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2050年 83歳の挑戦 房総半島沖大震災を越えて-後編【2050年の大多喜無敵探検隊-04】

 今から四半世紀前に私の故郷を襲った房総半島沖大震災ぼうそうはんとうおきだいしんさい
震災直後の私は、内陸部のためか被害が比較的に軽微だった大多喜町の実家に往復しながらも、その実家を拠点に、何度も被災地の海沿いに出向いた。外房市や安房市の親戚や知人の安否確認のためだ。
そのとき目にした壮絶な光景は、2050年になった今でもしっかりと覚えている。目を閉じると、まるでさっき見てきたことのように詳細に思い出せるんだよ。
道路一本だけを残して、住民もろとも奇麗さっぱり消えてしまった集落もあったな。ある海水浴場では海岸自体がなくなり、代わりに切り立った崖になってしまってたっけ。
そして毎日のように、安否がとれない行方不明者の数だけがどんどん増えていったんだ。

(津波に削られ、海岸線が消滅した外房市勝浦 部原海岸の様子)


思えば、あの震災から私の人生も大きく変わったなぁ。


 その後の私は、地元の政治家さんたちや被災地の自治体の後押しを受け、震災復興の大義名分の名のもとに、故郷で地方創生事業をはじめることになったんだ。その最初の事業が都会人向け火葬場事業、聞こえよく言うと都市型葬斎場そうさいじょう事業だ。
高齢化と都市部の火葬場不足に対処するべく、外房市と睦沢むつざわの間の山林地帯、外房市須賀谷すがや地区に、24時間稼働の火葬場を、‥いやいや、葬斎場を建設したんだ。
60歳の弱小IT屋の転身にしては、ちょっと常軌を逸した決断に思われるだろうけどね、あの疲弊した時期に、ここで儲かるビジネスをやるにはこれしかないという閃きかな。逆に私は勝機すら感じたんだ。
まぁ被災地の房総半島で大規模な葬斎場施設の建設は、この地域一帯のマイナスイメージをさらに強くするだけじゃないかとの声も多々あったけどね、そこは私も細心の注意で取り組んだよ。
でもね、甚大な被災地の房総半島で、観光客すら怖がって寄り付かなくなってたんだ、ここのイメージなんて、これ以上低くなりようがないじゃないか。そんな目先のプライドなんかよりも、今この地で確実にお金が儲かり、そして地域を潤せるものが欲しかったんだ。

主なターゲットエリアは、火葬場が足りず慢性的に火葬待ちのバックオーダーを抱える東京都内や千葉市などの都市部と、その近郊の人口密集地域。都会向けにリタイア世代の運転手と霊柩車を大量にそろえ、さらに地元の議員さんや自治体の支援、宣伝も貰えてスタートしたんだが、これが思ってた以上にうまくいってね。
その結果、用意していた20台の霊柩車でもすぐに足りなくなり、バタバタと外房市で人材募集と霊柩車探しだよ、まったく嬉しい悲鳴だ。
おかげさまで葬斎場建設のためにいろんなところから借りた莫大なお金も、とっとと繰り上げ返済が出来たんだ。

今だからいうけど、自治体や地元の政治家さんたちの後押しもあり、復興支援という名目で金融機関や国から何十億円ものお金を借りることはできたけど、なにせこんな大金だ、きっと私は死ぬまで完済なんてできないだろうと開き直っていたんだよ。あの世にお金は持っていけないのと同様に、借金だって持っていけないだろうとね。
もちろん残された家族には迷惑が掛からないように、私が死んだら借金も残らないようにはしておいたけどね。
でもこのビジネスは成功した。私の人生で久々のヒットだったよ。
この成功は、私に大きな自信を与えてくれたんだ。

(葬斎場の108基の火葬施設)

私の葬斎場事業は、やがて予想以上の都市需要にこたえるべく、徐々に火葬炉を増設して稼働率もあげていき、最終的に炉の数は108つにまでなった。ここまでの規模の火葬場は、国内では前例がないということだ。
108つの炉の数は、もちろん仏教の百八つの煩悩にあわせて作ったのさ。

そんなうちの葬斎場を訪れる霊柩車の数はちょっとすごいぞ。一日に大体300体、多い時で500体近くの仏さんがここで荼毘だびに付すのだ。つまり毎日300台から500台の霊柩車が、一年365日、昼夜問わず私の葬斎場に集まってくることになる。
この次から次にやってくる霊柩車の車列に関しては、NHKのニュースでも取り上げられて、一時は全国的にも話題になった。
でもそれがきっかけになったのか、圏央道自体が霊柩車通りなどと、たいそう縁起でもない呼ばれ方をされるようになって、終いには高速道路の管理団体NEXCO東日本から正式にクレームがきたんだよ。なんでもイメージが悪いので改善してほしいって言うことだ。
何を改善しろっていうんだろう、霊柩車を赤や黄色に塗ればいいのだろうか?それともトラック野郎の一番星みたいにギンギラギンに電飾でもつけたらOKなのか?
逆に毎日これだけの数の霊柩車で高速道路をさんざん使ってやってる大口顧客なんだ、感謝してほしいぐらいだ。たまには菓子折りぐらい持ってきてくれたっていいんだぞ。
私は当然、彼らNEXCO東日本のクレームを無視した。

(千葉県の圏央道を南下する霊柩車の車列)

そんな私の葬斎場周辺では、都会から仏と共に訪れる遺族の懐を当て込んで、自然発生的に飯屋や宿泊施設などが幾つも出来たし、疲弊する地元の葬儀場や墓地、お寺も友好的に取り込むことができて、まさに「火葬場から墓場まで」のビジネスフローが確立できたんだ。
キャッチコピーは
都会でがんばった仏さまを
永遠の静寂の地、房総で癒しましょう
安心安全の永代供養
‥だ。
人は誰でもいずれは死ぬし、人口密集地なら常に一定数の死者が自然に出る。潜在顧客のベースがこの通りしっかり揺るぎないので、この事業は今でも当初の見込み通りに安定した収益を生み続けているし、利益以上に十分に人助けになっていると自負している。
なにより過疎と房総沖の震災で疲弊したこの地を十分活性化できているじゃないか。地元からは何十人も雇用をしているし、さらに私自身は一切頼んでもいないのに、飯屋や宿泊場が幾つも近隣に出来たし、今では葬儀に関係ない近隣住民までが、日常の食事や買い物をしに、それらのお店を訪れているよ。私は地域経済に立派に貢献をしていると思うんだ。

(外房市の外れの里山に建設された大規模葬斎場の外観)

しかしそれでも古くからの住民には、相変わらず私は良い目で見られていないようだ。まぁ彼らからすればオレたちの故郷は都会人の墓場じゃないという論法だ。挙句に私を死の商人呼ばわりする御仁もいたぐらいだ。
死の商人かぁ、まるで私が大量破壊兵器でもどこかの国の独裁者に売りさばいているようじゃないか。あれにはまいったね。
まぁ夢やロマンからは著しくかけ離れたビジネスではあるし、縁起でもないと毛嫌いする人もいる業種であるのは認めよう。でも間違いなく必要ではあるし、現に大いに世の中に役立っている、地元も十分に潤っている。
おかげでこの事業は年々規模を大きくすることができて、その資金力を元に、私はさらに他の新しい事業にも手を出しやすくなったんだ。


 そんな地方創生事業の第二弾は、一人世帯の老若男女や、結婚をしない独身男女向けの介護アンドロイドの製造販売、今度は夢もロマンもたっぷりだ。子供のころにアニメで見た新造人間キャシャーンのアンドロ軍団も、さぞや驚くに違いない。
私はその工場設備を、大多喜町の船子ふなこに作ったんだ。この船子一帯には地方自治体が運営する住宅地計画があったのだけど、人口減少のため思ったように土地が売れず、そこで区画の一番隅っこをまとめて借り上げて自社工場施設を作ったというわけだ。

アンドロイドなんていうと、なんだか私がものすごい偉業を成しえた成功者のように誤解されるかもしれないが‥、実のところ、今の時代じゃアンドロイドの製造販売なんて特に目新しい事業じゃない。
現在のロボット技術は、量子コンピューターとAI、もっというとAGIASIの進歩に引っ張られる形で高性能化がめざましく、とうの昔から人間の知能や運動能力を凌駕している。そんなロボットやアンドロイドは、法規的にはともかくも、まさに新しい「人類」と呼べるだろう。
また各部ボディパーツも国際規格が統一されたことで細分化や特化が進んだ。それらをコストや目標性能を踏まえた上で、ユーザー好みのアンドロイドに組み上げるのだ。あとは用途に応じたデザインや質感、そしてオペレーションシステムなどの味付けの違いじゃないだろうか。
ちょうど私が若かったころに、秋葉原でせっせとパーツを買い集めては、安くパソコンを組み上げてたのと同じ要領だ。

(介護用アンドロイド製造工場の様子 アンドロイドがアンドロイドを作っています)

そのうえで私の会社では、建設作業用や工業労働系のロボットではなく、あくまでも人間のパートナーとして、人と共に過ごす介護系の人型ロボット、つまりアンドロイドを作っている。それゆえに出来る限り人間と変わらない姿や喋り方、身のこなし方を重要視している。
うちの最新版ではとことん人に近づけるために、心拍音や呼吸、体温のぬくもりや触れたときの感触はもちろん、アンドロイドの設定年齢や性別に伴った「体臭」も人工皮膚の表面から発散するように作りこんでいる。
そう、人間以上に人間らしさを目指しているんだ。
ただしその完成重量は、運搬やメンテナンス時の効率性から、標準的な人間の体重より、ずっと軽めに作っている。例えば身長160cmの女性なら、その重量は平均体重の凡そ2/3ぐらいだ。生身の人間ならダイエットしても中々出せない体重だし、逆に何かの病気が疑われる体重だよ。
そしてもっとも大事な部分、思考能力や判断力については、それぞれのアンドロイドから逐次データを集めて一旦ASI、つまり人工超頭脳で精査分析されたあと、個人情報などをクリーニングした上で、今度は稼働する全てのアンドロイドたちに経験値として共有される。この図式は、心理学者のユングが唱えたものに似ているな。人間の潜在意識化の集合知と同様のものが、私のアンドロイドたちにはあるということだ。

結局のところ、アンドロイド製造販売事業も、その見た目の美しさや性能だけじゃなく、内に秘めた「心」のようなものが昨今では差別化につながってきており、この辺りではうちのアンドロイドは、とても「人間らしい」「安心できる」と定評があるのだ。そんな介護アンドロイドの製造組み立てラインを、大多喜町に建てて既に10年が経つ。
まぁ本当は私の実家があった大多喜の旧市街に建てたかったんだがね、まぁ古くからの地主たちが嫌がってね。そこで川向うの、戦国時代は古戦場だった大多喜町の船子に建てたんだ。
でも結果的にはこの場所で良かったと思うよ。ここは国道沿いで、物資の搬出搬入にも重宝している。歩いて行けるところにショッピングモールのオリブもあるので、社員たちにも受けがいい。
もちろん大多喜町での雇用促進にもつながっているし、当然のごとく市に税金もしっかり納めているぞ、‥赤字だけどね。

また、この工場では先の葬斎場以上に、定年でリタイアした人を中心に雇用している。うちの最年長は、私より年上の製造部ゼネラルマネージャーキヨさんだ。キヨさんは確か今年で89歳だったな、ついこの前が誕生日で、工場で誕生日パーティをやるからと私にも呼び出しがかかり、今日のようにレディの運転でイソイソと来たんだったよな。
なんでもキヨさんは、毎日セカセカ働いていると気持ちも体も若返るんだそうだ。そんなわけで、今日も彼女は嬉々として現場を仕切ってくれていることだろう本当にたのもしい。
だから今日も私は邪魔しちゃ悪いし、工場には寄らずに帰るつもりだ。万一工場の皆にも見つからないよう、迂回して帰ろうかな?
決してキヨさんに会いたくない訳ではないので誤解なきよう…。

(介護用アンドロイド製造販売会社の企画設計室の様子 中央の白い髪の女性が御年89歳のキヨさん。実はキヨさんは美容整形の延長で、今ではほぼ全身サイボーグなのであった。)

 そもそも、なんで私はアンドロイドを作ろうとしたのか?
2050年現在、この国には独身で暮らす男女は凡そ4,000万人もいる。日本の総人口の半分近い人が現時点で一人世帯なのだ。
中には私と同年齢になるまで、ずっと生涯一人で暮らしている人もいる。
しかし人間とは、いくらどんなに孤独が好きな人であったとしても、決して一人では生きられない。そして、その心の奥には無意識に他者とつながりたいという本能があるものだ。
その他にも、一人世帯のままで重い病気を患い、そのまま誰にも看取られずに孤独に亡くなる人も数知れない。その昔は孤独死などと度々ショッキングな話題としてニュースで取り上げられた時代もあったが、今では当たり前になりすぎて、ご近所の話題にすら出てこない。
そんな現代の孤独な人々のメンタル面のケアはもちろん、毎日の介護や健康管理をさりげなくこなし、いざというときに然るべき機関に連絡・連携ができる伴侶を私は作りたかったんだ。
だから手軽に身近に置いてもらえるよう、安い自動車一台分のお手頃価格で手に入るようにしたし、リース契約なんていう得々プランも考えた。
おかげで好評だよ、でも売れば売るほど何気に赤字なんだがね。
ちなみに私のアンドロイドたちの思考力の試作先行プログラムが、今この車のAIと同期しているコンシェルジュプログラムのレディだ。実のところ彼女は、先のASIが、コンピューター本体からそのまま飛び出した表の顔みたいなものだ。
つまり彼女は、私の作るアンドロイドすべての母でもある。

そういやこの事業を始めて間もない頃は、私のアンドロイドたちを大いなるセクハラ歩くオトナのオモチャ存在そのものが卑猥などと、散々アダルト産業みたいに言われたんだよ。まぁ確かにそういう風にも使えるけどね。
でもその結果、私自身も世間にスケベ大魔王とか呼ばれたね、先の死の商人よりゃ幾分マシな呼ばれ方だけどね。
まぁでも、ユーザーたちのオーダー記録をみると、女性の場合は小学生や中学生の男女、つまり子供や孫タイプを好むのに対して、男性の場合は皆が皆、若い女性タイプを好む。それにうちのアンドロイドは夜の営みも余裕でこなす。この時点で男性ユーザーの目先の願望が丸わかりだよ。でも単純明快で、むしろ清々すがすがしいぐらいだ。私はいいと思うんだがね、第一生きているってそういうことだろう。
まぁでも世間はそんな好奇な目で面白おかしくうちのアンドロイドたちを見てたんだろうね、最近じゃ少しは理解されるようにはなったと思うけど、それでもまだまだそんな色眼鏡で見てる人は少なくないんじゃないかな、仕方ないね。だったら私は永遠にスケベ大魔王でかまわないよ、言いたいやつには言わせとけ、とね。
でも、そんなクソもミソも一切合切呑み込んだ、高貴で無様でどこまでも複雑怪奇な一人の人間の、その人生をささえる身近な存在っていうものが、誰にでも必要じゃないかと私は思うんだよ、
それがたとえ機械仕掛けでもね。

(わが社の最新型高級アンドロイド 映像は白人女性タイプ「Naomi-1.52」型)

そんな私の考えが、間違っていなかったと感じられるエピソードがある。
身寄りのなかったユーザーが、その遺産相続先や後見人として、この私を指名するケースが以外に多いのだ。
確かにどんなに可愛がったアンドロイドであろうとも、機械ゆえに遺産相続はできない。だから孤独死をした人は伴侶であるアンドロイドの親、つまり製造元のこの私を、私に許可なく大体一方的に遺産相続人や後見人に指定してくるんだ。
つまり、そこまでうちのアンドロイドを人生の伴侶と思って大切にしてくれたということなんだよね。実をいうと親兄弟でもない人から相続や後見人などに指名されると、対応がものすごく大変なんだけどね、でもこれもご縁と引き受けさせていただいている。
私は、そんな亡くなったユーザーのご遺体をもちろん引き取り、そして伴侶だったアンドロイドと共に、先の葬儀事業で連携しているお墓に手厚く葬らさせていただいている。その伴侶のアンドロイドにも感情はある(と私は理解している)ので、この先どうしたいかを直接聞き、どうしても新しいオーナーを探すのがつらい場合は、私は先の葬斎場や、大多喜のアンドロイド工場で働いてもらっている。

どうだい、うちのアンドロイドはすごいだろう。
自慢じゃないが生身の人間に引けを取らない自信がある。
人間の子供を産むことだけはできないけどね。
でもすごいだろう。
だけど赤字なんだよね。


 そして葬儀業、アンドロイド製造販売業に続く、地方創生事業の第三弾が、外房市の山田地区を中心にした大規模機械化農業を行う農業法人だ。これは私の幼馴染の勇一が社長で、この私は会長職という名の、いわば彼の財布係なんだけどね。
この事業の発端は、勇一の両親がこの大原‥、外房市の山田地区の出身で、先祖伝来の農地や親族が持っていた休耕田を、相続人が他におらず全部抱え込むことになって、それらをどうするかという問題にさんざん悩まされていてね、相続税も含めて税金だけでも大きな金額だったんだ。
あぁそうだ、税金問題のストレスでゲッソリくたびれた勇一が、妙に漫画みたいで滑稽だったんだよ、私は思わず笑っちゃったんだ。
やつはそんな私に、まるで子供のころのようにプンスカ怒ってたっけ。
そこで私は「ならばいっそ勇一が会社を作って農業をやればいい、土地を全部引き継げばいいじゃないか」と勧めたんだ。
笑ってしまった責任なのか言い出しっぺだからか、私はその農業法人の資金や機材調達の相談を受けることになり、そのうち地元の銀行をはじめ地方自治体、地元の議員の協力を得られるよう手をまわす役割で、この会社の会長職に就いた。
最初はずいぶんと物入りで、お金に羽が生えて飛んでいくような有様だったけど、それでも最近では黒字がぽつぽつと出るようになったんだ。
なによりこの手の産業は、日本の食料自給率の上昇を目指す政府や地方自治体からも期待されているので、融資や出資も取りやすくて非常に助かる。

一昔前の話だが、あの第三次世界大戦下の大不況や、戦争に伴う輸出入制限や規制などで、この国は一時的に飢饉のような状態になった。
ネット上では闇市のごとく食料品が法外な価格で取引されるようになり、政府が本腰を入れて規制をしたほどだったんだ。そりゃ規制しなきゃ国家存続にも悪影響が出る、21世紀にもなって百姓一揆でも起きたら大変だろうし、当然といえば当然のお上の判断だろう。
その後、政府は国内の食料自給率改善のために農地法の改革をはじめ、農業に関するいくつかの法規の改善に取り組み、短期間のうちに法人や未経験の個人でも、農業をはじめられやすいよう法律を整えてくれた。 そんな背景からか、外房市の自治体や地元の政治家たちの後ろ立ても取りやすくなり、葬儀業やアンドロイド工場を始める時よりも、それはそれは順調に話が進んで今日に至るわけだ。 ‥とはいえ、ここまで私はずいぶんお金をつぎ込んだんだけどね。第一ここまで何年かかったことか。
相手が自然だと、いくら最新技術を使っても中々上手くいかないもんだ。
儲かっている葬儀業からの利益が、この農業法人とアンドロイド製造業に喰われていたけど、こっちで少し黒字が出だしたんで、ようやくトントンって塩梅だよ。
まぁでもね、私もいい歳だ。いくら稼いだってあの世にゃお金は持っていけないし、これはこれで良かったのだろうと今は考えている。
それに私に長年こびりついた死の商人スケベ大魔王など数々の汚名返上の、最後のチャンスかもしれないぞ。


 すでに車は、寂れた国吉の町なかを通り過ぎて新田野駅前にったのえきまえを通過、外房市の山田地区に入っていた。
勇一は、この機械化大規模農業が上手くいったことで、今度は調子に乗って大原のイセエビ漁やアワビ漁の漁業分野にも手を出そうとしているようだ。今日はそんな話を聞かされるのだろう。準備はもう始めているよ。
この地域特性を考えたら、とってもいい案だと思うんだ。房総半島沖大震災以降、過疎と高齢化もあって、このあたりは漁業も元気がなくなっていたからね。
勇一と始めた農業法人に続き、養殖も念頭においた漁業法人を立てて、この外房の海を昔のように元気にする、ここまで出来たら私は本望だ。これで私は故郷に胸を張って恩返しが出来るってもんだろう。
ただ心配なのは、レディが早々そんな提案を許すかどうかだな‥。
農業法人がほんのちょっとだけ黒字になったとはいえ、まだまだ安定には程遠い。介護アンドロイド製造販売も、先の通り赤字を垂れ流しだ。葬斎場以外は基本的に儲かってるとは言い難い状態なんだ。
実は、レディは単なるお飾り秘書じゃなく、私の経営するそんないくつかの会社の、そのすべての管理をリアルタイムで行っている。彼女は仕事上でも私の大事なコンシェルジュなのだ。それゆえに、もちろん勇一の会社の情報も最新データまで洩らすことなくすべてを把握しているし、さらに彼女の几帳面な性格から、常に忖度ない辛口の突っ込みで口を出す。
勇一は、そんな小うるさいレディのことが大嫌いで、しまいにはレディに阿鼻雑言、最後には差別発言やセクハラじみた物言いまでする始末だ。あげくは猿みたいに彼女にモノを投げつける。私はこれには毎度ながら頭が痛い。せっかく良いことを言っても、それじゃ台無しなんだ。
しかしな勇一、今日はそんなおまえに対して新兵器を持参した。
おまえははっきりいって昔から女に弱いよな、私は知っているぞ。そのうえで今回、レディの筐体きょうたいを用意したんだよ。見た目は同じだけど、いつものホログラムじゃないので存在感がまったく違うぞ、なにせ人間以上に人間らしいと評判の、この私の会社の介護アンドロイドがベースの特注品だからな。だから彼女にモノを投げてはダメだ。おまえはレディがホログラムだと知ってるから、いつも彼女にモノを投げつけるんだろう、でももう通用しない。そんなことをしたら、彼女は本気で痛がって泣くからな。おまえは罪悪感に苛まれるぞ。
第一ああいう態度はあまりに失礼で、見ていて不快だ。おまえが機械仕掛けの幽霊だとバカにするホログラムの彼女にも、人並み以上に豊かな人格や感情がある、それは制作者の私が一番わかっている。少しは尊重したまえ。

そもそも勇一よ、君は私の大切な同志なんだ。この故郷を盛り上げようと、元気にしようと一緒にがんばる、それこそ子供のころからの、あの大多喜無敵探検隊の一番の同志じゃないか。
だからもっと胸を張れるような人間になってほしいんだ。

(ホログラム形態の「レディ」 その実態は「AGI」すら超える「ASI」コンシェルジュ)

 ‥とはいえど、まぁ実のところは、私は今日のことだけじゃなく今後のことも考えて、自社製造ラインでレディのボディを特注で作らせたんだけどね。この先も他所の会合などにアシスタントとしてレディを同席させる際に、今までのホログラムじゃなく実体があるほうが、色々と都合がよさそうだったんだよ。
あくまで私の感覚値なんだろうけど、実体があるのとないのでは、相手に与える説得力が大きく変わるように感じてたんだ。まぁ今のホログラムはよく出来ているので、見た目はどこまでも実体と変わらないんだけどね、‥なんというか、どうも人の潜在意識下ではホログラムだと察知されてしまうようで、無意識に軽んじられているように感じてね。
なんだか人間側の反応が微妙に違うんだよ。
また私がこの先、アンドロイドのレディを普段から連れまわすことで、介護アンドロイド業の宣伝にもなるのはまちがいないだろう。
ほんと、今回はちょうどよい機会だったよ。

だからといって、私の好みだけで自社ラインで特注アンドロイドを作るというのはだな、しかも若くて美人さんの女性アンドロイドとなるとだな、税理上はともかく世間体で色々リスクを背負うんだよコレが。そうでなくとも私は世間様から死の商人だのスケベ大魔王だのと呼ばれている。事実はともかく、少なからず社員たちの中にも私をそう思っている者がいることだろう。ここにさらに公私混同だと騒ぐやつが必ず出てくるんだよ。
現に大多喜工場で私の特注オーダーを引き受けてくれたキヨさんには、はっきりと大きな声で言われたよ、83歳にもなってこのスーパーエロジジィってな!
さらにちんちん虫とも言われたぞ。ひどいバァサンだ!
第一この年齢で、‥そ、そんな欲なんてとうの昔に枯れてるわ!
それよりなにより、キヨさんも御年89歳とはいえ女性だろうにハシタナイ、まったくなんてことをいうんだろうとびっくりしたよ。
しかしそれら想定しうる様々なリスクを承知の上で、今回敢えてレディの特注ボディを作ったというわけだ。
それもこれも勇一、まずは最初に貴様を屈服させるためなんだぞ、我ながら子供じみてるかもしれんがなワハハハハ。

(幼馴染 足立勇一の自宅兼オフィス 日本の古民家をアレンジしたネオジャポニズム建築)

 はてさて、ようやく勇一の職場兼住まいが田んぼの向こうに見えてきた。
途中寄り道をしたとはいえ、やはり市川市の私のところからは、ここは遠いな。相変わらず同じ県内とは思えない距離だ。
ほらレディ、あの大きな昔ながらの農家の屋敷が勇一の家だよ。実際のところ、昔ながらに見えるのは外観だけで、あくまで「昔風」に建てた現代建築だけどな。
よくよく見ると、子供のころによく遊びに行った同級生の農家の家と大分違う造りで、これが中々面白いんだ。強いていうならネオジャポニズムとでもいうんだろうかね、まったく勇一らしいこだわりだよ。

さぁレディ、そろそろ時間だ。君の新たな体を起動してくれないか。
「OKマスター」
彼女が短く言葉を返すと同時に、後部座席のアンドロイドの首がスッと持ち上がり、瞳がアクアブルーに輝きはじめた。この光は、彼女自身が筐体のシステムに同期し、問題なく起動をはじめているサインだ。
やがて瞳の色はいつものレディと同様に、魅力的な黒い色に落ち着いた。
彼女はこちらを向くと軽く微笑み、手を振ってみせた。レディ、上出来じゃないか。
いいかレディまずは作戦通りだぞ、最初に勇一と握手してやるんだ。きっとあいつ驚いて腰抜かすからな。面白いものが見れそうだ。

さぁパーティーのはじまりだ。


2050年 83歳の挑戦  房総半島沖大震災を越えて-編 


【注意】登場人物名及び組織・団体名称などは全てフィクションであり画像は全てイメージです…というご理解でお願いします。

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【2050年の大多喜無敵探検隊】
2050年 83歳の挑戦  房総半島沖大震災を越えて-編

【解説】
(※1)房総半島沖大震災とは、2024~2025年ごろに起きた大地震(私の空想です)。千葉県いすみ市の東沖10km地点と千葉県勝浦市の南東沖60km地点とを震源とするダブル海底地震。最初に勝浦沖で地震が起こり、間髪入れずにいすみ市沖でも大きな地震が誘発されて、千葉県の外房海岸線を中心に甚大な人的被害を出した。
(※2)外房市とは、現在のいすみ市、勝浦市、大多喜町、御宿町が合併して誕生した、房総半島南東部の市(私の空想です)。
(※3)安房市とは、現在の館山市、南房総市、鴨川市、鋸南町が合併して誕生した、房総半島南部の市(私の空想です)。
(※4)一宮茂原市はこの時代、茂原市を中心に、旧長生郡の一宮町、睦沢町、長生村、白子町、長柄町長南町を吸収する形で合併して誕生した、房総半島中部の市(私の空想です)。
(※5)AGIASIとは、ようはAIの進化系で、AGIは(Artificial General Intelligence(人工汎用知能)の略であり、さまざまなタスクに対して人間と同様の知識や能力を持ち、独自の学習や問題解決ができる思考力を持つ人工知能。本編中のアンドロイドは基本的にすべてAGIで動いている。
それに対しASIは、Artificial Superintelligence(人工超知能)の略であり、先のAGIがさらに進化したもので、あらゆるタスクや問題において人間よりも優れた能力を持ち、自己学習や自己進化により知識や能力を飛躍的に向上させ、そのうえ人間には解決が困難、もしくは不可能な問題でも解決策を見つけ出すことができる。物語中のASIは、アンドロイド製造会社に設置されているが、そのコンピューターから飛び出した表の顔ともいえるものが、実は本編中のレディになる。今回お話の中では、そのASIに直結するアンドロイドのボディが用意された形になる。
ちなみに2024年の現時点で度々話題になる「シンギュラリティ」とは、このASIの進化によって起こると予想される近未来の事態であり、その際、社会は多方面で大きく変化すると言われている。しかしこのお話の2050年では、とっくにシンギュラリティを越えている状態にある。
ではシンギュラリティとはなんぞや?なのだが、これは人工知能が人間の知能を超え、指数関数的に進化が加速する時点(技術的特異点)を指す。これにより、予測可能な未来が予測不可能になり、社会や科学技術は人間が理解できない速度で変化し、進歩すると言われて、多方面で恐れられている。

※文章が長かったので、前編と後編に分けました。

【2050年の大多喜無敵探検隊 趣旨】
先月、私の故郷、千葉県の大多喜町を含む夷隅郡市が揃いも揃って、2050年には「消滅可能性自治体」になるという分析結果が公開されました。この「2050年の大多喜無敵探検隊」は、いつもの私の昭和の子供の頃の実体験談とは異なり、2050年になった際に、故郷の大多喜町がどう変わっているのか、そして私自身どのように関わっていくべきかを様々な書籍の研究結果を元に書いてみた一種の「考察」と、私の「人生目標」というものです。日本国中、大多喜町のような消滅可能性自治体は、今後ますます増えていくと思われますが、その対策や向き合い方を、一個人としても目をそらさず、考えていきたいと思っています。

【2050年の大多喜無敵探検隊】

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