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映画『ケイコ 目を澄ませて』をみる。

シネ・リーブル梅田を訪れるのは実に2年振りでした。高校以来、自主制作映画を本格的に撮り直し始めたこともあって2023年は映画を沢山みる1年にしようと決めた。記念すべき1本目があまりに秀作でしたので、レビューなぞ拵えてみようかと思います。岸井ゆきの演じるプロボクサー・小河ケイコは生まれつき感音性難聴をもっている。母・中島ひろ子、弟・佐藤緋美。

一方、ケイコの通うボクシングジムで会長を務めるのが三浦友和。10年前患った脳梗塞をきっかけに年々視力が衰えていく、いわば対をなす設定です。ここで注目したい点が2つ。一つは小河家の家庭環境について。劇中、会長が新聞社のインタビューシーンで、ケイコがボクシングを始めたきっかけについて答える場面があります。「昔から喧嘩っ早くいじめられっ子だった」

ここでの三浦友和氏の表情がすごく引っ掛かった、どこか嘯いているように映ったのですよね。我が子を守るためにつく、優しい嘘のような。劇中直接触れられることがないためあくまで想像の域を脱しませんが、恐らくケイコは「母子家庭」で育ったのではないか。やっとの思いでプロテストに合格しデビュー戦を連勝で飾ってもなお母は「もう十分なんじゃない?」と諭す。

弟との些細な会話の拗れ。そして父の不在。

あるいは2戦目の戦いぶりを映像で観返すシーン。ケイコはホワイトボードへ「痛いのはきらいです」と書き殴った。肉体的な痛みのみならず彼女の抱える「見えない精神的な痛み」が静かに浮かび上がってくる、非常に印象的な場面です。しかしそこで突っぱねたりはせず「正直やなお前は」とだけ言い残すところに会長はじめジムの温かみを感じさせる。

諭すのではなく、そっと見守る。あるいは任せてみる。彼女のありのままを受け止めてやる。そういった体験がケイコにはなかったのかもしれません。降りしきる雨の中傘もささずに駆け出した彼女を誰一人止めなかったのは、彼女自身で考え反芻して欲しかったから。一見冷たく映る男性達の仕草が、この映画では何か底知れぬ包容力を醸し出していて。

つまり三浦友和は「父性」を担っているのではないかと考えました。二つ目の注目ポイント。家族と話す時も勤め先のホテルで話す時もずっと、彼女は手話でコミュニケーションを図る。ところが会長やトレーナーと話す時には一切それがないんですね。顔を突き合わせて、目を合わせて言葉を交わす。時には声で返事をする。それだけ深い関係値が築かれている証拠です。

廃業の決まったジムで、会長と二人鏡に向かってシャドーを始めるところ。

日本映画史に残るシーンだと思います。ケイコは絶えず自分自身と向き合い続けてきた。ずっと孤独だった。そんな自分のことを「気量がある子」だと包み込んでくれる存在に出会った。しかし着実に別れの時が近付いて来る。「ずっと目を開けていると乾いてきて涙が出そうになる」もう号泣ですわ。予告編でもご覧になれますよ、あのシーンにビビっと来た方は絶対にみて。

あるいは冒頭触れた二人のキャラクター性。耳の聞こえない主人公と、視力を奪われていく「父」との対比がここで活きてくる訳です。過度なネタバレは控えたい所存ですが、映画終盤にケイコはとある命の現場に直面します。しかしプロ3戦目がすぐ間近に控えている。劇中一度心が離れそうになったボクシングに再度向き合い直す彼女の姿、皆さんにはどう映るでしょうか。

16mmフィルムで紡ぎ出される99分の映像美に是非、酔いしれてください。荒川の水面、行き交う電車の明かり、肌を伝う汗、埃そのどれもが美しい。目を澄ませて生きるひたむきなケイコの姿が、街の雑踏やグローブの衝撃音だけでここまでくっきり鮮明に映し出されるものかと感激しました。早くも今年ナンバーワン候補の登場、次回もどうぞお楽しみに。

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