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次の掌編小説集の布石

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まだ見ぬ新刊、レッドを作るため、書いてきた新しい掌編小説をまとめます。 わたしの性格上、真実性をもたぬものはあまり響きませぬ。
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記事一覧

掌編小説「X市」

会社から有給休暇を取って内藤売瑠(うる)は仕事を少し休んで旅行をしていた。旅行の当初の目的を終えることができたが、帰りの新幹線の切符は翌日の夕方に買っていたので、さて、それまでにどこに行こうかと考えた結果、旅行ガイドに載っていた動物園が、泊まっているホテルからそう遠くはないので行ってみることにした。地下鉄で何駅か過ぎると、目的の動物園は駅から歩いて5分以内のところに入口がある。事前にオンラインで入

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掌編小説「ネズのしゅぎょう」(ひらがなカタカナバージョン)

トイチはしょうがっこうよねんせい。いつもがっこうのじゅぎょうがおわったらまっさきにいえにかえってしゅくだいにとりくんでいるが、とちゅうであきてしまってまんがをよんでごろごろするのをとくいとするまいにちをすごしていた。このひも、おなじようにがっこうからいえにかえっていたのだが、いえのげんかんのまえになにかがおいてあるのにきがついた。
「なんだろうこれ」
それはしかくいりっぽうたいのはこだった。トイチ

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掌編小説「D-70 おうどんお蕎麦屋さんで」

エイリアンは蕎麦屋にいた。出来上がりのアナウンスがやたら人間の話す音声と調子がずれていたから戸惑ってしまった。そのイントネーションは自分の故郷のことばの音感に近かった。エイリアンの番号だけ液晶モニターに残ったまま他の番号は順々に消えていったので、心配になった店主が

「D70番の方ー。できあがってますよー」と叫んだ。

店主の声でエイリアンはふと我にかえって、いかんいかん、取りに行かなければと少し

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掌編小説「ケーキ」

会社の帰り道、英雄は乗り換えの駅にある売店で菓子折りを買ってみた。翌日、英雄はいつものように出勤した。この日の電車は線路に人が立ち入り三十分遅延していた。けれど、英雄は前もって早くは出なかった。なぜなら、正に乗ったその電車が遅延する原因となったからであった。英雄は会社に遅れる旨を電話で伝えたが、心中は穏やかでなかった。出勤の朝にはアポイントを取っていた得意先の訪問が控えている。早く動いてほしいと思

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掌編小説「お茶とたこ焼き」

掌編小説「お茶とたこ焼き」

 それは月が雲で霞む朧月夜のなか起きた出来事であった。仕事が遅くまでかかり、一人で会社に居残らないとならなかった茂道は電車に乗って最寄駅に着く時間まで大分遅くなった。あと、数時間で眠りにつかなければ翌日の仕事に体調が優れなく仕事の成果に影響するだろう。とはいい、すぐに眠りについたあとに朝を迎えれば、絶えず仕事のために生きているように思えて、この未来が予測できることにやや絶望感さえ抱いていた。そうし

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掌編小説「冬といえば」

掌編小説「冬といえば」

大会の数日前、チームはスペインバルに集まり、乾杯をしては士気を高めていた。バルには常連の客が集まり、盛大にチームの勝利を祝っていた。バルのオーナーもこの日はと乾杯のシェリー酒を無料で配っていた。バルで働いているアルバイトの青年はそのせいで自分の手取り分が減りはしないかとしかめっ面をしていた。このバルでの名物料理はカピポタといい牛の頭と脚の肉を煮込みながら、炒めた野菜を混ぜて塩コショウを加え、更にレ

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掌編小説「デザートはおあずけ」

掌編小説「デザートはおあずけ」

 

頃子は困っていた。彼女は生鮮食品店にいては、そのデザートコーナーで立ち止まっていた。棚にはチーズケーキが数百円で売っていた。正直な気持ち、頃子はそのチーズケーキを食べたかったのだが、簡単には手を伸ばせなかった。電子マネーの残額が空っぽだからではない。非常時のために現金も幾らかは持ち合わせている。ただ、この日の買い物は合計3000円以内で抑えようと頃子は考えていた。今回の買い物にチーズケーキは

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掌編小説「黄昏と夜の欠片」

掌編小説「黄昏と夜の欠片」

ある日曜日のこと、浩太は実家に帰っては、自分の部屋で片付けをしていた。連日の仕事とたまの休みにはまとめて溜まってしまう家の家事をこなさないとならないし、予定が入ればそちらを優先しないとならないため、とても家のことまで手が回らなかった。それが、片づけをしようと思ったのは、ここ半年ほどは実家の遺品整理を手伝わないとならなくて、その亡くなった者の書斎にある膨大な本を束ねては、車に乗せて運搬し、不用品回収

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