旅館大村屋で「岸田と田中の慰安旅行」を開いてみて
こんにちは。「嬉野温泉 暮らし観光案内所」の編集長を務めております、ライターの大塚たくま(@ZuleTakuma)です。
2023年11月14日。旅館大村屋より、くるりファンに衝撃を与えるニュースがXに投稿されました。
それは旅館大村屋で「岸田と田中の慰安旅行 in 嬉野温泉」を開催するというものです。
くるりの岸田繁さんが……?田中宗一郎さんと一緒に慰安旅行……?そして、それを見る……?
どういうこと?
一体、旅館で何が行われるのでしょうか。イベントのイメージが掴めないものの、何となく「特別な日になる」ということはわかりました。
チケットは即日完売。旅館内での音楽イベントを多数手がける大村屋史上最大規模、150名収容の音楽イベントが開催されることになったのです。
旅館とライブ会場の中間
当日。平日昼間の温泉街に、ファンがちらほら。
開場の17時になると、続々とお客さんが旅館の中に入ってきました。
「開演の19時までは自由にご入浴いただけます」
ライブ会場でも、旅館でも聞いたことのない案内。期待と困惑が入り混じった表情で、ファンが旅館の中へ入っていきます。
いつも大村屋で見かける宿泊客とは、明らかに表情が違います。今日の大村屋はライブ会場なんだ。
お客さんは続々大浴場へ。湯上りには、大村屋のくるり愛の詰まったフードメニューでお酒も楽しめます。
18時を過ぎたくらいになると、ようやく来場客も「過ごし方」を見つけ始めました。
大村屋の館内をめぐって楽しむ人。
大村屋のオーディオを堪能する人。
フードとアルコールを楽しむ人。
ただおしゃべりを楽しむ人。
ここはライブ会場であり、旅館でもあります。
ライブを控えたくるりファンの顔だった人たちが、少しずつ旅館のお客様の顔になっていきました。
大村屋の空間とお風呂。そして、美味しい料理とサービスの力だと感じました。やっぱり、今日も大村屋は旅館でした。
「初めてのシチュエーションです。」
開演の19時が近くなり、大村屋2階の宴会場に続々とお客さんが集まり始めました。
「へえ、こんな感じなんだ」
「ほんとにただの宴会場だね」
客席は畳に自由着席。座席表も整理番号もありませんが「我先に一番前へ」という人はいません。静かに前のほうからスペースが埋まっていきました。
「では、岸田さん、田中さん、どうぞ〜」
旅館の代表の呼び込みで始まるライブイベントはここだけでしょう。
「いや、あの……初めてのシチュエーションです。」
そんな岸田さんの第一声で「岸田と田中の慰安旅行 in 嬉野温泉」が始まりました。
もともとは岸田さんと田中さんのトークのあとに、岸田さんの弾き語りライブが行われる予定でした。
しかし、岸田さんと田中さんの希望により、岸田さんと田中さんのトークをベースに、その中で「やってみる?」という流れになれば演奏するという形式になりました。
くるりの曲に限らず、ビートルズやアニメのテーマソングをチラッと歌うことも。
さっきまで田中さんと話していた岸田さんが流れで、そのまま歌いだす。それを目の前で堪能できるという夢のような状況。こんなライブはこれまで見たことがありません。
岸田さんのトークもライブのMCとは違う、ステージを降りたトーク。まるで、宴会場でたまたま会った岸田さんと飲んでいるみたい。
イベントであることすら忘れてしまうような、日常感あふれる超非日常空間。いつまでもおしゃべりを聴いていたい。
イベントは3時間を超えて大盛りあがり
「そろそろみなさんのリクエストを1曲ぐらい聞いてもいいんじゃないですかね」という田中さんの一声で、お客さんからリクエストを聞く流れに。
「三日月が聞きたいです!」
「奇跡!」
「最終列車!」
「バンドワゴン!」
「ハローグッバイ!」
「ハローグッバイ…なるほど。まあ、ハローグッバイはたまにライブでやってるからなぁ……。」という岸田さんのスタンス。
「慰安旅行」だからこそできる歌と、トークを楽しむ。そんな意図を感じることができました。
宴会場の襖は頻繁に開き、お客さんの出入りがあります。みんな好きなタイミングでトイレに行ったり、客室で交代で子どもを見たり。
思い思いの過ごし方ができる、新たなスタイルの音楽イベントとなりました。
当初は2時間半を予定していたイベントは、気づけば3時間を超える長丁場に。田中さんが「そろそろ帰らなアカン人も増えてきてるから、最後1曲だけ繁くんからプレゼントしてもらって、キレイに締めるというんでどうですか?」という、ホントに宴会みたいな締めの言葉と一緒に、ラストの曲が演奏されました。
その後も、まだまだ宴は続きます。1階の「Music Bar」では「ハイエンドオーディオでくるりのLPを聴くBAR」が開催。
大音量で高音質なくるりの音楽が流れる空間で、くるりのファン同士の交流も生まれていました。
大浴場のあるB1階の湯上がり文庫では「湯上がりDJ NIGHT」が開催。地元の「嬉野ディスクジョッキー実業団」のくるり愛あふれるDJプレイに、体を揺らして楽しみます。
今夜は嬉野に泊まるのだから、終電なんて気にする必要はありません。0時を過ぎても、宴は続くのでした……。
「慰安旅行」直後のファンを直撃してみた
いったい、ファンはこの「慰安旅行」をどう受け止めたのでしょうか。
イベント終了直後、近隣の旅館「ことぶき屋」の浴衣を着て「慰安旅行」を楽しんだ、みたともさんとれいなさんに感想をうかがいました。
──まずは率直に……、どうでした?
今日はほぼ喋りだったから、岸田さん好きにはたまらないですね。話が上手で、細かい言い回しが面白くて、楽しかったです。
トークから、岸田さんの素直さが伝わりました。大人な岸田さんと、少年のような岸田さんのギャップが感じ取れて、楽しかったです。
──普段のライブとは、どんなところが違いました?
客席で小さな声で言ったことでも、岸田さんと田中さんが反応してくれる距離感。子どもがOKのあったかい雰囲気も良かったです。
子どもの名前を聞いたりね。
そうそう。そもそも、岸田さんはライブ中にそんなに喋らないんですよ!とっても貴重な時間でした。絶対またやってほしいです。
──めちゃくちゃ楽しかったみたいですね。このライブが発表されたときは、どう思いました?
大村屋さんのインスタで見て「え!?これやばくない!?」って。
すぐ連絡くれて、イベント内容を見て、目を疑いました。子どもがいるので預けられるかどうかとか、いろいろ問題はあったけど、とりあえず「行く」と返信しました。
──そのへんは、あとでなんとかすると。
私、昔、岸田さんに温泉で会う夢を見たことがあって。
正夢じゃん!れいなちゃんは、結婚式でもくるりの曲を使ってて、それがすごく良くて、大号泣したのが思い出です。今日もその曲を歌ってくれたので、泣いちゃいました!!
もうとにかく、ファンは大満足……。夢見心地のお二人はその後、日付が変わっても楽しみ尽くしたようでした。
他にもアンケートでいただいたファンの声をご紹介します。
大村屋で「慰安旅行」をやってみて
実はこの「岸田と田中の慰安旅行 in 嬉野温泉」を企画したのは、旅館大村屋です。実際に開催してみて、結果はどうだったのでしょうか。
──「岸田と田中の慰安旅行 in 嬉野温泉」お疲れ様でした。いいイベントでした!
楽しかったですね。最高でした。
──感触はいかがでしたか?
当日の宿泊客は、すべて「岸田と田中の慰安旅行 in 嬉野温泉」参加者でした。言わば、温泉旅館全館貸切でイベントをやったわけです。それに対して、皆さんに満足していただけたなとは感じました。
──ファンの皆さんはとても満足されていたと思います。「いつもと違う岸田さんが見られた」という声が多かったですね。
岸田さんって、普段そんなに曲の裏話は語らないんですよね。でも、当日はかなりいろんな話が出ました。
──旅館でやる「慰安旅行」ならではのリラックス感のおかげですね。「アーティストと一緒の宿に泊まる」という体験も、普通にできることではありませんよね。
集客に関しては100~150くらいで、数としてはそんなに入れられないけど、ファンとアーティストの距離がとても近くて。その濃い体験の成果で、150人のイベントとは思えない数の感想がSNSに投稿されていました。
──それだけ「黙っちゃいられない体験」をさせられたということでしょうね。旅館内ではファン同士のコミュニケーションも活発だったように思います。
そうですね。ファンの方同士で、仲良くなっている様子が見えました。いつもコンサート会場で見かけるので顔は知ってるけど、話すきっかけがない人……とか。「やっと話せましたね」みたいな会話が聞こえて、ぼくの方まで嬉しくなりました。
──これは新しいフォーマットの発明なんじゃないでしょうか。この方式で魅力が発揮されるアーティストもいそう。
ほかのアーティストの方もぜひトライしてみてほしいですね。人間味が出るので、ファンダム(熱烈なファンの集団)をつくる、いいきっかけになると思います。
──アーティストのプロモーション活動にもぴったりですね。
ヒット曲以外を披露できる場というのも、なかなかないので。ライブだったら、みんなを満足させないといけませんから、なかなかそうもいきませんからね。
──売上的にはどうですか?採算は合うものなんでしょうか?
まず宿泊が満室になりますので、いつもの週末と変わらない売上になりますね。チケット代がまるまる経費くらいです。「旅館の売上を通常通り確保できた状態で、宣伝になるような面白いことがやれた」という認識ですね。
──旅館の場合は「宿泊」で売上が確保できる部分は、収支的に大きいですよね。
そうですね。イベントだけでしっかりした収益を上げるのは、簡単じゃないんですよ。旅館なら宿泊の売上を計算できることで、著名なアーティストを呼べる予算が立ちますね。
──旅館大村屋としては、今回の音楽イベントはこれまでで最大の規模ですよね。無事終えてみて、感想はいかがでしょうか。
今までいろんなイベントをやってきた経験が生きたと思っています。ぼくの夢としては「最近、九州ツアーの最終日にみんな嬉野に行ってるね」って、音楽業界で言われるようにしたいんですよ。
──九州ツアーの最終日にみんな嬉野に……?どういう構想ですか?
コンサートツアーの打ち上げがてら、ミニイベントを大村屋でやっていただきたいんですよ。
──いいですねそれ。ファンもツアーの感想を言い合ったりして、楽しそう。
こんな構想は15年くらい前から、描いていました。ぼくがもともと「嬉野から出て東京に行きたい」と思っていたのは、カルチャーを体感する機会がなかったからなんです。そういった機会を嬉野で作れて、思い描いたことを一つ実現できて嬉しかったです。
──なるほど。今回のイベントは音楽イベントとしても新たな発明ですが、地方旅館のイベントとしても新たな発明でしたね。
今回のイベントはファンにとっても嬉しいし、アーティストにとってもいいし、旅館にとっても普段の売上が確保できる企画でした。温泉旅館でライブをやれば、おじいちゃんおばあちゃんになっても行けますから。コンサートって、高齢になればなるほどつらいじゃないですか。でも、温泉旅館なら大丈夫。毎年恒例になればいいなと思います。
温泉旅館にできることはまだまだある
あー、楽しかった!ホント、このイベントが毎年恒例になるといいですね。
画期的なアイディアを生み出す方法のひとつとして「掛け合わせ」があります。既存のものと既存のものを掛け合わすことで、新たな価値が生まれるという発想法です。
「温泉旅館」はまだまだ、掛け合わせが足りてなさすぎるのかもしれません。これからも旅館大村屋はいろいろな掛け合わせを試していくと思うので、ぼくは今後のイベントにも期待したいと思います。
「嬉野温泉 暮らし観光案内所」次回もご期待ください。
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