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美しき読点

愛している日々だけ
いつでも覚えているんだ
さよなら
話して交わす思いまで


人生は物語。
どうも横山黎です。

大学生作家として本を書いたり、本を届けたり、本を届けるためにイベントを開催したりしています。

今回は「美しき読点」というテーマで話していこうと思います。



📚さよならはちとご

半年以上前から僕がお世話になっているシェアハウスがあります。茨城県水戸市袴塚にある「はちとご」です。

シェアハウスでありながら、「はなれ」と呼ばれる場所を地域に開放する住み開きという活動をしています。大学近くにあるので大学生はもちろんのこと、社会人もやってきます。マネースクールを経営しているテキーラ好き、よくはちとごでご飯をつくっていた今はヨガインストラクター、東京と長野と水戸の三拠点生活をしていた難聴の会社員……様々です。

はなれではイベントも開催されてきました。ウイスキー会、からあげ会、対話の夜会など様々です。かくいう僕も本のイベントを開催したこともありました。

住人だけでなくいろんな人が集まるわけですから、とっても風通しが良い。風が循環するけれど肌寒いわけではなくて、その場所には体温が宿っている。温かいんですよね。

僕がはちとごに初めて来たのは3月の半ば。知り合いに連れられて来ました。炬燵のような温かさについ長居してしまって、気が付けば日付が変わる頃になっていました。あの日から、あの場所の体温が癖になって、僕は足繁く通うようになったんです。

そのうち、「はなれ」の店番をするようになったり、はちとごのインスタを運用するようになったり、準住人として出入りするようになりました。すっかりはちとごの民になっていたのです。



そんなはちとごですが、この度、お引越しをすることになったんです。2年の暮らしを経て、別の物件へ移ることになりました。1キロくらい離れた場所に移動するのでとても変わり映えするわけではありませんが、2年の時間が詰まった部屋を後にする寂しさは計り知れません。関わって1年もいない僕が寂しくなっているんですから、住人の方々からしたらそれ以上のものを抱えていることでしょう。
#意外とそんなことなかったりする?笑

最近はお引越しイベントを立ち上げて、みんなで協力して新しい場所に住む準備をしていたんですが、それも無事に終わり、住人たちは今、新居で暮らすようになりました。

古い物件の契約はまだ効いています。ただ、それも今日で終わり。そうなんです。今日、12月3日が、今まで暮らしていた場所にさよならをする日なのです。

愛していた日々だけ
いつでも残っているんだ
今は
今では枯らしてしまうだけ


📚思い出に縋ってしまう

引っ越しの裏では文化祭イベントも立ち上がっていました。片付いたはなれを使って、「はちとごの文化祭―暮らしの思い出展―」が開催されていたんです。

暮らしの写真を時系列順に並べた「はちとごアーカイブ」、住人のゆうきくんとさきさんのによる写真×イラストの展示「深く吸って静かに吐く」、住人の書道ガールえりかちゃんがはちとごのあるあるを書いた「暮らしの言葉~はちとごあるある~」など、様々な企画で賑やかな空間が生まれました。

僕は引っ越しイベントにはなかなか参加できなかったんですが、代わりに文化祭の店番を担当していました。自分の作業をしながら、来てくれたお客さんの対応をしながら、誰もいないときには展示を眺めて感傷に浸っていたものです。

もうすぐ終わってしまう。過去になってしまう。

自分のものでもないし、住んでいたわけでもないし、ただお引越しするだけなのに、夕陽に照らされて思い出色になったはなれのなかにいると、なんだか泣けてきました。時計の針を止めたくなるような衝動にも駆られるけれどそれは叶わなくて、何もできず、その日が終わり、またはなれに帰るを繰り返して、ノスタルジアが募るばかりでした。

残されて 失くして
まだいたくて
それでも過去にならないように
ここでずっとただ待っている



どれだけ今を生きようと必死になったって、思い出に縋らないように、今をいちばん大切にするように生きていたって、立ち止まる瞬間は必ず来て、やりきれない今から逃げるように振り返ってしまうものです。自分の後ろに広がっていた思い出に縋ってしまいたくなるものです。

新しい場所での新しい暮らしがどんなものになるか分かりません。今まで以上に輝いたものになると信じていますが、そしてそこに関わりたいと思っていますが、それでも過去の日々は目を逸らしたくないほど眩しく輝いています。

僕の活動が広がったのも、いろんな人とつながることができたのも、はちとごのおかげです。いろんな人が集まる場所だからいろんな人に会えるのは当然ではありますが、「やりたいことをやっていいよ」「そのままでいていいよ」と背中を撫でるように押してくれる空気を吸っていたから、僕の身体の中身が変わり、姿勢が変わり、「不安はあるしどうなるか分からないけれど挑戦してみよう」「もう少し頑張ってみよう」という気持ちをつくってくれたんです。見たことのない景色を見ることができたんです。

12月も始まり、2023年を振り返る季節になりました。僕はこの1年を振り返るとき、どう頑張ってもはちとごを避けては語れません。それくらい僕の日常に紐づいていた場所だったし、僕の活動の支えになってくれた存在でした。

いつだって
思い出にならないように
そう過ごしたって
縋って 思いに託していたんだ


📚オレンジ色の家

この前、初めて新居に行ってきたんです。今までの家よりも広くなったし、これからも新しいドラマが生まれていく。ハレとケでいえばケだけれども、特別なケを体験できる。そんな場所になる予感がしました。

結局手伝いができないまま、引っ越しが終わってしまったことを遺憾に思います。

インスタの投稿やストーリーで引っ越しの過程を上げていたので、それを確認していたんですが、みんなで盛り上がりながら、毎日草臥れながら作業を続けていく様子に、「これがはちとごだよな」なんて分かったような口ぶりで心のなかで呟きました。

僕から見たはちとごは、いつだってそう。管理人のはやぶささんの一声で、みんなが同じ方を向いて、動き出す。でも、みんながみんな一緒の動き方をするわけではなくて、歩く人もいれば、走る人もいて、自転車を使う人もいれば、傍から見ている人もいる。その違いが生まれるのもひとつの魅力ですが、何よりもそれぞれの動き方を認め合う環境が整備されていることが尊いことだなと感じています。

息苦しくなるくらいならこっちからは干渉しすぎない。そんなスタンスがはやぶささんにはあるし、はやぶささんがつくるはちとごという場所には文化として育っている気がします。

「人が能動的になっている姿を見るのが好き」

いつかはやぶささんが口にしていた言葉を思い出しました。

個性は集まるけれど、それを潰し合ったりせずに応援し合う文化があるから、はちとごには温かい色のイメージがついているんだと思います。いろんな個性が集まっているはずなのに、イメージカラーは一色。ロゴにも使われているようなオレンジ色。

はちとご文化祭でもそれは感じていて、個人的にはなれの場所としての良さが際立つのは夕暮れ時なんですよね。はなれを染めたオレンジは、はちとごの色そのものだし、はちとご界隈の人たちの色でもある。

そう思ったとき、はちとごは、家の名前でも、ここと指せる場所の名前でもないことに気付きました。そこにいる人たちの名前、集まった人たちがつくりだす場所の名前。だから、今までの物件だろうと、新しい物件だろうと関係ない。そこにいる人たちが、はちとごをつくるんだから。



それは最近まで短期住人だったゆいさんが綴ったnoteを読んで言語化できたことでした。「『家』の本体は建物じゃなくてひとだったみたい」という記事。そのなかで「みんながいるから、ここはやっぱり『はちとご』なんだ。」って言葉を見つけて、全くその通りだなと深く共感したものです。

時間の止まった部屋で
少しずつ回すよう 失っても


📚美しき読点

何かが始まれば、それはいつか終わりを迎えて、終わったら終わったで、また新しい何かが始まって……。そんな循環のなかで、僕らの命は鼓動を叩きます。そう考えると、実は「始まり」も「終わり」も通過点でしかないんですよね。本当の始まりは「誕生」だし、本当の終わりは「死」。その間にあるのは、ただの区切りです。

人生がひとつの文章だとすれば、その区切りとは「読点」といえます。「死」という句読点を打つまで、僕らは延々と読点を打っていく。そこにあるのは始まりでも終わりでもなくて、読点だけです。

生きるとは、読点を打ち続けること。




引っ越しなんて、まさに読点。今までの物件から新しい物件に移るだけで、何も終わらないし、何も始まらない。読点で区切るだけで、変わらない日々が続いていくんです。

引っ越したからって、はちとごの住人も、はちとごに来る人も変わるわけではありません。別の場所で、これまで通りの日常を共にするだけです。

イベントが開催されたり、本を読んだり、ぬいぐるみをいじめたり、夜な夜な映画を観てリビングで寝落ちしたり、急に部屋のレイアウトを変えたり、無限ハイボールをつくったり、たまに吐いたり、人生について語ってみたり、突然海にいこうと言い出したり、夜明けをみにいったり、そんなに食べる人いなかったのに米が10合炊かれたり、いってきますをしたり、おかえりをしたり、新しい誰かが入居したり、今の住人が卒業したり、でもまたすぐに遊びにきたり、そしてみんなで一緒にごはんを食べるだけです。

決して終わるわけじゃない。

読点を打つだけ。

そういう意味では、引っ越しイベントも、文化祭イベントも、この上ない読点だと振り返ります。惜しみながらも深く、確かに刻み込むように打つ、美しき読点。



僕は今日、東京にいるから、最後の日に立ち合えないけれど、僕は僕らしくこのnoteで読点を打ってみました。

最後に、はちとご界隈の大学生ミュージシャン「307.」の楽曲「読点」を贈ります。その名の通り、この曲もまさに区切るための歌。この記事でも歌詞を散りばめましたが、はちとごの引っ越しをノスタルジックに彩ってくれる一曲です。はちとごのみんなのお気に入りの一曲です。是非、聴いてみてください。

いつだって苦しみで終わらせないように
忘れたって僕はね
憶えて見せてやるんだ
いつかまた






はちとごへ


今までありがとう

これからもよろしく

110


20231203

横山黎



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