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掌編小説集

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長編、短編など、小説を文字数で分類する正式な定義はないそうです。ただ、一般的には、4,000〜5,000文字以内の短い物語を、掌編小説(ショートショート)と呼んでいます。 ここで…
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2023年3月の記事一覧

PHASE 6

PHASE 6

(本作は1,107文字、読了におよそ2〜3分ほどいただきます)

「ネコから始まったって説もあるんだって。まぁ、諸説あるみたいだけどね」

 ようやく寒い季節が過ぎ去ろうとしており、重ね着すれば、暖房なしでもどうにか過ごせるようになった和室に私はいた。そんな部屋の中心部とは裏腹に、日光の照射を受ける昼下がりの縁側には、一足先に春が訪れていたのだろう。既に、ポカポカと暖かくすら感じられる。しかも、暖

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パパとママと猫達と

パパとママと猫達と

(本作は1,731文字、読了におよそ3〜5分ほどいただきます)

 僕は、物心が付く前から四匹の猫に囲まれた生活を送っていた為か、いつしか猫の言葉が理解出来るようになっていた。
 これは、僕がまだ「赤ちゃん」と呼ばれている時期のことだ。一人で歩けるようになった頃、パパとママがニコニコしながら、僕に「おいで、おいで!」と手招きしていた。しかし、そのすぐ横で、アメショーのモモが「別に行くことないよ。無

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ソプラノ・リリカ

ソプラノ・リリカ

(本作は383文字、読了におよそ1分ほどいただきます)

歌声が、耳にこびり付く。

優しいソプラノ・リリカが、
抒情的に旋律をなぞる。
脳内で、幾度となくリピートされた音楽は、
いつしか僕の記憶に宿る。

君の姿が見えなくなって、
君の髪を撫でる感覚も、
肌の温もりも、
吐息も気配も足音も、
全ての記憶が希釈されていく。

ソプラノ・リリカの声色も、
無個性な正弦波へと収束

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冷たい闇の中であなたを想う

冷たい闇の中であなたを想う

(本作は445文字、読了におよそ1分ほどいただきます)

雪が降っています。

お庭も畑も、
公園に続く小径も、
あなたと歩いた林道も、
真っ白に染まっていくのでしょう。

雪は止みません。

家も道路も街路樹も、
全てに、白い蓋をするのです。

街中の光も影も、
記憶も思い出も、
雪が覆い尽くし、
暗く、冷たく、閉ざしてしまうのです。
あなたの心のように。

春が来て、

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怪奇倶楽部

怪奇倶楽部

(本作は1,648文字、読了におよそ3〜4分ほどいただきます)

「君、怪奇倶楽部のパーティーに参加してみないか? ……おいおい、そんな訝しい目で見ないでくれよ。確かに唐突だけど、怪しい勧誘じゃないさ」

「実は、前から君を誘おうと思ってたんだ。だって、君、あれだろ? 言っちゃ悪いが、恋人はおろか、友達だってろくにいないだろ?」

「ごめん、ごめん、そういうつもりじゃなかったんだ。悪かった

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呼吸がままならないの

呼吸がままならないの

(本作は1,094文字、読了におよそ2〜3分ほどいただきます)

 ん? 私、今どこにいるのかしら? ……それに、何なのよ、この固いベッド。えぇと、あなたはひょっとしてお医者さん? 私に麻酔でも打ったのかしら? 体が言うこと聞かないわ。それに、どうしちゃったんでしょう、呼吸がままならないの。苦しいわ。ねぇ、あなた、突っ立ってないで助けなさいよ。目の前でレディが……えぇ、そうよ、自分でレディっ

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現代抽象画展

現代抽象画展

(本作は4,399文字、読了におよそ7〜11分ほどいただきます)

 誰に指摘されるでもなく、自分が芸術には疎い方だという自覚は、十分過ぎるぐらいに持ち合わせている。しかし、たまたま通り掛かりに目に付いた「現代抽象画展」という催しを、気の迷いにも近い気紛れで覗いてみることにした。
 特に理由はない。丁度、時間が空いていたことと……そう、今まさに芸術の秋。芸術とは全く無縁の人生だが、そのことは少な

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自我に目覚めた私の右足

自我に目覚めた私の右足

(本作は1,456文字、読了におよそ2〜4分ほどいただきます)

 ある日、用事を済ませて歩いて帰っていると、突然、私の右足が自我に目覚めたようだ。

 異変に気付いたきっかけは、右足から伝わる違和感だった。とても居心地の悪い、言い知れぬ不安定な感覚に襲われたのだ。たまらず右足を見てみると……なんてことはない、靴紐が解けていたのだ。
 その場でしゃがみこむ私。そして、両手で紐の先端を摘んだ時、突如

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意図の切れた蛸

意図の切れた蛸

(本作は1,407文字、読了におよそ2〜4分ほどいただきます)

 眩い陽光が、とてつもなく大きな広がりを誇る水面に、程よく反射する。キラキラと煌めく穏やかな海。私は、そっと素足を浸けてみた。微かな波動が軽やかなワルツのリズムで水上に広がり、仄かな潮の香りが爽やかに立ち込めた。

 浅い海底の砂を、両手でそっと掘り返してみる。サラサラのパウダーのような手触りの中、上手く紛れた小石がアク

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アドレナリン

アドレナリン

(本作は1,953文字、読了におよそ3〜5分ほどいただきます)

 頭で理解していても、口に出そうとすると何故か上手く言えない単語がある。単に、発音しにくい言葉であったり、つい言い間違えてしまう単語もあれば、最初に間違って覚えてしまったが故に正誤の区別が混乱してしまってる単語など、その理由は様々だ。私の場合、理由はともかく、何故か「アドレナリン」が上手く言えないのだ。

 ただ、ほとんどの人は、日

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家族人形

家族人形

(本作は977文字、読了におよそ2〜3分ほどいただきます)

 愛する我が子を亡くした悲しみは、計り知れないものだ。現実に直面出来ず、途方に暮れるだろう。
 それは、私達夫婦も例にもれなかった。妻は、突然の悲劇を直視出来ず、現実から逃避し続け、やがて精神に異常をきたした。すると、愛娘が肌身離さずに可愛がっていた人形に目を向け、空想が織りなす危険な解決へと収束した。しかし、そのベクトルは、とても脆く

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いい湯だな

いい湯だな

(本作は1,189文字、読了におよそ2〜3分ほどいただきます)

 数週間に及んだ激務が終了した夜、暖かい湯船にまったりと浸かった。ゆっくり入浴出来るのは、何日振りだろうか。窮屈なはずのバスタブが、快適な空間と錯覚するほどに、リラックスした時間が大河の河口のように緩やかに流れる。
 やがて、体の芯まで温まってくるに連れ、心身の疲れが剥がれ落ちていくようだ。身体から乖離した疲れは、湯に流出し、溶け

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