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ソプラノ・リリカ

(本作は383文字、読了におよそ1分ほどいただきます)


歌声が、耳にこびり付く。 

優しいソプラノ・リリカが、 
抒情的に旋律をなぞる。 
脳内で、幾度となくリピートされた音楽は、 
いつしか僕の記憶に宿る。 

君の姿が見えなくなって、 
君の髪を撫でる感覚も、 
肌の温もりも、 
吐息も気配も足音も、 
全ての記憶が希釈されていく。 

ソプラノ・リリカの声色も、 
無個性な正弦波へと収束され、 
やがて、 
君の声を忘れてしまう。 

最後に残されたのは、 
メロディ。 

君の記憶を取り戻したくて、 
何度もメロディを再生してみるが、 
雪の壁に閉ざされた、
声や姿や温もりは、 
もう二度と手に出来ない。

暗く冷たく閉ざされた闇の中で、 
君は何を思い、 
何を歌うのだろう? 

なぜ、君を殺め…… 
分からない。 

後悔も懺悔も思い出も、 
全てがメロディにかき消され、 
僕はただ、 
佇むことしか出来ぬまま——

風に紛れて、 
君のソプラノ・リリカが聞こえた気がした。