佐奈田堂(SANADA-DO)

昭和50年代 / 1970年代、千葉県の房総南部で過ごした子供時代の思い出を多少脚色してご紹介、しかし挿絵や写真は私が用意した物なのでヘッタクソです。房総半島 夷隅郡市の昔ばなし継承サイト『房総レジェンド』スピンアウトストーリーでもあります。その他、駄文散文WEBLOG雑記など。

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昭和50年代 / 1970年代、千葉県の房総南部で過ごした子供時代の思い出を多少脚色してご紹介、しかし挿絵や写真は私が用意した物なのでヘッタクソです。房総半島 夷隅郡市の昔ばなし継承サイト『房総レジェンド』スピンアウトストーリーでもあります。その他、駄文散文WEBLOG雑記など。

マガジン

  • 大多喜無敵探検隊【本編】

    本編だけをまとめたマガジン。昭和の田舎の子供だった私の、その頃の遊びや日常を振り返り綴った趣味の(自称)児童文学?です。act:1からまとめました

  • 駄文散文WEBLOG雑記

    趣味の(自称)児童文学『大多喜無敵探検隊』のお話以外の駄文散文日記ってところです。全く世の中にとってはどうでもいいことをダラダラ垂れ流しています。

  • オレのなつやすみ

    昭和50年代(1970年代)、房総半島南部の田舎町『大多喜』で暮らした小学生の頃の夏休みの想い出をまとめました。

  • 解説 大多喜無敵探検隊 佐奈田隊長回顧録とは?

    このお話の年代や登場人物、地域の解説です。

最近の記事

【雑記】亡き弟と従弟の想い出、町の過疎への憂いが、昭和の大多喜町を記す動機かと思います

 私は日常からの現実逃避のためか、ここnoteで時々『大多喜無敵探検隊』という、全く誰の得にもならないような自称・児童文学を書いて、ひとり悦に浸っておりますが、‥まぁなんでこんなモノを暇みてチマチマ書き記しているかというと、動機のひとつとしては、うちの子供の存在でしょうかね。結婚が遅かった私に子供が出来たこと、そして、その令和育ちの小学生のうちの子を眺めていると、昭和の自分の子供の頃とは何から何まで随分と違うよなぁとしみじみ感じまして、、 逆に考えると、今の時代からは大分特殊

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    • 【雑記】『正義の反対はもうひとつの正義だ。』幼い私は死神博士に教えてもらったのかもしれない

       『正義の反対はもうひとつの正義だ』  『正義の反対はもうひとつの正義だ』ネット・ミームで昨今流れるこの言葉、私は、これは真意であると思っております。 世は既に第三次世界大戦に入っていると囁かれています、その当事者同士もそうですし、企業間の取引だってそう、個人の慎ましやかな日々の生活に落とし込んでみても、幾らでも当て嵌まります。 このような考え方は、私個人としては、実は小学生になるかならないかの頃には何故かそれなりに理解できておりまして、、そんな思考のためか、仮面ライダーや

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      • 【雑記】幽霊ってなんでしょうね?大多喜城の城山の幽霊や如何に

        いきなりですが、幽霊ってつくづく何なんでしょうね。ふと過去にここに書いた幽霊話を読み返してあらためて思いました。 ↓ 『act:8-大多喜城 城山のお爺さん』 幽霊ってものは、自分では分かっているつもりでも、それを他者に具体的に説明する際に、色んな表現法で伝えようとした途端に陳腐になります。 上記の挿絵は、その一年近く前に書いた趣味の(自称)児童文学『大多喜無敵探検隊』の中の挿絵で、大多喜城の城山の幽霊の一人だったお爺さんの絵です。 なんというか、幽霊ってもんは、その遭遇

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        • act:14-オレの夏やすみ 大多喜の愛と平和を守るため【定例パトロール編】

           オレの夏やすみは忙しい。まずは毎朝5時に起床、昆虫スポットにてカブトムシやクワガタの確保を行う。これは大切な任務であり、そのための早起きなのだ仕方がない。そして大人から毎朝半強制的に参加を強いられるラジオ体操への出席を済ましてから一旦家路につく。 家に帰ってからはまず仏壇にお線香をあげ、朝ごはんを十分に平らげてエネルギー補給だ、その上で本日のノルマ分の夏やすみの宿題を片付けるのである。ここまで郷ひろみのような大スターでさえ怯みそうな過密スケジュールだが、多分誰より優秀なオレ

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          act:13-オレの夏やすみ 虫捕りラジオ体操、死神博士の記憶【早朝編】

           常に刑務所のような学校がない夏やすみは、オレにとっては人生最大のボーナスステージ。やりたくもない勉強をむりやり押し付ける授業がないばかりかオレに命令する先生もいない。あの憎たらしいナガサ一味(※1)らとも早々会わないのでケンカもせず毎日が心穏やかだ。今回はそんなオレの夏やすみの、華麗な日常を紹介したい。  『午前5時だOK!・・出動だぁぁぁぁぁーーー!』 オレは一人さけびながら飛び起きた。 夏休みのオレの朝は早い、毎朝5時に起床、目覚まし時計なんて鳴らなくともバッチリ目

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          【雑記】スーパー探検マシーン レッド・ロブスター号

           誰でも子供の頃に、自分だけのスーパーメカを想像したと思います。 私のはコレ、その名もレッドロブスター号! 先ほど仕事の気分転換でササッと思い出しながら描いてみました。 まぁー昭和の子供の頃の私は、大多喜町の田んぼで散々ザリガニ釣りをしてましたからねぇ、、。アメリカザリガニは、今ではトンだ嫌われ者になっちゃいましたが、あの水の中でも地上でも、めちゃくちゃタフで強いアメリカザリガニが大好きでした。そしてロブスターとアメリカザリガニは、まー厳密には別物ですが形はそっくりで、そこ

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          【雑記】大多喜町 周辺の地域呼称について考察 南房総・南総・外房・房州…

           我らが『大多喜無敵探検隊』が昭和50年代に駐屯(?)していた千葉県の『大多喜町』。この町を取り巻く房総半島一帯の意外と難解な地域呼称について少し解説します。とはいえ千葉県に全く縁のない方には無用な情報であります。。 古くからこの千葉県、特に房総半島には様々な地域呼称があり、その境界もかなり曖昧なものでしたが、前に気になり色々な本を読み、そして実際にその地に住む人たちが自分の地域をどう呼んでいるかを元に、分かりやすく市町村単位をベースにして幾つかの地図に落とし込んでみました。

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          【雑記】夏だから神社と大多喜無敵探検隊の絵が描きたかったのです。そして話は行徳神輿に・・

           こう暑い日が続くと、子供の頃のあの『夏』を思い出しませんか。ふと思い立って、大多喜無敵探検隊メンバーと昔ながらの村の鎮守様のコラボが何故かどうしても描きたくなり、仕事の合間でチマチマ描きました(仕事しろよオレ)。各部の色あい調整でずいぶん沼りましたが、とりあえずはFIX! 昭和50年代の房総の山の中、朝から宿題もせずに村の鎮守様にダラダラと集う、夏休みの大多喜無敵探検隊メンバー! 『次は何して遊ぶ?セミがうるさいんでセミ獲りでもしようか?』 『エザワ屋にナウでヤングなペプシ

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          act:12-木原線のガーダー鉄橋を越えろ

           休み時間の終わりに、番長(※1)のナガサがオレに自慢げに語った。 小学校の校庭の裏の、夷隅川の崖のところから国鉄木原線(※2)の鉄橋の中に入れる。この休み時間に同級生のナガサとトキ、ヤリタがその鉄橋の中を通り、川の真ん中近くまで行ってきたことを、教室でオレにこれ見よがしに自慢したのだ。 この橋は、鉄道が好きな弟のクニオ曰く『プレートガーダー橋』とか『デッキガーダー橋』と呼ばれるもので、正式な橋の名は『第4夷隅川橋梁』(※3)という。 鉄板と鉄骨で武骨に組まれたこの橋は、十

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          act:11-権現坂のヘビと大多喜女子高生

           権現坂は、青龍神社辺りが起点の坂道、元々この界隈は大多喜城の敷地内で、当時は『根古屋』と呼ばれた地区にある緩い坂だ。 この坂道は役場のすぐ脇を抜ける道で、そして女学生が国鉄木原線で周辺の町や村から通う女子高までの通学路でもあり、朝夕は人や車がそれなりに行きかう道である。 人の往来あれば助けを求める声あり、我々はこの権現坂の安全・安心のため人知れずこの坂の番人となり、日夜悩める人々を救済しているのであった。何を隠そうこの坂の起点の青龍神社は、大多喜の愛と平和を影ながら見守る我

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          act:10-オレのなつやすみ 夷隅川の川下り【冒険編】

          前回までのお話→ act:9-オレのなつやすみ 夷隅川の川下り【出航編】  ゴムボートはゆっくりと岸を離れる、いよいよこの夏休みをかけた冒険の火ぶたが切って落とされた!どこに危険が潜んでいるかもわからない、予想外のアクシデントがあるやもしれぬ、オレは御禁止川の流れに沿い慎重に川を下りることにした、見上げるとそこは、川を挟みこむように左右とも30mほどの崖になっている、その崖の表面には草木が生い茂っており、さながらアマゾン川のジャングルクルーズな様相なのである。 不意に鯉だろ

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          act:9-オレのなつやすみ 夷隅川の川下り【出航編】

           世の大多数の子供がそうであるように、夏休みはオレにとってまたとないボーナスステージ!大嫌いな学校の宿題は8月最後の週に押しやって、それはそれは朝から晩までフリーダムに、興味向くまま気の向くまま、勝手気ままに元気に陽気に大多喜の山野で遊びまわっていた。 朝はラジオ体操ついでにカブトムシやクワガタを捕まえにいき、林の中で鮮やかピンクのスズメガやオオミズアオ、巨大な蛾のクスサンにビビり、昼ご飯のあとは近所の『大多喜無敵探検隊』メンバーとワイワイガヤガヤ町なかを定期パトロール、夕方

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          act:8-大多喜城 城山のお爺さん

           オレが住む大多喜町には、ビックリなことにお城がある!オレが小学3年生だった1975年(昭和50年)に、この鉄筋コンクリートの『大多喜城(※1)』が出来た。なんでもこの城は戦国時代が終わる頃に、この地を新たに治めた武将が建てたものを再現したそうで、お城の中は博物館になっている。そんな大多喜城の一帯は、実はオレたちの格好の遊び場だった。 遊び場とはいえ、当のお城にはさほど興味はない、このお城は中々立派なものなのだが、オレたちがそんな勉強のニオイがする高尚なモノに興味が沸くわけ

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          act:7-オレのなつやすみ オオスズメバチを征伐せよ【真夏の死闘編】

          前回までのお話→act:6-オレのなつやすみ オオスズメバチを征伐せよ【強行偵察編】  夕暮れの青龍神社で睨み合うユーイチとクニオ、しかしそこから長い沈黙が続いた。どうやら剣道を習うクニオの、その武闘家のみが放つ独特の気迫に、ユーイチは意図せず呑まれてしまったようだった、ケンカを吹っ掛けたのは他でもない彼本人だが、内心クニオが想像以上に強そうでコレはまずいと思っているのだろうな。 それでもやはり沈黙を先に破るのは後先考えない特攻野郎、血気盛んなユーイチだった。 『ウオォォ

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          act:6-オレのなつやすみ オオスズメバチを征伐せよ【強行偵察編】

           夏休みも8月を越えて6日の平和記念日あたりになると、流石にやることがなくなってくる。7月下旬からさすがに2週間もフリーダムな日々が続いているのだ、休み前にやりたかった遊びは、既に一通りやりつくしてしまった。そんな日々でも、父さんの仕事の手伝いで塩田写真館に白黒フィルムを出しに行ったり、大多喜駅に取材の原稿を届けに行ったりはするけど(※1)、どっちも近所なんでそんなに時間もかからない(しかしお駄賃で10円もらえる)。 そうして僅かな用事を午前中に済ませると本当に残りの一日が

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          act:5-禁じられた遊び 爆発四散する『野〇〇』

           オレが住む大多喜町は、山や渓流などと、東京の隣の県の町とは到底思えないほどに自然が豊かで、その分、小さな市街地を離れるとまったく人が歩いていないような、人口密度が疎らな典型的な過疎の町だ。そんな町だからこそ、よく見かけたのが「野〇〇」(※1)である。 それも明らかに犬や猫、野生動物の落し物とはそのボリュームが違う。人通りがないので我慢できなくなったドライバーたちが道の脇にそっと車を止め、その陰で用を足していくのだろうか。 ・・・そして何故か子供は昔から〇〇〇ネタが大好きで、

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