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綿帽子 第八話

いつの間にか眠っていたようだ。

また夢を見た。

俺は通勤電車に乗っていた。

人影はまばらだ。

同じ車両の少し離れたところに、黒髪で真っ白のワンピースを着た女が座っている。

髪の毛は肩よりも長く、顔ははっきりとは思い出せないのだが冷たい表情をした女だ。

やがてとある駅に着いた。

俺が下車するとその女も一緒に電車を降りた。

その女が先を歩き、俺も同じ方向に向かって歩いていた。
少し進むと、左斜め前方に人だかりができていることに気がついた。

不思議に思ってそちらに目をやると、何かに向かって行列ができている。
その場所だけやたらと光り輝いている。

どうやらテレビ番組のロケをしているようだ。

アナウンサーというか、MCをする人が看板を持って立っている。
明るいのは照明が当たっているからなのだろうか?

俺は行列の一番後ろまで歩いて行き、先頭を覗き見ることにした。

「何だろう?」

皆んな何かを手に持って水を汲んでいる。

「いや、飲んでいるのか?」

おかしなものだが、駅のプラットホームに水飲み場があり、その地方の名水が湧き出ているようだ。その水を飲むために行列ができている。

「そうだ、さっきの女はどうしたのだろう?」と後ろを振り返ってみた。

先を歩いていたのだから後ろを振り返るというのも妙な話だが、ここは夢の中、とにかく俺は後ろを振り返った。

「いない」

「というか何もない」

人気もなければ乗ってきたはずの電車も見当たらない。

周囲ををぐるりと見渡してみたが、存在するのは黒の空間、果てしない闇だけだ。

「そんなはずはない」

ともう一度後ろに目をやると、50mほど後方に微かな明かりが見えてきた。

明かりの中心に電車のシルエットのようなものが浮かび上がっている。

どうやら別路線の電車が止まっているようだ。

段々と電車の輪郭から内部まで全てがくっきりと見えてきた。

「うん?」

窓越しに女が無表情のままシートに座っている姿が見える。

この電車に乗り換えたようだ。

あまりに無機質で、まるで感情を持たない何かがそこに座っている。

「これ以上見ないほうがいい」

本能めいた何かがそう言った。

俺は右腕を両目と平行な位置に持ってくると、女と自分との間に壁を作るようにしながら後退りをした。

そしてあるはずがない柱の影に隠れた。

視線を合わすことで絶対的な負の奈落に引きこまれそうな、そんな気がしたのだ。

やがて発車のベルが鳴り響き、電車は音もなく走り出した。

電車は真っ暗な、底知れぬ闇のような空間に向かって突き進んでいく。

俺は完全に電車が視界から消え去るのを見届けると、大きくため息をついた。

そしてまた水飲み場の方に目をやった。

すると、大勢並んでいたはずの行列がなくなっている。

「あれ?みんな何処に行ったのだろう」

と思った途端、突然モーゼの十戒の如く道が開けて俺の順番がやってきた。

「え?」

多少驚きはしたが「これこそ正しく神の掲示」

かどうかは定かではないが「順番を譲ってくれた人達よありがとう」と素直に感謝をしながら前に出た。

水飲み場には蛇口があってその下に窪みがある、そこに綺麗な水溜りができている。

俺は窪みの右側に置いてある柄杓を手に取ると、溢れさせるようにしながら水を汲んだ。

そして柄杓の端を口に当てると、そのまま一気に喉へと流し込んだ。

味は特に美味しいとも感じなかったので、本当にこれ名水なのかな?
と思いながら頭上を見上げると、不思議なことにさっきまで無かったはずの駅名が書いてある。

「長谷寺」

そこで目が覚めた。

リアルな夢だった。

明晰夢というのだろうか?

しばらくぼんやりと考えていたが、駅で別れた女に見覚えがあるのを思い出した。

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