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短編

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情景を思いつくがままに文章にしてみました。 そしてそれを集めてみました。 インスタントフィクションです。
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2021年6月の記事一覧

不死[インスタントフィクションその29]

どん、どん、どん、と扉が激しく叩かれた直後に、間髪入れず罵声にも似た声が飛び込んだ。
「なにしてんさ、何時まで寝てるつもりだい」
少年は寝てはいなかったが、なにをひていたわけでもなくそれゆえに少年は何をしていたかがわからず、もしかしたら少年は寝ていたのかもしれない。
「さっさと朝ごはん食べてしまいな!」
そう言い終わる前にはすでに足音は遠ざかっていた。まるでそれは嵐のように現れ、嵐のようにさっって

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旅[インスタントフィクションその28]

喧騒に包まれたため発射台に佇む一つのロケット。
「3、2、1、テイクオフ」
スピーカーから流れる合図と同時に凄まじい音と光を放ちながらその身を徐々に上昇させていく。
「行くぞ!音を届けに」
船長の一言に私たちはその顔に喜色を浮かべる。
「そうだ。私たちは音を運ぶんだ。」
何もない空間を貫き、目標到達点へとたどり着いた私たちはそのまま内部へと入っていく。ここからは徒歩だ。扉を叩いてきたことを告げ、カ

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命[インスタントフィクションその27]

「うんこ踏んだ!きったねぇ!」
大声が公園に響く。ギョッとする通行人を気にもせず男は不機嫌そうな顔を隠そうともしない。その目線の先は自身の足の裏、どうしてペット禁止のこの公園にうんこがあるのかという疑問や憤慨をぶつけるように睨め付ける。
「うわぁ!こっちくんな!」
何を言う間も無く今度は虫と格闘する男の悲鳴が上がる。虫を恐れる人というのもここ最近では珍しくない、どころかむしろ多いくらいではなかろう

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生きる[インスタントフィクションその26]

近年増えた獣害を取り上げたニュース、あまりに被害が大きいために罠や猟銃による殺処分が検討されているという報道にコメンテーターが好き勝手に意見している。
「でもさぁ、最初に人間がテリトリーを奪ってきたのにそれを取られそうになったら殺しますってどうなの?」
「そうはいっても子供が被害に遭ったら手遅れになっちゃうよ。なんとかしないと」
「畑の被害もかなりバカにならないみたいだしね」
「でもさぁ、やっぱり

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山彦[インスタントフィクションその25]

不思議な穴がある。大通りの道から誰もが素通りするような脇道に逸れて少し進んだひらけた場所に、液体が並々に注がれた穴があるのだ。液体に色がついている様子はないが不思議と中を見通すことはできない。なぜ僕がこの穴を見つけたのか、なぜ脇道に逸れようと思ったのか、それすらもわからないのになぜかやるべきことはわかっている気がする。それを実行するとしよう。
「じゃんけんぽん!」
驚いた。突然穴から手が出てきたと

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有難[インスタントフィクションその24]

「おーぅい。どおこいくんだあい」
壮年の男の大きな声が響く。誰もが聞こえる大きさに声に誰もが反応を示すことはない。多分他所から来た人がいたら一目見たらわかるんじゃないだろうかと思えるほどに、だれもが男がいないものとして扱う。それは本当に聞こえていないようで心の中で少し不気味に感じるが、隣に苦笑いで男に目を向けている少年を認めると私はそこでやっと安堵の息を吐いた。
「まあた。いってらぁ」
「あんちゃ

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逃避[インスタントフィクションその23]

「こんな時代に生まれたらならば、どれほど充実した人生を送れただろうか」
堆く積まれた本に新たな一冊を加えつつ、私は今読んだ本の内容を思い返す。どうにも張り合いが持てない私の人生において、読書ほど熱中することはなくそれ故に架空の物語に私が生きることができたならと思わずにはいられないのである。
「どうして現代に生まれたのだろうか」
ふと思った疑問に対して新たな疑問が湧くのを感じる。
「現代だから充実し

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蛙[インスタントフィクションその22]

この街は大いに有名である。今や蛙の街と言えば誰もが聞いたことがあるほどにその存在を万人に知らしめている街、それがこの私が生きる街なのだ。街の中を見れば必ず目に入る蛙。青蛙やイボガエル、牛蛙まで様々な蛙が街をゆく。しかしこの街でありえないのが、蛙の存在が時期に関わらず見られることであり、その要因こそが町中に配置された大小様々な蛙の置物である。それは一見蛙に見えないようなものから、紳士な蛙、蛙を象った

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幻[インスタントフィクションその21]

何かを見つけたのだろう、ゆうたは突然大声で叫んだ。
「みろよあれ!水たまりだぜ」
ここ数日は一滴の雨も降っていないというのに水溜まりがあると主張するゆうたを横目で一瞥すると、たつきはゆうたが指さす方に目を向けた。
「遠くてよく見えねぇよ。ほんとに水たまりなんか?」
当然であろう、立っているだけで汗が滴るたつきの顔には訝しむ表情がありありと浮かんでいた。
「どっちが先に入れるか競争しようぜ!」
汗が

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矛盾[インスタントフィクションその20]

感情に抗うのは簡単で、理性的であることは容易であると、そう私は信じていた。一度立ち止まって考えてみれば必ず理性的になれると信じて疑わなかった。でもある日気づいてしまった。統計学で有名な先生が憤慨しているのであるが、全く統計学を用いての分析ができていないのである。これほど優れた能力を持っている人物ですら自身の武器を使いこなせないとは如何なことか。彼は怒っていた。悲しんでいた。そうして彼は必死で叫んで

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感情[インスタントフィクションその19]

統計学を教える教授の話はいつだっておもしろい。一見すれば答えに思えるようなものでさえ、それが実は自身がそうであると信じたいものでしかないと教えてくれる。
「無作為に選ばれたアンケート結果を考えます。ゲームを毎日2時間以上すると答えた人のなかでおよそ6割の人が眼鏡やコンタクトレンズを利用していると答えました。さて、視力の低下はゲームによるものと考えられるだろうか。」
ゲームを多くする人はそれだけ目を

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願望[インスタントフィクションその18]

あいつの意見は間違ってんだよな。あいつは反対だっていうんだよ。そんなわけないじゃないか。よくわからん理由をグダグダ言ってたけどよ、そんなことで反対できるってんならあいつは相当なお馬鹿さんだってんだよな。おいらは賛成だぜ!なんてったってあの竹田さんが賛成なんだからな。どうやったんかは知らんがあの人は反対派が嘘だってことを見抜いてんだ。おいらですら嘘だぜって教えてもらえなきゃ今頃反対派だったかもしんね

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指向性[インスタントフィクションその17]

あいつの意見は間違ってんだよな。あいつは賛成だっていうんだよ。そんなわけないじゃないか。よくわからん理由をグダグダ言ってたけどよ、そんなことで賛成できるってんならあいつは相当なお馬鹿さんだってんだよな。おいらは反対だぜ!なんてったってあの梅宮さんが反対なんだからな。どうやったんかは知らんがあの人は賛成派が嘘だってことを見抜いてんだ。おいらですら嘘だぜって教えてもらえなきゃ今頃賛成派だったかもしんね

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鏡[インスタントフィクションその16]

「この人は何言ってんだ」
「こいつは何にもわかってないな」
「どう考えたらこんな結論になるんだ」
今日も飽きもせずに論争の種を探す。
「感情論では話にならない」
「物事がごちゃ混ぜになってるよ」
なんでこんなに簡単なことがわからないんだろう。どうしてこんなに簡単なことすら考えられないんだろう。これはこうなんだからこうにきまってるじゃないか。論理的思考ができない人ってこういう人のことなんだろうか。普

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