佐奈田堂(SANADA-DO)

昭和50年代 / 1970年代、千葉県 房総南部の大多喜町で過ごした子供時代の思い出話…

佐奈田堂(SANADA-DO)

昭和50年代 / 1970年代、千葉県 房総南部の大多喜町で過ごした子供時代の思い出話集です。しかし挿絵や写真は私が用意した物なのでヘッタクソです。房総半島 夷隅郡市の昔ばなし継承サイト「房総レジェンド」スピンアウトストーリーでもあります。その他、駄文散文WEBLOG雑記など。

マガジン

  • 昭和のオレのなつやすみ

    昭和51年~52年(1976~1977年)の房総半島南部「大多喜町」、その田舎の小学生だった私の、夏休みの思い出をまとめたマガジンです。 夏休みは、いつの時代も小学生には最高のボーナスステージでフリーダムタイム!毎日がキラキラ輝いていましたよね。 そして21世紀の今だからこそ、令和のチビッ子たちに、常識がまるで違った昭和の田舎の夏休みをぜひ知って、そして笑ってもらえたら嬉しいです。

  • 大多喜無敵探検隊【昭和の本編】

    本編をまとめたマガジン。この物語は昭和の田舎で育った当時の私の日常や遊びを振り返って綴った趣味の児童文学(注:自称)!昭和51年4月~昭和53年3月(1976年~1978年)、私が小学校4年生から5年生の頃の、千葉県の房総半島南部「大多喜町」が舞台です。 このお話の時代、今から50年ほど前の大多喜町は、既に過疎と高齢化などが問題になっていましたが、それでも今よりはずっと子供が多くて、町にはまだまだ活気がありました。 もうあの時代には二度と戻れないのでしょうけど、せめてこんな形ででも次の世代に記録として残せていけたらと思っています。 ちなみに挿絵も基本的に私が描いてます、まったくヘタクソですいません!

  • 2050年の大多喜無敵探検隊

    2050年までに消滅する可能性が高い「消滅可能性自治体」といわれる私の故郷「大多喜町」と周辺の御宿町、いすみ市、勝浦市のいわゆる「夷隅郡市」全域。 本当に消滅しちゃうのかな?どうなんだろう?と思い、シミュレーションながら色々とお話仕立てで考えてみました。 私自身もこの先、仕事を通じるなどで故郷とかかわりを持っていきたいと考えておりまして、そんな考察も含めて「83歳の私」から見た未来の私の故郷や、その時代の世相などの空想ばなしになります。一種のSFなのかもしれません。 大多喜を含む夷隅郡市は、実は人口が極端に減ろうとも、様々な可能性を秘めた地域です。今後も故郷の将来や活性化の案などを盛り込みながら、ポチポチと合間をみて更新していきたいと思います。

  • 大多喜無敵探検隊とは何ぞや?【解説】

    【大多喜無敵探検隊】の主な年代や登場人物、時系列などの解説、物語のステージとなる地域、そして「大多喜無敵探検隊」の誕生秘話(?)や、そもそもこのヘンテコリンな物語を綴る動機などをまとめてみたマガジンです。 昭和レトロとはいえ、超ローカルな田舎の思い出ばなし、さらに登場人物も多く分かりにくいと思います。 ご興味ありましたら、どうかご参考にしてください。 とはいえそれでも分かりにくいと思います、なにより自己満足全開で、まったく申し訳ございません!

  • オレのちょっと不思議ばなし

    実は私は、今まで2度の臨死体験があり、そのあたりから脳内チューニングが狂ったのか、幽霊を見たり、妙に勘が当たったり、はたまた神社やお寺の前を通る際に、声が聞こえて呼び止められるようなことがあったりと、そんな振り返ると、ちょっと不思議な体験がよくあったりしてまして‥。 昨今ここで過去に書いたお話を見直してみたら、私自身が意識せず、案外平気でそんな内容をいくつも書いていることに気づきました。 そこでちょっと整理の意味も兼ねて、ここにオカルト的な話をまとめてみました。 とはいえ、別にそんなに怖い話じゃありません。 ちなみにここの大多喜無敵探検隊の本編、actナンバーで始まるものは、実は私の思い出なので基本的に実体験。つまりオカルトじみたお話も、基本は全部「事実」だったりします、もちろんオブラートに包んでいますけど '`,、('∀`) '`,、

最近の記事

2050年 83歳の挑戦 房総半島沖大震災を越えて-後編【2050年の大多喜無敵探検隊-04】

 今から四半世紀前に私の故郷を襲った房総半島沖大震災。 震災直後の私は、内陸部のためか被害が比較的に軽微だった大多喜町の実家に往復しながらも、その実家を拠点に、何度も被災地の海沿いに出向いた。外房市や安房市の親戚や知人の安否確認のためだ。 そのとき目にした壮絶な光景は、2050年になった今でもしっかりと覚えている。目を閉じると、まるでさっき見てきたことのように詳細に思い出せるんだよ。 道路一本だけを残して、住民もろとも奇麗さっぱり消えてしまった集落もあったな。勝浦の海水浴場で

    • 2050年 83歳の挑戦 房総半島沖大震災を越えて-前編【2050年の大多喜無敵探検隊-03】

       車は、モーターの振動をわずかに響かせると、私の実家があった場所から、まるで氷の上を滑るように静かに動き出した。 この権現坂通りは一方通行なので、もう一度この小さな旧市街をぐるりと廻って、今度は千葉銀行のT字路から右へまがり、そこから一気に県道伝いに大原を目指そう。 確かこの道は‥、房総半島沖大震災の影響を受けていないので、昔のままの風景だったな。  車は、その千葉銀行前の交差点で信号で停まった。 白い千葉銀行の低層ビルが正面に見える。しかし建物には灯りはない、銀行の看板も

      • act:26-水神様の祟りと御宿の謎のおばさん【後編】

         1976年(昭和51年)晩秋、小学4年生のオレは御宿からやってきた祈祷師のおばさんに、我が家が去年埋めた古井戸の水神様に祟られていることを聞いた。おばさんは急遽祈祷をあげてくれて、一旦は鎮まったということだが、なにせ相手は神様だ。再度あらためて祈祷に来るらしい。 しかしオレとユーイチは、実はその井戸でしょっちゅう連れションをしていたのだ!そもそも井戸に神様がいるだなんて、オレたち小学生が知るわけないだろう。なぜ誰も教えてくれなかったんだ! ‥とはいえオレたちは、いくら知らぬ

        • 消滅可能性自治体 2050年の大多喜町へ-後編【2050年の大多喜無敵探検隊-02】

           車は圏央道の市原鶴舞インターを降りたのち、広域農業区画と里山を交互に過ぎ、やがて峠道の連続ヘアピンカーブが続く羽黒坂にさしかかった。ここを越えたら大多喜町、外房市の大多喜町だ。市原市と大多喜の境目には、今でも本多忠勝と大多喜城が描かれた看板があるが、経年劣化でボロボロだ。まぁ自治体の予算がなくて修繕が後回しになっているんだろう。 車は羽黒坂をおりると、そのまま滑るように国道を流れ、ほどなく横山交差点に差し掛かろうとしていた。 不意に穏やかな女性の声が語りかけてくる。 「マス

        2050年 83歳の挑戦 房総半島沖大震災を越えて-後編【2050年の大多喜無敵探検隊-04】

        マガジン

        • 昭和のオレのなつやすみ
          8本
        • 大多喜無敵探検隊【昭和の本編】
          26本
        • 2050年の大多喜無敵探検隊
          5本
        • 大多喜無敵探検隊とは何ぞや?【解説】
          10本
        • オレのちょっと不思議ばなし
          9本
        • 中世の豪族「房総 眞田氏(佐奈田)」ちょっと先祖話
          4本

        記事

          消滅可能性自治体 2050年の大多喜町へ-前編【2050年の大多喜無敵探検隊-01】

           三ヶ月ぶりだな、この喉かな里山の風景を眺めるのは。 私の家から房総半島の大多喜へは、第二東京湾岸道路、東金道、圏央道と高速道路を次々乗り継いで行くことになる。ここまで車が殆ど勝手に走ってくれるが、今年83歳の私には、この距離はやはり億劫だ、高速でも1時間ちょっとはかかる。まぁ少しだけ時間は短くなったが、なんというか昔も今も、あの町は決して近くはないよな。  そういや若いころは高速代が惜しくて、古い墓がある房総最南部の安房市の和田町や、今向かっている外房市の大多喜まで、一般

          消滅可能性自治体 2050年の大多喜町へ-前編【2050年の大多喜無敵探検隊-01】

          act:25-水神様の祟りと御宿の謎のおばさん【前編】

           今日オレの家に、不思議なおばさんがやってきた。隣町の御宿に住む人で、加持祈祷はもちろん、いろんな占いができる人だということだ。 小柄で物静かな和装のそのおばさんは、うちに着くなり「あぁ、」とひとこと漏らしたのをオレは聞き逃さなかった。  実はここのところ我が家は不運続きだ、この数年で目がまったくみえなくなったバァチャンが、縁側で1年前に足を滑らせてそのまま寝たきりになり、ますます元気がなくなり妖気を発するようになってきて、挙句の果てに母さんに「あぁ~マリコさん(母の名)、

          act:25-水神様の祟りと御宿の謎のおばさん【前編】

          act:24-偽りのひよこ饅頭 タダシくんの事件簿と大多喜無敵探検隊 誕生秘話

           オレには1歳年上の竹中タダシくんという友達がいる。 タダシくんとはじめて会ったのは、オレが小学1年生のときだ。 小さいころのオレは体が弱くて、しょっちゅう保育園を休んでいたので、小学校に通うようになっても、まともに友達がいなかったんだ。 そんなとき、やさしく声をかけてくれてくれたのが近所のタダシくん。あのころはよく青龍神社で一緒に遊んでくれたっけ。オレは兄さんができたみたいでとっても嬉しかったんだよなぁ。 タダシくんには高校生のお兄さんがいるんだけど、歳が離れてるのであまり

          act:24-偽りのひよこ饅頭 タダシくんの事件簿と大多喜無敵探検隊 誕生秘話

          【雑記】諸君、2024年も干しそばの光に!全日本干しそば党がInstagramから鍋焼そばで侵略にきました。

           皆様、新年あけましておめでとうございます。 本年もゆるりとお付き合い、何卒よろしくお願いいたします。 そして今年も、去年の年始と同様に、趣味の干しそば道から始めまーす \( 'ω')/ ウェーイ このnoteアカウントは、私の趣味の児童文学(どこがだ)大多喜無敵探検隊-since197X関連に思いっきり振っていますが、実はこことは別に、暇つぶし&気分転換でInstagramをよく更新しております。インスタは私の取るに足らない日常と「干しそば道(?)」を主に公開しています。蕎

          【雑記】諸君、2024年も干しそばの光に!全日本干しそば党がInstagramから鍋焼そばで侵略にきました。

          【雑記】サンタクロースのひみつ 世界中のパパとママのために

           今年もチビッ子大喜びなクリスマスがやってきました。 クリスマスといえばサンタクロースの存在はかかせませんね、でもあのサンタさんは、様々な矛盾に満ち溢れていることは皆さんご承知のことと思います。そして皆さんもお子さんから、この時期はきっとサンタについて、色々と答えられない質問をぶつけられることでしょう。 そんな中、うちでは子供にきちんとサンタクロースの様々な謎について独自の調査に加え、推測や経験値、科学的な知見やムー的な陰謀&オカルト知識を交えた上で、親の責任としてしっかり説

          【雑記】サンタクロースのひみつ 世界中のパパとママのために

          act:23-オレたちの防空壕 トンネルを抜けるとそこは戦場だった。

           今日は昭和51年6月10日木曜日、平日だ。小学2年生の弟のクニオは4年生のオレと違ってまだ授業が少ない、本日は給食を食べてそのまま下校だったようだ。そしてクニオは宿題をとっとと終わらせるとオレの帰宅を待つことなく、一人で若菜歯科医院のヤッチャンの家に遊びに行ってしまったという。オレは母さんに聞いてヤツの行動のその全容を知った。 さらに確認したところでは、ヤッチャンの家にはどうやらレアキャラのウェーズミ、通称「お面のケンちゃん」もくるようだ。ほほぉ、滅多に来ないケンちゃんが来

          act:23-オレたちの防空壕 トンネルを抜けるとそこは戦場だった。

          【雑記】20人をきった大多喜町の新生児、急速な少子化と2050年の無居住地化の懸念

           この2か月ほどの私は、第二の故郷「行徳」各地で行われた祭礼行事への参加やお神輿担ぎ手のお手伝いに始まり、地元小学校へゲストティーチャーとして行徳神輿(行徳揉み妙典流)の説明に何度か伺ったり、はたまた仕事関係で丁々発止スッタモンダしてたり、寒い中お神輿を担いで大声出してたせいか風邪をひき、これまた長引いたりしてバタバタしており、すっかりこのnoteアカウントの本題「大多喜無敵探検隊」の執筆(誰も期待してないぞ)が進んでおりません。 ※お神輿の様子など私の日常はInstagra

          【雑記】20人をきった大多喜町の新生児、急速な少子化と2050年の無居住地化の懸念

          【ご報告】行徳神輿の伝説「上妙典」千貫神輿出動!上妙典八幡神社祭礼が無事おわりました!

           「令和五年 上妙典八幡神社祭礼」 3年ごとに行われる本祭りが、ついこの前の2023年10月7日・8日に執り行われました。 実はコロナ禍を挟んで6年ぶりなのです。 お陰様で天候にも恵まれ、参加者の皆さんともに怪我もなく、最後まで滞りなく無事に終えることができました。 以下は宵宮のときの、御霊が宿った大中小それぞれの神輿の様子です。 神輿本体だけで凡そ1トン、神輿の担ぎ棒は計300kgの「千貫神輿」といわれる大神輿を中心に、一般的なサイズの中神輿、チビッ子向けの子供神輿の合計

          【ご報告】行徳神輿の伝説「上妙典」千貫神輿出動!上妙典八幡神社祭礼が無事おわりました!

          act:22-雪の大多喜 権現坂はスリップトラップ御用心

           昭和52年1月、今年も大多喜に雪が積もった。 都会からの海水浴客で毎年にぎわう勝浦や御宿、鴨川の隣町、我らが大多喜町は、常春の国「南房総」なのに雪が降るというと案外驚かれるんだけど、現に雪は昨夜から降り続き、今朝もまだパラパラと散発的に降っている(※1)。お陰でウチの前の権現坂通りには既に20cmぐらいの雪が積もってて、まるで雪国みたいだ。 この大多喜は房総丘陵の山の中、さらにこの町ナカは山に囲まれた盆地だ。お陰で夏は異様に暑く、そして冬はこの通りクソ寒い。毎年お正月が終わ

          act:22-雪の大多喜 権現坂はスリップトラップ御用心

          【雑記】台風13号 大多喜町の被害について(2023年9月8日の台風被害)

           つい先週末の2023年9月8日に雨台風「台風13号」がやってきて、大多喜町をはじめとする千葉県の房総半島南部一帯で大きな被害を出しました。 街の中心地が浸水した茂原市の被害は、皆さんもテレビできっとご覧になられていると思いますが、その隣の我らが大多喜町も、実は各所で崖崩れや浸水が相次ぎ、道路が寸断されるなどの被害が出たのです。本日現在に至っても電話やインターネットが通じない山奥の集落もあり、被害の全体像はまだ大多喜町役場でも把握できてはいないのではないでしょうか。なにせ町の

          【雑記】台風13号 大多喜町の被害について(2023年9月8日の台風被害)

          【解説】昭和51年から2年間の思い出話です @大多喜無敵探検隊

           世間様が忘れた頃に、一人ニヤニヤしながらこのnoteでこっそり更新する私の趣味の(自称)児童文学‥ 大多喜無敵探検隊-since197X 今回はそのタイムライン、つまり時間軸や時系列を解説していきたいと思います。 てんでバラバラ、思いついたまま勝手気まま君に更新していますが、基本的にこの思い出話は私(サナダ隊長)が小学4年生~5年生までの間、昭和51年4月から昭和53年3月までの2年間のお話になっています。 (※この先イレギュラーはあるかも‥) なぜこの学年限定なのかと

          【解説】昭和51年から2年間の思い出話です @大多喜無敵探検隊

          【解説】我が愛しき登場人物たち @大多喜無敵探検隊の登場人物

           世間様が忘れた頃に、一人ニヤニヤしながらこのnoteでこっそり更新する私の趣味の(自称)児童文学‥ 大多喜無敵探検隊-since197X ! 今回その登場人物を解説したいと思います! え?なんで今さらそんなものをUPするのかって? 世間様からしたら、超マイナー同人誌レベルのどこまでもインディーズな私の思い出話です、ただでさえ今から半世紀近く昔の昭和の、さらに地方都市ですらない片田舎の話なのでマニアック過ぎて分かりにくい上に、登場人物が意外と多く、、 ある意味、世の中に媚

          【解説】我が愛しき登場人物たち @大多喜無敵探検隊の登場人物