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逆噴射小説大賞2023ピックアップ

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#小説

星を射つ確率 

星を射つ確率 

 深夜2時の天文台にフミとミサ。フミは猟銃を持ち、ミサの手には一眼レフカメラ、望遠鏡まであと数メートル。終わりが近い。

 始まりはそう、西暦2038年カメラからビームが出るようになった。突然に。

 決定的だったのは2年前にサッカー世界大会で決勝ゴールを決めた時だった。無数のカメラがその選手に向けられた瞬間、彼にビームが突き刺さって斃れる様を全世界が目撃した。スマホもビデオカメラも全てが武器にな

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グレイテスト

グレイテスト

ずっと考えていた、この国における大統領とは何かと。

ウェスタン・ワールドの代表、世界一強国のトップ、民主陣営のリーダーなど聞こえはいいが、現実では大統領の発言を切り取った動画がネット上に溢れ、大統領をどれほど口汚く罵っても起訴されない、自分に起こる不幸は全部大統領のせい。フィクションでは大統領は格闘家に脅され、企業の犬や秘密結社の傀儡として描かれている。まるでフリー素材扱い。誰も大統領に敬意を払

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ゼンチ!!!!!

ゼンチ!!!!!

 七七志信は、同学年と比べ小さい体をさらに縮こまらせた。
 派手なアクセサリーやらピアスやらを十二分に着けた外星人3人に周囲を固められていたからである。
 ギラギラと輝き蛾を吸い寄せる蛍光灯がランドセルを照らし、スピーカーからの重低音が腹に響く中、頭上では知らない言葉が交わされている。時折触手で出来た男がずろずろと体に手を這わすので、鳥肌が止まらない。
 虎に似た容姿の女が口元をぐにゃりと歪める。

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整地巡礼

整地巡礼

 水田の広がる風景に漂う異臭と黒煙。吹き上がる炎が校舎のあらゆる窓を舐めている。昼日中だというのに、太陽ですら火炎の悪辣さを薄めることができない。右往左往する消防団を押し除けて、ようやく到着した消防隊がホースを展開したが、手遅れなのは誰の目にも明らかだった。
 躊躇いつつスマホのシャッターを切る。が、後悔してすぐに消した。あの映画の舞台となった栗生分校。その味わい深い木造校舎を眺めたかっただけなの

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法務庁特別審査局調査員・佐伯

 ごった返す人々の放つ臭気。汗と熱気がいっしょくたになった猥雑さ。芋飴は公定価格の五〇倍の値段がついている。

 闇市の飯屋で、一杯五円の肉入りうどんをその男はすすっていた。

「稼いでるんだろう? なんでこんな場末で食ってる」
「こういう場所のほうがその国の日々の暮らしがわかる」

 流暢な日本語でダニエル・リーが答えた。そんなもんかね、と佐伯は言った。
 妙なもんだ。佐伯の生きてきた世界では敵

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路線バス 魔王城行き

路線バス 魔王城行き

 かつてあまねく神の聖地と呼ばれたニネエフの高原とその都は、魔王の手により一晩にして地獄と化した。悪魔と魔獣は跋扈し、緑と土壌は汚染され、それから20年もの間どれほどの民が殺されたか見当もつかない。

 そしてそんな魔境において唯一営業が続いている路線バスが存在するのだという。ならば一介の旅好きとして一度乗ってみない訳にはいかないだろう。

 早速、その路線バスの途中駅のある北ニネエフ駅前のバス停

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東風よ、吹け

東風よ、吹け

 時は文永11年(西暦1274年)、季節は晩秋。場所は、博多沖より壱岐へと向かう海上。時分は夜更け、丑三つ。

 荒波に揉まれる小舟の上、寒風に吹かれながら、くつろいだ様子で酒を舐める優男と、力強く櫂を漕ぐ偉丈夫の姿があった。

「法眼様」

「その呼び名は止めくれ」

 漕ぎ手の呼びかけに、優男は答えた。

「では、なんとお呼びすれば?」

「そうさなあ……」

 優男は、杯を傾け、澄酒をあおる

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派遣で作ろうバベルの塔

派遣で作ろうバベルの塔

 突然、上から派遣社員が落ちてきた。地面に叩き付けられた衝撃で、工具がいくつか跳ね上がった。

「バカ野郎! 落ちるならもっと離れたところへ落ちろ! オイ、誰かこれ片付けとけ!」

 班長が死体を蹴飛ばし、怒鳴り散らす。いつも具体的に誰にやれと言わないので、誰もやらない。結局は班長が自分でやる羽目になる。

「そっちの作業はいい! 建材の確認と選定が最優先なんだ! 塔に命を吹き込む、重要な工程なん

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O・D

「一番指名の多い女はね、イク演技が上手い女なの。だからあんたもすぐ指名入ると思うよ」

 同棲している彼女の言葉が不意に思い浮かんだのは、丁度私が逝っていたからだろう。
 いや、いた。というのはおかしいか。
 私の意識はまだある。ということはつまり、逝っている最中だということだ。現在進行系で。

 「くそ、くそ、くそ」

 「よくも、このヤロウ」

 「ざけやがって」

 汚い言葉と共に降ってくる

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トリプルブッキング・ミリオンダラー (#逆噴射小説大賞2023)

トリプルブッキング・ミリオンダラー (#逆噴射小説大賞2023)

「事態は最悪と言っていい」

 いや、最悪なんて言葉すら生ぬるいかもしれない。警備部長という立場でさえなければ、俺も迷わず逃げ出していたことだろう。

「このカジノは今、3つの勢力に狙われている。もっと正確に言えば、金庫にある100万ドル以上の巨額の資金が、だ」

 ひとりでも厄介な犯罪者が、よりにもよって3組同時。しかも、どれも折り紙付きの厄介者どもと来ている。
 
「まずはこいつ。先月脱獄した

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もしもプラズマキャノンがあったなら

もしもプラズマキャノンがあったなら、なんだって壊せるだろう。
もしもプラズマキャノンがあったなら、世界はどんなに色づいて見えるだろう。

ある雨上がりの日、田舎道を軽トラで走っていると、道端にプラズマキャノンが落ちていた。

プラズマキャノンと言っても、然程大げさなものでもない。惑星航行艦の迎撃火器や、新式戦車に使う、変哲も無い単装式収束プラズマキャノンである。

だからと言って、田舎道に転がって

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マキコの黒いサンドボックス

マキコの黒いサンドボックス

 企画班リードの棚橋が戦線離脱して3日目。だから会議もこんな調子だ。「ですからァ、Yボタンなんです」
「ロックオンはR3で決まりだ」
プログラム班・日向寺はまだ冷静。さすが堅物。

「バインド変えるだけっしょ? 何そんな渋ってンすか」
棚橋の相棒だった彼は、たぶん潰れるだろう。
仕方のないことだ。

「これが通ったらしまいにゃコアコードに手がでかねん。時期を考えろ。デバッグへの伝達も面倒だ」

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なぜクトーニアンを殺さなかったのか

なぜクトーニアンを殺さなかったのか

 リングの中央で、半裸の男が2人、がっちりと組み合っている。
 したたる汗と血が、マットの上に、大きな血だまりを作っている。
 観客はいない。
 否、いなくなっている。
 打ち捨てられた鞄、片方だけの靴、踏みつけにされた新聞……それらの痕跡が、ここに超満員の観客がいたことを物語っている。
 今は、誰もいない。
 がらんとした会場に、男たちの荒い息遣いと、リングの軋む音が、惨憺として響いている。

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セイント

 モグリの雀荘経営という商売柄、アクの強い人間は腐るほど目の当たりにしてきた。しかし完は別格だった。
 氷雨の夜、白シャツ姿の完は傘も差さずに私の店に現れた。常連の柿沼の紹介だと言うが、柿沼は廻銭を詰めきれないまま蒸発している。
 柿沼氏の穴埋めです。完はそう言って手に提げたコンビニ袋から百万の束を三つ掴んで私に手渡すと、濡れそぼった髪も拭かずに一人欠けのチェアに腰掛けた。卓を囲む先客たちが揃って

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