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整地巡礼

 水田の広がる風景に漂う異臭と黒煙。吹き上がる炎が校舎のあらゆる窓を舐めている。昼日中だというのに、太陽ですら火炎の悪辣さを薄めることができない。右往左往する消防団を押し除けて、ようやく到着した消防隊がホースを展開したが、手遅れなのは誰の目にも明らかだった。
 躊躇いつつスマホのシャッターを切る。が、後悔してすぐに消した。あの映画の舞台となった栗生分校。その味わい深い木造校舎を眺めたかっただけなのに、ずいぶんな場面に遭遇してしまったものだ。

 簡単に気を取り直せるものではないが、次の目的地に向かった。タケルとシズカの出会いの場面となった登戸神社は、山の中程にある。石造りの鳥居からは見上げるほどの石段が連なっている。はずだった。斜面がまるで蜜柑の皮をめくったように削り取られている。もっと近づきたかったが警察の規制線に阻まれて叶わない。ただ、神社が土砂崩れに巻き込まれて崩壊したという情報だけは得た。

「言われなかった?」
 セミの声に紛れて聞こえたのは人間の言葉だ。立ち止まってあたりを見回す。背後に小さな女の子が立っていた。
「人の嫌がることをしちゃいけないよって」
「なにか、おじさんが嫌がることをしたかな」
「してるよ」
「どんなことをしたかな」
「覚えてるじゃん」
「なにを」
「シズカのこと。覚えてるじゃん。それ、嫌だってよ」
「それって『星空のテンプレート』の登場人物のこと?」
 少女の目がつり上がる。
「人の嫌がることをしちゃいけない」

 私は三ヶ所目の目的地を訪れた。下針山駅は、タケルとシズカが別々の道を歩むラストシーンの舞台。廃駅となった今も駅舎は健在だ。やや離れた跨線橋に立ち、全景をレンズに収めたところで、ちょうど奥から列車がやってきた。スマホの画面越しに見る列車は、明らかに減速している。そして、停まるはずのない廃駅に停車した。それは丸いタンクを連ねた貨物列車だった。

つづく

電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)