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掌編小説「冬といえば」


大会の数日前、チームはスペインバルに集まり、乾杯をしては士気を高めていた。バルには常連の客が集まり、盛大にチームの勝利を祝っていた。バルのオーナーもこの日はと乾杯のシェリー酒を無料で配っていた。バルで働いているアルバイトの青年はそのせいで自分の手取り分が減りはしないかとしかめっ面をしていた。このバルでの名物料理はカピポタといい牛の頭と脚の肉を煮込みながら、炒めた野菜を混ぜて塩コショウを加え、更にレーズンや松の実を加えている。普段でも注文は多いが、チームのメンバーもこの料理が特に好きで、遠征している間はしばらく馴染みの味は食べられないものだからと必ず大事な大会の前にはこの店に来ていた。
「おじさん、相変わらずこのカピポタ柔らかくて美味しいよ」
とパイロットのサントスが伝えた。
「ガスパル、そう思わないか?」
「思う思う。ここのはいつでも美味しいです」
「はっは。そういってもらえて何よりだ。皆、がんばって優勝してくれよ」
バルのオーナーは陽気に笑っていた。その様子を見て、他のお客も声援を挙げていた。その声に押され、チームメンバーの一人、ドミンゴが席から立ち、話をした。
「やあやあ、みなさん。有難う。われらチームバルセロナ、精いっぱい闘う所存です。大会は、ここ数年はアメリカやドイツチームに差を離される一方ですが、なんとか食らいつきたいと思います。どうぞ皆さんもテレビから応援してください。それが私たちチームの力になります」
 ドミンゴの話が終わると、バルの中の誰もが拍手をした。程なくして拍手の音は鳴りやみ、いつものバルの雰囲気に戻った。
「で、サントス。コースはもう覚えたのか?」
「いや、現地に行ってから歩いてみてそれから作戦を立てたいと思う。皆は体調管理と筋力トレーニングを忘れずに。とにかく出だしが肝心だ」
「了解した。・・・おい、ナタリオ、何やってんだ」
「あ、ごめん。音楽聴いてた」
 チームのなかで最年少のナタリオは一人だけ話を聞き流しては、手持ちのスマートフォンから流れてくる音楽に夢中になっていた。サントスとドミンゴはその様子に呆れてはいたが、ガスパルは何事も問題ではなかったようにナタリオに話した。
「へえ、今時の若い人たちが何を聴いてるのか気になってたよ。ナタリオはどんなのを聴いているのかな」
「僕も同世代が何を聴いているかはっきりとわかってはいないよ。僕はこれさ」
 そういってナタリオはスマートフォンをテーブルの真ん中に置いた。スマートフォンからは、ミュージックビデオが映し出され、黒い衣装を着たそれぞれ髪の色の違う女性が踊りながら歌っていた。歌っている言葉はサントスやドミンゴには聴き慣れなかった。ドミンゴには何か異質なものを感じて、咄嗟にナタリオに聞いた。
「おい、これはどこの国の歌なんだ?」
「ハポンさ。この国には女性アイドルがグループを作って歌を披露する新しいカルチャーが浸透しているんだよ」
「ナタリオ、お前日本に行ったことあったか?」
「ないよ」
「行ったことないのによく聴こうと思ったな」
「別に。いいじゃないか、僕が何を聴こうと勝手だろ」
「はっ、随分と新しい音楽を聴いているな。俺は未だにデビッドボウイで止まっているわ」
「古臭いね」
「何だとー!」
 自分が煽ったためでもあるが、ナタリオに馬鹿にされてドミンゴは苛ついた。その様子を見ていたガスパルは事態を収めようと割って入った。
「まあまあ、二人とも。いや、なかなかこのアイドルミュージックってのいい曲じゃないか」
「ああ、俺は左からニ番目髪の黄色い子がいいな。聴いていていい歌声だし、何よりわれらの州の旗と同じ色だ。親近感を感じる」
パイロットのサントスもナタリオが聴いていた音楽を褒めだしたので、ドミンゴは黙ってむすっとした。
「ったく皆、優しすぎるわ」

 そして、日付は変わり選手達チームは大会の四日目を迎えた。一秒の誤差が命取りになる最後のレースの日となった。スペインチームの出番となり四人は位置につき声を掛けあった。
「いいかい、これで俺たちの順位が決まる。相変わらずドイツチームは強すぎるがやるだけやろうじゃないか」
「OKです。パイロット、あなたに託します」
「俺たちの全力、見せつけてやるぜ!」
「うん、やってやる!」
 そしてサントス、ガスパル、ドミンゴ、ナタリオは手を合わせ、サントスが掛け声を出した。
「おおー!!」
 四人は位置につき、四人用の橇の両脇と後ろに着いた。ナタリオが橇の後ろの手すりに両手を掴んだ。そして、四人全員叫びながら、一斉に橇を押しながら走り出した。橇に勢いが出ると、四人は橇に飛び乗り、前から順にパイロットのサントス、ガスパル、ドミンゴ、ナタリオと橇の座席に着いた。一番後ろのナタリオは空気の抵抗を極力受けないように亀のように背中を丸くした。橇は4人の重さから速度をぐんぐんと増して行った。パイロットのサントスは次に橇がカーブに差し掛かると、ハンドルを回して、橇の角度を変えて行った。橇は速度を増していく一方なので、次のカーブにぶつかるまで時間はほんの数秒しかない。なるべくコースの両端に当たらぬようハンドルの角度を調整した。そして、コースの最後に橇は縦向きのコースをぐるっと一周した。後ろの三人はぐっと我慢して橇はゴールに着いた。ナタリオはゴールラインを越えて橇にブレーキをかけた。コースの両端には当たらなかったが、結果タイムはドイツには及ばなかった。四人は最終レースにかかったタイムを見て、悔しんだ。
「くそ!」とドミンゴは叫んだ。こうしてバルセロナチームのボブスレー大会は終わったのだった。



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