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「ツイスト・イン・ライフ」第19話(全22話) 創作大賞2024応募作品

第一話:松尾誠司 その一
第二話:佐野涼平 その一
第三話:越智弘高 その一
第四話:藤吉礼美 その一

第五話:松尾誠司 その二
第六話:佐野涼平 その二
第七話:越智弘高 その二
第八話:藤吉礼美 その二

第九話:松尾誠司 その三
第十話:佐野涼平 その三
第十一話:越智弘高 その三
第十二話:藤吉礼美 その三

第十三話:松尾誠司 その四
第十四話:佐野涼平 その四
第十五話:越智弘高 その四
第十六話:藤吉礼美 その四

第十七話
第十八話

第十九話:松尾誠司&佐野涼平 その二


「へぇー俺らタメなんですか。じゃあ俺に敬語いらないですよ」
 佐野さの涼平りょうへいは、居酒屋の向かい側の席に座る松尾まつお誠司せいじに言う。
「じゃあ遠慮なくタメ口でいくね! そっちもタメ口でよろしく!」

 その日、佐野は松尾から飲みのお誘いを受けていた。
 妻の瑠璃子るりこに、その話をしたところ「誰かと飲みに行くなんてすごい久しぶりだね。いってらっしゃい」と快諾してくれた。

 一言二言、交わしているうちに生のジョッキが二つ運ばれてきた。表面に霜が付いて白くなっており、その冷たさが伝わってくる。
「じゃ、俺らの出会いに乾杯!」と松尾が言い、二人はジョッキをぶつけ合う。
 同じタイミングでジョッキに口をつけ、同じタイミングで「プハーッ」と大きく息を吐く。

 そうして佐野は一息ついてから
「えーと、まず、いきなりで申し訳ないんだけど……バンドの件なんだけどね」
「うんうん、いいよ」と松尾も言う。

「えーとね、結論から言うと、俺には家族がいて、やっぱり現実的に難しいかなって思うの。すごく楽しそうで、すごく興奮する話なんだけどね」
 と自身の考えを話し
「でも、めっちゃ嬉しかったよ。誘ってもらって」
 佐野も、心底興奮していたのは事実なのだ。

 その言葉に松尾は「ありがとう。そう言ってくれて」と笑顔で言いながら
「そりゃそうだよね。昔一緒にやってたメンバーも、みんな定職に就くって辞めてったからな」
 と理解を示してくれた。

 店員がやってきて、シーザーサラダと炙りしめ鯖、串焼き五点盛を置いていく。
「こういう居酒屋メシ久々。うまそー」と佐野は呟く。
「ファミレスとかは行くんだけど、子どもができてから居酒屋は行ってないんだよね。元々田舎住まいで車移動が多かったのもあるけど」
 佐野はこの日、久しぶりに電車を使ってやってきた。

「そっか、佐野くん最近こっちに来たんだっけ」
 松尾は串焼きを一本取る。
「でも、お子さんはかわいいだろうなぁ」
「マジでかわいいよ。天使」
 佐野は即答し、ビールを一口飲む。
「仕事が遅くなったときに『パパー』って足元に抱きついてきてくれたときは疲れ全部吹き飛んだね」

「それでも仕事は辞めちゃったけど……」ということまでは言わなかった。

 しばし雑談をした後、松尾は佐野に問いかける。
「あのさ、全然バンドのお誘いとかじゃないんだけど、今度セッションしない?」
「あぁ、それはもちろん! むしろやりたいくらいだわ」
 これには佐野も二つ返事で快諾する。

 佐野と松尾のサシ飲みは、友人同士の雑談といった雰囲気で終わった。 セッションの日時だけを決め、二人は帰路についた。


 ほどなくして、予定のセッションの日がやってきた。
 松尾が予約してくれた都内のスタジオで待ち合わせだ。

 この日の朝、ちょっとしたアクシデントがあった。
 涼平が家を出ようとした際、息子の慶太が涼平の足元に寄ってきてぐずったのだ。
 なかなか泣き止まず、また涼平の元を離れようとしないので、一家全員でスタジオに行くことにした。
 出発前、松尾に事情を説明し「佐野家の家族同伴でいいか」と確認したところ、「もちろんだよ。むしろ来てくれてありがとう」と返事がきた。

 こうして、松尾と佐野家はスタジオに到着する。
 松尾誠司が、佐野家に挨拶をしている。
「はじめまして。松尾誠司と言います。涼平くんのベースに感激しちゃいまして、お誘いしちゃいました。今日ご迷惑おかけしてすみません」
「涼平の妻の瑠璃子です。こちらは息子の慶太けいたです。夫もとても楽しそうで、むしろありがとうございます」
 瑠璃子も笑顔で頭を下げる。

 慶太は「なんだこの変な髪色は?」とでも言いたげな表情で、松尾の頭部をじっと見つめている。


 一同は、重い扉を開けてスタジオに入った。

 松尾の愛機はフェルナンデスの赤いラヴェル、佐野の愛機はサドウスキーのメトロラインである。
 まずはセッティングの時間だ。チューニングをしながら、アンプの音量や歪みと、足元のエフェクターを操作し、簡単な手癖フレーズを弾きながら調整している。
 佐野は「格好いいね、そのギター。レスポール……ではないか」と言うと「ありがとう。確かにちょっと変形したレスポールっぽいかも。このモデル、日本よりも海外で人気なんだって」と松尾は笑う。

 各々セッティングが完了すると
「じゃあ、まずは適当にジャムろうか」と松尾がいう。
 佐野は「おっけー、まずはEマイナー一発でいいかな?」と言う。
「了解。じゃあベースからインしてくれる?」
「はーい」

 佐野からベースを鳴らし始める。ドラムがいないので、のっぺりした印象にならないようにメロディアスなフレーズを演奏する。正確無比なリズムによる跳ねが心地よい。

 ここで、彼の演奏に最も驚いていたのは妻の瑠璃子だ。
 家ではアンプに繋いで練習することがないため、いつも太い弦を弾くベチベチという金属音しか聞こえていなかった。
 このため、彼女はベースの何が楽しいのかイマイチ理解できていなかったが、スタジオのアンプから聞こえてくるそのクールで妖艶な低音を聴き、その魅力を理解したのである。

 その演奏を聴きながら松尾は満足そうな表情を浮かべる。
 そして、ギターが演奏を開始する。
 松尾は小学生のころから弾きなれているブルーステイストのソロをポロポロと鳴らし始める。フロントのクリーントーンで厚みのあるサウンドだ。
 両者の圧倒的なリズム感で表からも裏からも入れる。

 展開が進んでいくと、松尾は音を少し歪ませてギターを楽しげに歌わせる。休符と速弾きの抑揚が聴くもののテンションを上げていく。
 松尾は徐々にテンションを上げていき、カッティングを織り交ぜてワウペダルなども使ってファンクなフレーズを弾き始める。

 そのまま松尾はカッティングを混ぜたバッキングに徹するようになった。
 佐野に目配せをする。
「次、佐野くんの番」
 そのアイコンタクトで、佐野はハイポジションでのスラップを混ぜたソロを弾き始める。
 心地よいゴーストノートがアクセントとなり、メリハリのあるフレーズになる。正確なリズムから繰り出される粒立ちのよい音に、カッティングをしている松尾は笑顔になる。
 ひとしきり楽しんだのちは、ローポジションに戻っていく。

 こうして、この後に二週ほどギターとベースのソロを譲り合った後、演奏はフェードアウトしていき、終了する。

 演奏が終わるなり
「はい最高。佐野くん神」と松尾は笑う。
「最高。ありがと。やっぱすげえわ松尾くん」と佐野も笑顔で応える。

 佐野は松尾の顔を見ながら
「もう一曲やろうよ。これいける?」
 と、ジャコ・パストリアスの「ザ・チキン」のイントロを弾き始める。
 松尾は笑顔で頷きながら「はいはい、オッケーオッケー」と言い、二人の演奏が再開される。


 こうして二人は一時間弱、セッションを満喫した。

 二人は、これ以上ないほどの興奮に包まれていた。
 満面の笑みで握手を交わす。
「やっぱり、俺の目に狂いはなかったよ」
 と松尾はハッキリとした口調で言う。
「俺も最高に楽しかった」と佐野も笑い返す。

 この二人のセッションの様子を、瑠璃子はただただ口を開けて見守っていた。慶太は彼らの出す音が心地よいようで、瑠璃子のすぐ横でリズムを取るような動きをしている。
 大きな音なので泣かないか心配だったが、それは杞憂だったようだ。

「松尾さん……凄すぎない?」
 楽器経験のない瑠璃子の目から見ても、松尾はもはやギターが身体の一部のようになっていることが分かるのだ。
 後々この演奏をアドリブでやっていたことを知り、さらに驚いていた。

 そして夫の涼平の、これほどまでに生気に満ちた表情を久しぶりに見た気がする。まさに少年の顔になっていた。
「パパ……かっこいい」
 瑠璃子は思わず呟いていた。

「ほんとにベース好きなんだな……」
 涼平がどれほどベースの演奏が好きなのかということが、痛いほど伝わってきた。

続きの話


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