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「ツイスト・イン・ライフ」第21話(全22話) 創作大賞2024応募作品

第一話:松尾誠司 その一
第二話:佐野涼平 その一
第三話:越智弘高 その一
第四話:藤吉礼美 その一

第五話:松尾誠司 その二
第六話:佐野涼平 その二
第七話:越智弘高 その二
第八話:藤吉礼美 その二

第九話:松尾誠司 その三
第十話:佐野涼平 その三
第十一話:越智弘高 その三
第十二話:藤吉礼美 その三

第十三話:松尾誠司 その四
第十四話:佐野涼平 その四
第十五話:越智弘高 その四
第十六話:藤吉礼美 その四

第十七話
第十八話
第十九話
第二十話

第二十一話:佐野涼平 その五


「どうすべきか……いや、俺の中で答えは決まっている。いや、でもなあ……」
 佐野さの涼平りょうへいはベッドに身体を横たえ、考えを巡らせている。
 凄腕ギタリスト松尾まつお誠司せいじとのセッションの余韻に浸りつつ、何かを迷っている。
「ああ! くそっ! なんでこうも決断できないんだ! 情けない。『大きなトラブルほど早く言え』って会社でも教わった。だから今回も早く言ってしまうのが筋なんだ。頭では分かってる。遅くなればなるほど相手に迷惑をかける」

 隣では中学校の同窓会から帰ってきた妻の佐野さの瑠璃子るりこが寝息を立てており、かすかにアルコールの香りが漂ってくる。
 息子の慶太けいたも静かに眠っている。
「ママ、かなり酔って帰ってきたな。慶太が生まれてからというもの、一滴もお酒を飲んでいなかったみたいだから弱くなってたんだろうな」

「あんなにお酒が好きだったママがこんなに長い間、一滴も飲まなかったなんてな……」

「ママ……慶太……」
 涼平は声を押し殺すように、枕に顔を埋める。


 気づいたら眠ってしまっていたらしい。
 目覚めると太陽は高く登っているらしく、窓の外は明るい。
 寝室には誰もおらず、壁の向こうから掃除機の音が聞こえる。
「あれ?」
 涼平が壁掛け時計に目をやると、時刻は午前十一時を指している。

「……寝過ぎたな」
 目覚めたばかりの涼平は、ぼんやりと昨夜の思考が戻ってくる。

「伝えなければ」

 部屋を出ると、瑠璃子が掃除機をかけ終えたようだ。
 慶太はソファの上でテレビに夢中になっているようだ。

「おはよう。ごめん、寝過ぎたわ」
「あら、おはよう。全然大丈夫だよ」
 ラップがかけられた朝食が、ダイニングテーブルに用意されている。
 涼平は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、グラスに入れて勢いよく一気に飲む。


「なぁ、瑠璃子」


 涼平は妻の瑠璃子に話しかける。

「え、ちょ、何? どうしたの?」
 突然名前を呼ばれて瑠璃子は動揺する。
 慶太が言葉を覚えてからずっとこの夫婦は「パパママ呼び」だからだ。

 下の名前を呼ぶ、ということは、おそらく何か重要な話があるときだ。


「話がある」


 ダイニングテーブルに二人は向かい合っている。
 涼平はまだ朝食には手をつけていない。

「うん、話っていうのは、何?」
 瑠璃子が心配そうに尋ねる。

 涼平は意を決したように話し始める。
「うん……えっと、じゃあ、まず結論から言うと」


「俺、松尾くんとバンドを組んでみたいんだ」


「一度は断ったけど……彼からの誘いに乗りたいと思ってる」
 涼平は言葉を選び、並べていく。
「この前のセッションで感じたんだけど、もう自分の中の本能っていうか、理屈じゃなくて直感がさ、彼とバンドを組めって言ってるんだよ」
 瑠璃子は時折頷きながらも、口を挟むことなくずっと涼平の目を見つめている。

「それで……ね、松尾くんは『バンドでメジャーデビューしたい』っていう夢を持ってるんだ」
「そして、もし俺が、そんな彼とバンドを組むということは、どういうことか……必然的に俺も同じ道に行くってことになる」
 徐々に涼平は声が震えていく。

「何を言いたいかっていうと、二十八歳でメジャーデビューを夢見る男になるんだ。俺は。仕事を辞めて、いま無職で、そっからプロのミュージシャンを目指すっていう、そんな人生を賭けたギャンブルをする人間に、なろうとしている」

「さっきも言ったけど一度は断ったんだ。現実的に厳しいって。でも、なんだかな。理屈じゃなくって……」
 瑠璃子はまだ何も言わない。

 ずっと瑠璃子の目を見て話していた涼平は、下を向き
「で、何を言いたいかっていうと、ホント悪いんだけど、瑠璃子にお願いがあって……」
 瑠璃子は唾を飲む。



「ついてきてほしいんだ! 俺に!」

「こんな俺でも、一緒にいてほしいんだ……お願いだから、どうか一緒にいてくれ……! 慶太も不自由させないよう頑張るから!」



 涼平は瑠璃子の顔を見られない。しばしの沈黙の後

 嗚咽が聞こえてくる。
 涼平が顔を上げると、瑠璃子は顔を真っ赤にして大粒の涙を流している。

「そっちかぁ……よかったぁ……よかったぁ」
 瑠璃子は消え入りそうな声を絞り出しながら、机に突っ伏す。

「そっち……? よ、よかった……?」
 涼平は、まったく予想外の反応に困惑している。

「うん……あのね……涼平が……あなたが……自分の夢を叶えるために私たち家族が足枷になるから『別れたい』って言われるかと思ったの……」
 瑠璃子は顔を隠して肩を震わせている。

「松尾さんと一緒に演奏してるあなたを見たとき……あなたが本当に楽しそうで……今までに見たことないくらい輝いてて……『この人どっか遠くに行っちゃうんじゃないか』って思ったの……」

「もし『別れたい』って言われても『泣いちゃダメだな』って思ってたんだよ……すごく嫌だけど断れないよ……だって、あなたには夢を叶えてもらいたいんだもん……だから『別れたい』じゃなくて本当によかったの」
 瑠璃子は言葉を詰まらせながら、自らの思いを話していく。

「ほ、本当にいいのか? 夢見るバンドマンだぜ。よく世間で揶揄される例えだけどさ、それに俺がなろうとしてるんだよ」

 信じられないといった様子の涼平に、瑠璃子は続ける。
「あなた、まだ私があなたのことどれだけ好きなのか分かってないの? もう、私の人生あなたなしでは考えられないんだよ……」

「だからね……喜んで、ついていきます!」
 と瑠璃子は涼平を見つめ、目元を腫らしながら笑顔を作った。

 涼平の中で堪えていたものが決壊した。

 涼平は立ち上がると瑠璃子に駆け寄り、瑠璃子も立ち上がって涼平を受け止めた。
 二人は抱きしめ合い、唇を重ねた。


「……ん?」
 気配を感じて二人が横を見ると、テレビに夢中になっていたはずの慶太が「なにしているんだ?」と言わんばかりの顔でこちらを見ている。
 二人は目を腫らしながら慶太に近付いていき、慶太を包み込むようにしゃがんでハグをした。
 大のおとな二人にいきなり取り囲まれるという、わけのわからない出来事に慶太は驚き、泣き出してしまった。
 二人は「家族全員泣いてるじゃん」と大笑いし、涙を流しながら慶太をあやすのであった。


 時刻は十三時半を回っていた。
 テーブルに置かれている朝食に、まだ手は付けられていない。

「これ、先に話せばよかったな……」
 瑠璃子は、ベッドへ横向きに身体を預け、思い出したように話し始める。
 目元にはうっすらと赤みが残っている。
「昨日の中学の同窓会のときにね」
「あぁ、ベロベロに酔って帰ってきたよね」
 瑠璃子を後ろから抱きしめたまま、涼平は笑う。

「ちょっと! ほんとに恥ずかしいんだからやめてよね」
 瑠璃子は頬を膨らませる。
「冗談だって。どうしたの?」
 涼平はすぐにフォローしながら問いかける。

「私の友達にね、音楽教室の先生がいるの」
 瑠璃子は話し始める。
「その子は、ピアノから何からあらゆる楽器がプロ並に演奏できて……ベースも教えてるって言ってた」
「へぇー。それはすごいね」
 涼平も目を丸くして言う。

「だから、話盛り上がるかなーと思って、パパと松尾さんの……なんだっけ、セッション? を見て、本当に凄かったっていう話をしたの。その子、『相当上手い人たちなんだろうね』って言ってたよ」
 涼平は「へへへ、それほどでも」と得意げな表情で言う。

 そこから瑠璃子は
「ごめん、話が少し逸れた。で、その後が本題なんだけど……」と言い

「その子が最近ね、ビックリするくらいドラムが上手い人と知り合ったっていう話をしてくれたの……」
 少し声を弾ませながら話を続ける。
「それでね、その子から『全員で一緒に集まってみない?』って誘われたの。どう? 面白そうじゃない?」

 涼平は目を大きく開いた。

 ギターとベース、そしてドラム。
 ピースが揃う。
 心の奥底に、これ以上ないほどの興奮を覚える。

「瑠璃子……それは、何かすごいことかもしれない! ありがとう! 松尾くんにも連絡する!」

 瑠璃子はその鼓動の高鳴りを背中に感じていた。

続きの話


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