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2050年 大多喜無敵探検隊の同窓会-01【外房へ】

 三ヶ月ぶりだな、この喉かな里山の風景を眺めるのは。
私の家から房総半島の大多喜へは、第二東京湾岸道路、東金道、圏央道と高速道路を次々乗り継いで行くことになる。ここまで車が殆ど勝手に走ってくれるが、今年83歳の私には、この距離はやはり億劫だ、高速でも1時間ちょっとはかかる。まぁ少しだけ時間は短くなったが、なんというか昔も今も、あの町は決して近くはないよな。

 そういや若いころは高速代が惜しくて、古い墓がある房総最南部の安房市の和田町や、今向かっている外房市の大多喜まで、一般道だけでよく南下していたものだが、だんだん歳を喰うとそれが面倒になってきて、いつからか高速道路ばっかり使ってたっけ。それでも途中でよく渋滞に巻き込まれてたよな。京葉道路が特にひどかった記憶がある。
でも今はあの頃より人が減り、交通量も減った。さらに「WANGAN2」と呼ばれる第二東京湾岸道路なんてものまで出来たので、この2050年、令和32年の今では、高速道路で渋滞なんてものに遭遇したことがない。そもそも高速道路上では、走っている車のすべてが機械任せのAIドライブにしないと違反になるので、どの車も車間距離を保ったまま、同じ速度で大変行儀よく走る。お陰で渋滞だけじゃなく交通事故すらまったく見なくなった。
まぁそんな列車みたいに規則正しく並んで走る車列を、たまにNon AIなレトロマシーンが爆音をあげて追い抜いていくんだけどな。
今から25年ぐらい前までに生産された自動車は、高速道路でのAIドライブ走行の義務を免除されている。ようはポンコツ過ぎてAIドライブの装置が後付けで載せられないのだ。そのせいで高速では自分で運転しなくちゃならず、安全性が著しく落ちることになる。
その反面、昔ながらの車らしさが味わえるということで、当時を懐かしむ私ら年寄りだけじゃなく、今の若い世代にも根強い人気があるんだ。
でもガソリンなんて今の時代じゃ半端なく高いだろうに‥、大体1Lが旨い日本酒並の値段だ。でも考えてみれば、ユーイチ、足立勇一も21世紀初頭のホンダ軽トラと1990年製のジムニーを誇らしげに乗ってたっけな。
‥しかしみんな好きだよなぁ、素直にBEVやFCVで、エンジン音にこだわるのなら水素エンジン車でいいじゃないか。

 そうそう、高速ばかりを使う理由がもう一つあった。圏央道の外側、房総半島南部の丘陵地帯と東部の九十九里方面は、人口がかなり減ったためか、一般道は野生動物がやけに飛び出してきて危ないんだ。特に私が今向かっている外房市の大多喜方面は房総丘陵の町で、千葉県の中でも、最も野生動物が多いエリアのひとつになる。

 野生動物なぁ‥、思えばいつだったか、確か21世紀になったぐらいから、房総南部のこの辺りは、急激な過疎と高齢化で里山がどんどん手付かずになって放置され、その頃から里にはシカや猿、イノシシなどの野生動物がやたら出没するようになったんだ。さらに外房市勝浦の行川アイランドから逃げ出したキョンが、房総丘陵で増え出したんだったな。アイツらは畑の作物だけじゃなく、庭の花壇まで荒らすようになって非常に問題になった。その旺盛な食欲と繁殖力で、周辺の東京都、茨城県、神奈川県まで生息地がみるみる広がり、最も遠くで確認されたキョンは、関東を遥かに越えて新潟県まで進出して、一時は全国ニュースになったんだった。
あのキョンは、2001年に行川アイランドが閉園するときに逃げ出したものだそうだが、閉園のために殺処分ではあまりに可哀そうだからと、キョンの飼育員たちが意図的に放したのではないかといわれていたなぁ、そういえば地方紙の新聞記者だった父もそんなことを言ってたっけ。
まぁ真実は今となっては闇の中、当時の関係者は既にこの世にはいないだろう。第一その事実を今さら知ったところで、事態は何も変わりやしない。

 そんな中、増えすぎた野生動物を抑えるために、2030年頃に政府主導でニホンオオカミを復活させて、この辺りの里山に「捕食者」として放したんだ。ここいら一帯は、幸か不幸かその全国で最初のモデル地区。東京や千葉市の研究機関にも比較的近い場所ではあるし、当時から人も少なく格好の実験場だったわけだ。
オオカミはその後も順調に個体数が増え、野生動物に対して当初の見込み以上の成果が出ているようで、今ではこの房総丘陵の研究成果を元に、全国の里山にニホンオオカミが放されている。

(ニホンオオカミの毛の長い茶色の個体のイメージ。文献によると灰色の毛の個体もいたそうです)

でもなぁ、オオカミってヤツは人を見ると唸って吠えるんだよなぁ、私も一度、大多喜で遭遇したときに、エラい勢いで吠えられた。
どうも昔から、オオカミのあの生意気な態度が好きになれない。なにより畜生の分際で人様を威嚇するとは、生意気を通り越して私は許せんのだ。
まぁあの時は、私が持ってた杖でオオカミをシッシッと払う仕草をしたので、あいつらが警戒して吠えたんだろうけどね。
何より私はネコ派だ、犬ッコロは嫌いなんだ。

 DNA操作で現代に蘇ったニホンオオカミは、実は人間に対しては比較的従順で、いくら野に放たれて野生化しているとはいえ、気性はそれほど荒くはない。粗くないどころか、むしろ人前では穏やかすぎてこっちが心配になるほどだ。さしずめ図体が少し大きめの茶色や灰色の野犬、山犬‥、んー、大きい野良犬といったところだな。そんなちょっと気の抜けた感じなので人間になつきやすいところもあり、その結果、ニホンオオカミの管理機関に許可なく勝手にペット化する人がチラホラといて、ちょっとした社会問題にもなっている。
オオカミと聞くと、その名のイメージから、今でもアメリカ辺りの荒くれたオオカミを思い浮かべて恐がる人が多いが、日本のオオカミに限っては大体こんな呑気な様相だ。
復活したニホンオオカミは、体毛の色と長さでわりと個体差があるが、それは絶滅したニホンオオカミのDNAに、既存の犬種のいくつかを掛け合わせて復活させたからかもしれない。その結果、大きいけれど呑気で人懐っこいシベリアンハスキーの、その模様違いって感じになったようだ。

 しかし、そんなニホンオオカミが房総丘陵に放された現在でも、まだまだキョンをはじめ、シカや猿、時にはイノシシに遭遇する。まぁ人が減った分だけ、そりゃ野生動物には楽園だろうよ。たとえ捕食者のニホンオオカミがいようともな。

房総半島は、もう人間が住む場所じゃないのかもしれないな。

 そんな取り留めのないことを考えているうちに、車は圏央道の鶴舞インターのゲートを滞りなく抜け、国道297号線に入った。ここから20分は下道だ、さぁーてAIドライブを切ってマニュアル操作をしようか、それとも面倒なのでこのまま行くか。
そして今日は仕事とはいえ、三か月ぶりに連中たちに会える日でもある。ちょっと楽しみなんだ。

【令和32年の大多喜町】編に続く‥

【注意】登場人物名及び組織・団体名称などは全てフィクションであり画像は全てイメージです…というご理解でお願いします。

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2050年 大多喜無敵探検隊の同窓会

【解説】
(※1)第二東京湾岸道路とは、令和6年の段階で計画されている高速道路で、首都高速湾岸線の、更に外側(海側)に建設予定の高速道路。
(※2)安房市とは、現在の館山市、南房総市、鴨川市、鋸南町が合併して誕生した、房総半島南部の市(私の空想です)。
(※3)外房市とは、現在のいすみ市、勝浦市、大多喜町、御宿町が合併して誕生した、房総半島南東部の市(私の空想です)。
(※4)AIドライブとは自動車の運転の自動操縦モードのこと。令和32年(2050年)では、高速道路走行中は必ずこのモードにしないと違反になる。
(※5)EV=電気自動車、BEVともいう FCV=燃料電池自動車(水素などで電気を起こし走行する) 水素エンジン車=現在のガソリンエンジン車と同様にエンジンで動力を起こし走行する。排気ガスが水なので環境によいといわれている。
(※6)キョンは、中国南部や台湾に生息する草食獣で、体長は約70cm、肩までの高さは約40cmと中型犬とほぼ同じ大きさの小型のシカ。日本では千葉県と東京都伊豆大島に野生化した個体が見られ、環境省は生態系等に被害を及ぼすおそれのある特定外来生物に指定している。
(※7)ニホンオオカミは、元々日本に生息していたオオカミの絶滅亜種といわれるが、その後も度々目撃例がある。本物語中のニホンオオカミは、増え続ける野生動物で荒廃した里山を復活させるために、食物連鎖の頂点として遺伝子操作で現代に蘇らせたものである。2050年のニホンオオカミは、保存されていた旧来のニホンオオカミのDNAをベースに、既存の様々な犬種のDNAで補い組み上げられたDNAキメラ的な存在。そのせいか、文中にもある通り体毛の長い個体や茶色い毛色の個体などが存在する。性格は人間の手により生み出されたためなのか、本能的に人懐っこく、どことなくのんびりしているが、期待されている野生動物駆除と、里山での共生・共存に十分すぎる結果を出している。

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