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短編小説

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#ジャズ

『バリサク吹き・玲奈の場合 ~ジャズ研 恋物語 Another story 5』

『バリサク吹き・玲奈の場合 ~ジャズ研 恋物語 Another story 5』

 今日は、7月のとある日。
 昼過ぎに、学食に来た。菊田こと涼介との待ち合わせ場所だ。
 貧乏学生でごった返し騒がしいピークタイムを過ぎて、徐々に人の減っていく学食の窓際の席に彼は一人で座っていた。何も言わず歩み寄った。
 「涼介、お待たせ」と言って、隣に座る。涼介はテーブルの上に譜面を置いて、書き物をしているようだった。
 「大丈夫、ちょうど曲のネタが浮かんだから書いてたとこ」とのこと。
 「楽

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『結婚式、準備しますよ』

『結婚式、準備しますよ』

「そろそろ打合せ行くで。準備はどや?」優斗が聞いてくる。あたしは「んー大丈夫」と答えて、少しの荷物をまとめて2人で部屋を出る。

今日は挙式前の最後の打合せだ。優斗は準備万端に資料を整えているようだった。マメというか細かいというか、あたしの出る幕はドレス選びぐらいのもんだった。後は全て彼が話を進めていた。こんなとこでもデキる男である必要はないけど、安心して彼の背中を頼りに見つめていた。

挙式会場

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『DINNER WITH FRIENDS・それぞれの場合 ~ジャズ研 恋物語 Another story 4~』

『DINNER WITH FRIENDS・それぞれの場合 ~ジャズ研 恋物語 Another story 4~』

 ある日の昼頃、大学で部活が一緒だった菊田から連絡が入った。オフィスを離れエレベーターホールで内容を思案しながら、電話を折り返す。
 「今度、数人で晩メシでもどうよ? 藤川さんも誘って、さ?」という中身。藤川は俺の彼女・桜子の苗字だ。二つ返事で快諾した。桜子もきっと喜んでくれるはず。
 オフィスに戻ると、営業課で直属の先輩の大貫さんが意地悪く言う。「篠崎、ヒマそうにしてっけど頼んだ資料終わってるん

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『セレンディピティ・沢渡美樹の場合 ~ジャズ研 恋物語 Another story 3~』

『セレンディピティ・沢渡美樹の場合 ~ジャズ研 恋物語 Another story 3~』

 先代の部長こと、ピアノの菊田先輩からモダンジャズグループの部長職を引き継いで、はや3か月。まだまだ分からないことだらけで手探り状態だけど、菊田さんからアドバイスもちょいちょいもらえてるし、同期や後輩のみんなも協力的で本当に助かっている。うん、これならやっていけそうだ、と少し自信がついた頃合いだった。
 そんな梅雨入り目前のある日の夕方に、スタジオでF年のアルトの篠崎さんに声をかけられた。
 「沢

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『ジャズピアニスト・菊田の場合 ~ジャズ研 恋物語 Another Story 2』

『ジャズピアニスト・菊田の場合 ~ジャズ研 恋物語 Another Story 2』

 部活ではF年(大学4年)となり、部長職から解放された俺はいま、スタジオで伴奏のピアノを弾いている。相手はバリトンサックスで同級生の玲奈だ。たまたまスタジオで出くわして、「菊田ァ~、ちょっとセッションしない?」と玲奈から持ちかけられたら断る理由が…うん、ないんだなこれが。これが彼女への宛てのない片想いというやつか。

 玲奈はバリサクらしからぬシルキーで繊細な高音から、エッジの効いた図太い低音まで

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『御茶ノ水での素敵な買い物 ~ジャズ研 恋物語 Another Story 1~』

『御茶ノ水での素敵な買い物 ~ジャズ研 恋物語 Another Story 1~』

 「わー篠崎先輩! ごめんなさいっ、お待たせしちゃいました…」彼女は改札の向こうから、いつもの清楚なファッションと肩ぐらいまで伸びた黒髪で、息を弾ませながら現れた。ちょっとうろたえる彼女も、またかわいい。口には出さないけれど。
 「ん、いいよー佐々木さん、気にするほどでもないさ」とJR御茶ノ水改札を出たところで待っていた俺は、彼女に向かって手を挙げる。普段、時間には正確な彼女でもこういう日があるの

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『夢の続きはわたしと』

『夢の続きはわたしと』

 わたしには、最近彼氏が出来た。
 彼はバツイチで、子供はいない。歳はわたしの3つ上。学生時代には同じジャズ研究会・通称MJGで同じ楽器で、「先輩」と呼んで一方的に慕っていた”あのひと”だった。

 叶わない恋だと学生時代は一度諦めた。だけど、去年の11月にたまたま顔を出した大学の部活の学祭のステージで彼と再会し、わたしはもう一度、恋に落ちたのだ。
 こんな奇跡が、この世界にはまだあるんだ…とわた

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『My One And Only Love ~ジャズ研 恋物語~ 21』

『My One And Only Love ~ジャズ研 恋物語~ 21』

 今日は久しぶりに、欅並木ではなくキャンパス内を歩いて部室棟に向かう。1号館のすぐそばで咲き始めた桜の樹のほとりで立ち止まる。この樹の下で、全てが始まった。はじめて桜子さんを見た場所。そうして当てもなく途方のない恋に落ちた場所。
 季節は3月…今日は桜子さんたちの卒業式だ。
 
 俺は部室のドアを開ける。中には数人の部員がいて、相変わらずテレビゲームに興じていた。またマリオカートだ。
 「おらぁ、

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『La Fiesta ~ジャズ研 恋物語~ 20』

『La Fiesta ~ジャズ研 恋物語~ 20』

 学祭はいよいよ2日目。
 代わる代わる部員たちの熱のこもったステージが繰り広げられる様子を見ながら、MJG全体のポテンシャルが上がっていることを感じていた。
 学祭では代々、部長のリーダーバンドがトリという伝統があるため、菊田組の【菊座衛門】は今年度のラストステージと決まっていた。桜子さんと俺のバンドは、そのひとつ前の出番だった。
 「そろそろだろ。篠崎、楽しみにしてるぜ」控室でビールを飲んでい

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『Just Friends ~ジャズ研 恋物語~ 19』

『Just Friends ~ジャズ研 恋物語~ 19』

 秋の訪れを感じさせる頃、俺はスタジオで練習していた。他のメンバーもいる中で、佐々木さんもいた。俺はサックスを提げたままピアノに座り、コードを鳴らしながらサックスを吹いていた。
 実のところ佐々木さんには、俺から一方的に気まずい空気を感じている。
 というのも先日のこと、生まれて初めて告白とやらをされたのだ。佐々木さんから。

 「篠崎先輩のことが好きなんです!」
 ある日の練習帰り、欅並木の途中

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『All The Things You Are ~ジャズ研 恋物語~ 18』

『All The Things You Are ~ジャズ研 恋物語~ 18』

 桜子さんが内定をもらったのは、日本に本社のある某有名楽器メーカーだった。俺はあとでそのことを聞いてびっくりした。あの人、本当に俺のアドバイスを真に受けたらしい。桜子さんの大事な人生の岐路に、俺がいた事は何だか少し誇らしいといえばそうなのだが。
 さてMJGといえば、毎年恒例の夏合宿に突入していた。仕切りは既にD年に任せているので副部長としてやることはあまりない。部員が呑み過ぎで度を越したバカをや

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『My Favorite Things ~ジャズ研 恋物語~ 17』

『My Favorite Things ~ジャズ研 恋物語~ 17』

 5月のある金曜日の夕方、セッション前の練習も兼ねて部室もスタジオも部員であふれていた。俺は部室で当時異常に安かったマックのハンバーガーをカーペットの上に6個並べて、黙々と食べていた。玲奈をはじめとする沢渡・荒川姐・沢木のガルバン部隊からは「副部長、何かの宗教儀式みたいで気持ち悪いです」と言われていたが、しょうがない。腹が減ったし、この後のセッション用の燃料だ。黙々と食い続ける。
 「てめーこんな

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『You Don’t Know What Love Is ~ジャズ研 恋物語~ 16』

『You Don’t Know What Love Is ~ジャズ研 恋物語~ 16』

 前回のセッションから3週間ほど経った土曜日。C年の佐々木さんは親を説得して楽器購入の許可をもらったらしい。そして約束だった楽器購入ツアー@御茶ノ水に、俺は彼女と同行している。堀沿いの木々もすっかり新緑だ。
 「音を変えるなら、楽器本体と同じくらいマウスピースの検討が必要だな。いずれはそっちも考えよう」と御茶ノ水の坂を下りながら、楽器屋を訪ねていく。そういえば前にも桜子さんとこうして御茶ノ水を歩い

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『But Not For Me ~ジャズ研 恋物語~ 15』

『But Not For Me ~ジャズ研 恋物語~ 15』

 新歓シーズンも終わり、部活には8人の新規部員が仲間入りした。その中に、新歓時期の出会った斎藤くんと佐々木さんの姿もあった。部長の菊田に報告すると、「おー、またたくさん入ったな」と遠い目をしている。本当に桜子さんたちの役職人選、間違えてないだろうか。
 そんなある日のセッションのことだった。
 E年D年が中心のコンボを、C年が見学するのは相変わらずだったが、既に斎藤くんは慣れないながらも果敢にセッ

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