても過言ではない。
 父と兄はいつもバッキングを弾いてくれたので、松尾は存分にソロパートの演奏を堪能できた。

 中学校に上がる頃には身体も大きくなったため、コード弾きも難なくこなせるようになった。
 小学生までたくさんソロパートを楽しんできた松尾は、逆にバッキングを弾いてソロ奏者を楽しませるということに楽しみを見出すようになった。

 特に中学三年生の頃には友人とバンドを組み、文化祭でギターを披露するという、多くの男子中高生たちの夢を実現していた。
 このときのセットリストは「天体観測」「小さな恋のうた」「メリッサ」など定番のJ-POP曲たちで、会場は大盛り上がりだ。
 この後、文化祭の打ち上げでクラスの女子から告白され、まさかの人生で初めての彼女まででき「俺の人生うまくいきすぎだ」と思っていたが、たった一か月で振られてしまった。


 しかし彼の人生はその後、厳しい時期を迎えた。

 松尾は高校入学後、いじめのターゲットになってしまったのだ。

 松尾は当時から冗談をよく飛ばし、場を和ませたり盛り上げたりする三枚目キャラだった。しかし、それが原因でクラスの中心人物的な同級生に目をつけられてしまったのだ。 
「あいつムカつく。調子こいてる」
 そんな鶴の一声で、松尾へのいじめは始まった。

 松尾に対するいじめは、暴力的ではなく陰湿なものだった。
 無視や、相手に聞こえるか聞こえないかの陰口など
 もし相手に悟られて何かを言われたら「やってません。被害妄想じゃない?」という言い逃れができるレベルのいじめだった。

 松尾は元々あまり気が強い方ではなく喧嘩もできないタイプだったものの、世渡り上手であったため中学校まではいじめと無縁だった。

 そのため、いじめの対処方法など全く分からなかった。

 松尾は、クラス内での自分の扱いがおかしくなってきたことを悟り、さらにおどけてみせた。
 笑わせたかった。雰囲気を和ませたかった。今までもそうやって乗り切ってから、この場もそれで解決できると思ったのだ。
 しかし明確にそれは逆効果となり、彼は完全に孤立の道を進んでいった。
 気づけば昼食は一人で、誰も彼に近寄るものはいなかった。彼に近寄るということは、首謀者に反旗を翻すということになる。
 そんな勇気のあるものは誰もおらず、松尾は学校で一言もしゃべらなくなった。

「一か月前に道化をやってた人間が、今は一言もしゃべれないのか」
 松尾は自分自身が置かれた状況が、あまりにもみじめで恥ずかしくてたまらなかった。
 教室では恥ずかしくて顔を上げられなかった。誰にも自分の顔を見られたくなかった。

 ストレスから体調を崩して学校を休みがちになった。
 そして学校に戻っても自分の居場所がどこにもないという事実に耐えきれず、二年生に上がるタイミングで松尾は通信制高校に転校した。


 高校を転校してからというもの、松尾の音楽性はガラリと変わった。やさぐれてメタルやロック、パンクなどを爆音で聴くようになった。髪を明るくし始めたのもこの時期からである。
 その中でも特に速弾きなどのテクニカルなフレーズがあるメタルに傾倒し、時間も忘れてギターを練習した。
 現在も松尾のレパートリーである
「マスター・オブ・パペッツ」
「クレイジー・ドクター」
「ニードルド・トゥエンティフォー・セブン」
「イントゥ・ジ・アリーナ」
などは、松尾が十代のやさぐれた時期に貪欲な練習の末に習得した曲である。

 その後、松尾は音楽の専門学校に入学。
 才能あふれる仲間に恵まれ、音楽活動を心より楽しんだ。
 ギターのテクニックは学内でも圧倒的で、講師にすらも「松尾に何を教えるんだよ」と言わしめるほどのものだった。

 専門学校時代の仲間たちとバンドを組み、夢を追い続けていたが、そのメンバーたちも「そろそろ定職に就く」と言い残し続々と船を降りていった。
 諦めていったメンバーも、みな才能に恵まれた者たちだった。この世界の厳しさを痛感した。

 一昨年には、五年付き合っていた専門学校時代の同級生からも
「ギターを諦められないようなので、私はあなたを諦めます」と別れを告げられてしまった。

 たまに専門学校時代の同級生たちと飲み会をすることもあるが、みなそれぞれに仕事をしているし、家庭を持っている者も少なくない。
 まだ煙草をやめられず、ミュージシャンの夢を諦められてないのは松尾だけだ。

 未だにこの世界にしがみついている自分自身だけが取り残されたような感覚に、松尾は言いようもない焦りを感じていた。
「そろそろ本当にラストチャンスかもなぁ」

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