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「ツイスト・イン・ライフ」第20話(全22話) 創作大賞2024応募作品

第一話:松尾誠司 その一
第二話:佐野涼平 その一
第三話:越智弘高 その一
第四話:藤吉礼美 その一

第五話:松尾誠司 その二
第六話:佐野涼平 その二
第七話:越智弘高 その二
第八話:藤吉礼美 その二

第九話:松尾誠司 その三
第十話:佐野涼平 その三
第十一話:越智弘高 その三
第十二話:藤吉礼美 その三

第十三話:松尾誠司 その四
第十四話:佐野涼平 その四
第十五話:越智弘高 その四
第十六話:藤吉礼美 その四

第十七話
第十八話
第十九話

第二十話:藤吉礼美 その五


「はぁ……最近お酒飲みすぎかも」
 藤吉ふじよし礼美れいみは先日の講師交流会以降、お酒が大好きになってしまったようだ。

 その後の「バー・ツクシ」でのひとときも本当に夢のような時間だったため、現在まんまと週に二日程度のペースで「バー・ツクシ」に通うようになった。
 中でも、その日に出会った越智おち弘高ひろたか高木たかぎしのぶというカップル、そしてバーのマスターである進藤しんどう正信まさのぶとは非常に仲良くなった。
 特に、忍とは「今日ツクシ行く?」などのラインのやり取りまでするような仲になった。

 そんな礼美の元に、数少ない中学時代の友人である寺田てらだから「同窓会のお誘い」というラインが届いた。
 礼美は高校からは音大付属であるが、公立中学校の出身で、毎年の合唱祭でピアノの伴奏をしていた以外には、特に目立つこともない存在だった。
 なので、いい意味でも悪い意味でも思い出は少ない。

 礼美は、中学校の同窓会には一度も参加したことがなかった。
 これまでは音楽一色の生活で忙しかったこと、お酒の場が好きではなかったことと、友人が少なかったこと、地獄の結婚生活やその後遺症で苦しんでいたことなど
 様々な理由で一度も参加していなかったが、ちょっと行ってみたいような気持ちになっていた。

 ラインで「参加したいです」と一言返したところ
「マジで⁈ 礼美が行くなら私も行きたい!」と寺田から返ってきた。

 そうして、同窓会の当日を迎えた。
 もう秋も終わりに近づいており、午後の十七時にもなると夕陽は地平線の彼方に微かな光が確認できるくらいだ。

 礼美は「私が同窓会?」という、不思議な気持ちで寺田を待っていた。
「やっほー!」
 待ち合わせ場所に寺田がやってきた。寺田は黒いロングコートを身にまとっている。
「あっ、寺田さん久しぶり」
「まさか礼美が来るなんて思わなかった。すごいことだよ」
 興奮気味に寺田は話す。

 寺田は中学時代、かなり自由奔放なキャラクターで、クラスの中心人物であった。
 真面目で寡黙な礼美とは正反対の性格であったが、合唱祭で寺田が指揮者としてクラス全体のまとめ役をしたことがきっかけで、二人はよく話すような仲になった。
 寺田は、聞き上手な礼美に色々と話すようになり、礼美もそんな寺田と話していて居心地のよさを覚え、仲良くなっていった。
 中学を卒業してからは会うことはほとんどなかったが、時々メールでのやり取りをし、成人式で再会した際にラインを交換していた。

 寺田は、まさについ最近知り合った忍のようなタイプであり、礼美はそういった一部の明るい女性から好かれる傾向があるのかもしれない。

 同窓会といっても、いわゆるホテルのパーティールームを貸し切るようなものではなく、中学校の近くにある地元の少しだけグレードの高い居酒屋で行われた。
 店に入ると、目に飛び込んでくるのはディスプレイされた日本酒の一升瓶である。

「『花陽浴』『而今』……何と読むのか全くわからない」
「『作』……これは普通に『さく』でいいのかな?」
 と礼美はそれらの瓶を興味深そうに見つめる。

 入り口で靴を脱ぎ、座敷の席に案内される。
 案内された座敷には、すでにぽつぽつと参加者の姿が見受けられた。
 みな、スマートフォンをいじっているか、近くの席の者たちと談笑している。

「こう見えて久しぶりなんだよね。お酒を飲むの」
 と寺田は笑いながら、礼美の向かい側の席に腰掛ける。

「私は、最近お酒にハマってて…」
 と恥ずかしそうに礼美が言うと、寺田は大笑いしながら
「ちょっとー! 礼美のそういうところ好き! かわいい!」
 と頭をなでる。

「あたし、子どもができてから一滴も飲んでないからさ」と話し
「もし帰れなくなったら家まで連れて帰ってね。ちょっと遠いけど」
 と冗談を言った。

 礼美は周りをきょろきょろ見回しながら
「あの人、変わってないな」とか「あの人の名前なんだっけ」などとぼんやり考えていると、お酒が運ばれてくる。
 礼美の元に来たのはやはりジンジャーハイボールだ。角瓶のロゴが入った、模様が特徴的なジョッキに入れられている。
 寺田は生ビールを頼んでいる。
「そういえばビールって全然飲んだことがないな」と、礼美は思った。

 幹事の女性が立ち上がり
「皆、今日は来てくれてどうもありがとうございます! 久しぶりに皆と飲めるのが幸せです! 乾杯!」
 と乾杯の音頭を取り、同窓会が始まる。

 礼美は寺田に、端的な近況報告をした。

 大学卒業後に交響楽団に入っていたこと。
 そこで出会った男と地獄の結婚生活の末に離婚したこと。
 うつ病でおよそ三年半療養していたこと。
 今年から音楽教室で働き始めたこと。
 最近は歌やお酒にハマっていること。

 寺田は礼美の話を時折相槌を入れながら、真剣な眼差しで話を聞いてくれた。

「そっかぁ……礼美も大変だったのね。正直ね、あたしと違って礼美はそんな大変な生活とは無縁かと思ってたよ」
 寺田はしみじみと、礼美に言う。
「でも礼美がこういうとこに来られるくらいになってよかったよ……」

「ありがとう。寺田さんは最近どうなの?」
 と、礼美は自分の話を聞いてくれた寺田に話を振る。

「あたしはね……」
と寺田が話し出そうとした瞬間

寺田の旧友が数名、席にやってきた。


「おーす! てらるり●●●●! 久しぶりじゃん!」
 ビールのジョッキを片手に絡んでくる。


 寺田は向き直って
「えっ……? うわーっ! アンタたち変わってないねー!」と、旧友たちの顔を見て大笑いをする。
 旧友たちは
てらるり●●●●大人になっちゃって! 一瞬わかんなかったよ!」と笑う。


「しかも! その呼び方! 超久しぶりなんだけど!」

 そして寺田はこう続ける。
「ていうかさ、あたしはもう結婚して寺田じゃないんだよね!」
「もう寺田てらだ瑠璃子るりこじゃないの!」


 絡んできた寺田の旧友は「今の苗字はー⁈」と聞くと


「今の苗字は佐野さのでーす! 佐野さの瑠璃子るりこでーす! よろしくね」
と明るく答え、瑠璃子はビールを一口飲む。


 旧友たちは「さのるりぃ! 乾杯!」と瑠璃子と乾杯をする。

 礼美は
「寺田さんって、元々こういう賑やかなお友達多かったもんなぁ」
 とその光景を微笑ましく見つめている。
 すると突然、瑠璃子の旧友の一人が、礼美を見るなり
「あっ! ピアノすごい子! ごめん! 名前なんだっけ!」
 と話しかけてきた。
「藤吉礼美です」と笑顔で答える。

「そうだ! 藤吉ちゃん! よく来たね! 初めて?」
「はい、初めてです」
「やっぱり! 来てくれてありがとうねー! 乾杯しよっ!」
 瑠璃子は旧友たちとの乾杯に笑顔で応じた。

「ちょっと! めっちゃノリいいんだけど藤吉ちゃん!」
 と旧友たちも上機嫌で、瑠璃子も
「礼美変わったね! 今、幸せそうだよ」と心からの笑顔を浮かべていた。

 ひとしきり賑やかな話が終わると、瑠璃子の旧友たちは他の席に向かっていき、再び瑠璃子と礼美の話が始まった。

「ねぇ、寺田さんの旦那さんってどんな人なの?」
 と礼美は聞く。
「ウチの旦那? んまぁー真面目ね。すごく。真面目すぎるくらい?」

「あと、すごく頭もいい。まさか私があのタイプの人と結婚するとは思ってなかった」

「でもその真面目さのせいで、一度仕事で追い詰められちゃってね」

「一回、本っ当に心配な時期があったんだよね。毎日のように帰りが夜の十二時とかで、やめてた煙草も吸い始めたりとか」

「結局、適応障害になっちゃってたみたいで仕事辞めてさ……今もまだ仕事はしてないんだけど、とにかく前の会社を辞めてくれて、ほんと一安心だよ」

「ごめん。礼美のうつ病の話を聞いてたら、うちの旦那もヤバかったのかなって思って話しすぎちゃった……」
 と瑠璃子は、話し過ぎてしまったことを礼美に詫びる。

「いや、全然いいよ。旦那さんも大変だったね。」
 と礼美は言った。

「旦那が前の会社辞めて、こっちに一家で引っ越してきたんだ。今、東京のほうに住んでるから、いつでも遊びに来て」
「うん、ありがとう。行きたい」
 と礼美は答える。

 すると瑠璃子は思い出したように話し出す。
「そうそう、礼美ってさ、色んな楽器やってるんだよね?」

「うん、一応」と礼美は謙遜しつつ答える。

「うちの旦那もね、楽器やってるんだよ。あの、ベースってやつ? でっかくて長いギターみたいなの。家にあるんだよ。礼美ってベースも弾けるの?」と瑠璃子は尋ねる。
「うん、一応音楽教室で教えてるよ」と礼美は答える。

「はぁー、プロは違うなぁ」
 と瑠璃子は感心しながら
「最近ね、旦那がめちゃくちゃ上手いギタリストの人と、なんだっけ、セッション? してさ、そのスタジオにちょうどいさせてもらったの。あたしは音楽ほとんど分からないんだけど、ほんと凄かった。なんか良いなぁって思ったの。あの、音楽できる人同士のコミュニケーションっていうか」
「『コイツうまっ!』とか『コイツすごっ!』って感じるんだよね。お互いに。何それ! 少年漫画じゃん! 終わった後なんか笑顔で握手しちゃってさ」

 瑠璃子は酔って饒舌になっている。
「はぁーかっこよかった。二人とも。でもやっぱ旦那が……大好き。はぁー」

「旦那さん、カッコよかったんだね」
 礼美は瑠璃子に微笑みかける。瑠璃子は何も言わず、二回頷く。

「それ、きっと相当上手い人たちだと思うよ」
 と礼美は話す。
「それは私も聴いてみたいな……」

 そう言いながら、酔った頭で礼美は考える。
 ギターとベース、そして……。


 礼美は一つの「答え」に行きついていた。

「あの……実は、私も、物凄く上手なドラムの人と知り合ったの」
 と斜め下に視線を落としながら言い

「ねぇ。もしよかったら今度集まれない? 旦那さんに聞いてみてくれる?」
 早口に話す礼美の心の中は、興奮で震えていた。

続きの話


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