掌編小説「D-70 おうどんお蕎麦屋さんで」
エイリアンは蕎麦屋にいた。出来上がりのアナウンスがやたら人間の話す音声と調子がずれていたから戸惑ってしまった。そのイントネーションは自分の故郷のことばの音感に近かった。エイリアンの番号だけ液晶モニターに残ったまま他の番号は順々に消えていったので、心配になった店主が
「D70番の方ー。できあがってますよー」と叫んだ。
店主の声でエイリアンはふと我にかえって、いかんいかん、取りに行かなければと少しのびてしまったうどんをのお膳を手に取った。
「スミマセンオクレテシマッテ」
「ああ、いいさ。構わないよ、しばらく地球に暮らしてるのか?」
「ソノツモリトイウヨリ、ベツニカエッテモイイケド、ドコニイテモタイクツダカラ、デカケッパナシ」
エイリアンと店主さんがごく自然に会話をしているのを他の店の客は呆然として見ていた。なかにはこれこそ宇宙人を見つけたと静かな感動をぐっと抑えてエイリアンのことを動画や写真で撮ろうとするが、保存された動画や画像を見てもエイリアンの姿は映らず声も聞こえなかった。エイリアン自身は自分が見つかってしまうと面倒に思ったので、磁場をまとって特殊な効果により、マイクやカメラに記録されないようにした。
「それだけおかねもちってことかな」
「ソウイウセカイデシカミテイナイイキモノハナントモザンネンダトオモフ」
「仕方あるまい。人間だったら何かしらでお金を稼いでその稼ぎで食べ物や他の物を買って生き延びているんだから。当たり前になってしまうとわざわざそこから抜け出せないものだよ。周りに何言われるのかもわからないし」
「ソウイウモノカ」
ふと自動ドアが開き、部活帰りの高校生達が店に入ってきた。彼らは同じ色の肩掛けのバッグをかけていた。
「あー疲れた。そば食おうぜ、おれはかつどんセットね」
「おれが買うのかよ。まあいいけど。みんなはどうする?」
「おれはねえ」
そのとき、高校生はふと目線をカウンターへ向けると、そこに全身銀色の生命体が店の店主と話をしていることに気づいた。
「う、宇宙人だー!!」
「なんだって!」
券売機にお金を入れていた学生以外は、エイリアンに気づき、がやがや騒ぎ出した。
「すげえ!すげえ!」
「ほんとうにいるのか!」
「ウルサイナアマッタク」
「そりゃあ未確認って言われてるのだから騒ぐだろうよ。なんで見つかるとわかっててここにいる?」
「ソリャアコノミセノメンヲタベタイニキマッテルダロウ」
「決まってるのか。美食家なのかはさておき、おれの店を選んでくれてまあ光栄に思うよ。あっちの隅っこに座ってな」
エイリアンは学生達の話題を聞かないように店主に言われたように隅っこに移ってめんを啜っていた。
「おい。宇宙人がうどん食ってるぞ」
「本当だ。不思議な光景だよ」
学生だけでなく、他の客たちもエイリアンが食事している様子をじっと見ていた。見られているエイリアンは食べづらくは感じなかったが、いい加減にしてくれ、大しておれは珍しくもないし、話題の人でもないのにと思っていた。エイリアン世界のトップミュージシャンバンドであるグレイピヨヨンズのメンバーならまだしも、おれはただの観光客に過ぎない。エイリアンはのびたうどんを全て飲みほした。麺のつゆがしっかりとしていて魚介の旨味を感じられた。
「ウンオイシイ」
エイリアンがお椀を空にしたところに、お店の自動ドアはまた開いて、今度は女子学生が一人入ってきた。女子学生はすぐに食べたい品を決めていたのか、食券を持ってカウンターに差し出した。
「冷たいのお願いね」
そして女子学生は、セルフサービスのお水を入れて
隅っこの机に移動した。席に座っては、はあとため息をついてエイリアンと目が合った。
「さいあく」
女子学生は向かいにいたエイリアンに話しかけた。
「ねえ、あんたちょっと暇なら聞いてよ!私、彼にドタキャンされたの!それがあとで、彼、別の人と遊んでいたんだって。もう、私いらないじゃん!あーあ、なんで私あんな人だって見抜けなかったんだろう」
「ソイツハアソバレタッテヤツカ」
「うーん、彼が遊びたかったのかもしれないわね。わたし、こう見えても貞操観念他の子よりしっかりしてるのよ」
「ソウイウモノカ」
「でも、不安じゃない?普段一緒だったのにまた一人に戻っちゃうの、なんかきついわ」
「ベツニアソンデテモマタモドッテクレバイインデハナイカ」
「やだ、そんなの」
「ナラバタエルシカナイナ」
「あーあ。なんかめんどー」
女子学生は頼んだ冷たいおろしそばをずるずると啜りお椀をたいらげた。コップの水も空になった。
そして、席を立ちお膳を返却の台まで運んだ。帰る前に女子学生はエイリアンに挨拶した。
「でもありがとう。誰かに話したらすっきりしたわ。彼には別れてもらうね。じゃあねー」
そうして自動ドアが開いて陽気に店の外へ出ていった。店の中は静まっていた。エイリアンはしばらくその場を離れずに空のお椀を前にしては呆気にとられたように呆然としていた。
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