有難[インスタントフィクションその24]

「おーぅい。どおこいくんだあい」
壮年の男の大きな声が響く。誰もが聞こえる大きさに声に誰もが反応を示すことはない。多分他所から来た人がいたら一目見たらわかるんじゃないだろうかと思えるほどに、だれもが男がいないものとして扱う。それは本当に聞こえていないようで心の中で少し不気味に感じるが、隣に苦笑いで男に目を向けている少年を認めると私はそこでやっと安堵の息を吐いた。
「まあた。いってらぁ」
「あんちゃん、おっちゃんにちゃんと言ったほうがいいんでないの?」
「言えるわけなかあ、おやじのためになんで小っ恥ずかしいこたあ」
男というのは私たちの育ての親のような人なのだ。一緒に住んでるとかってわけじゃないんだけど、いっつも気にかけててくれてご飯を作ってくれたり勉強見てくれたりする。親が外で働いてる私たちの保護者がわりの存在なのだ。そんなおやじももうすぐ還暦なんで、日頃のお礼に何かないか街を見回ってるなんて素直に言えるわけがない。

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