見出し画像

PHASE 6

(本作は1,107文字、読了におよそ2〜3分ほどいただきます)


「ネコから始まったって説もあるんだって。まぁ、諸説あるみたいだけどね」

 ようやく寒い季節が過ぎ去ろうとしており、重ね着すれば、暖房なしでもどうにか過ごせるようになった和室に私はいた。そんな部屋の中心部とは裏腹に、日光の照射を受ける昼下がりの縁側には、一足先に春が訪れていたのだろう。既に、ポカポカと暖かくすら感じられる。しかも、暖房とは一味も二味も違う、太陽の恵が齎す温もりだ。
 ある早春のこと、私はガラスのフィルターを通した心地良い春の陽光を浴びながら、デッキチェアにまったりと揺られていた。膝には、和ネコのモモが寝そべっている。
「ねぇ、モモ、話聞いてるの? お前の先祖から広まったのかもしれないんだって」
 モモは怪訝な顔で私を見上げ、抗議するかのように「ニャー」と鳴こうとしたが、生憎その声は周波数を伴う音には成熟せず、単なる空鳴きで収束した。不発弾だ。
「ネコ同士で感染してたのがさ、いつしかネコから人にも感染るようになったのよ」
 と説明したところで、モモには関心があるはずもない。全くの無反応だ。強いて言えば、気怠そうに少しだけ顔を斜めに傾けたことが、関連性の有無さえ定かでない唯一の小さなリアクション。
「もう、それからはあっという間でね、人から人は勿論、人からネコに逆輸入みたいな感染もあるしね」
 サワサワと、ゆっくり尻尾を揺するモモ。苛ついているのか、或いは物思いに耽っているのか……少なくとも、私の話を聞いてる様子は皆無だ。
「ねぇ、モモ、聞いてるの? あなたたちネコのせいだからね! 今じゃ、世界中の哺乳類が感染しているんだよ」
 え、何が? といった感じで、モモは興味も緊張感もない緩い目を私に向けた。
「そりゃそうだよね、パンデミックなんてモモにはどうでもいいことか」
 優しく顎を撫でてあげると、目を閉じてゴロゴロ言い出した。甘えているのか安心しているのか……いや、単なる本能的な無条件反応かもしれない。
「でもさ……折角の休みなのに、しかもこんなポカポカ陽気なのに、特に用事がないってのも淋しい話ね」
 モモは、どうやら心地か機嫌が良いらしく、膝の上で体をクネクネと動かし始めた。もう、これだから、猫ってヤツは……
「どうせ、モモには悩みなんてないんだろうけどね」
 私の独り言にも、そろそろ飽きてきたのだろうか。目を閉じたまま、能天気で楽天的な顔をこちらに向けるモモ。どう見ても、悩み事とは無縁の顔だ。
 その時、モモが大きく口を開けて暢気な欠伸をし、微睡みへと堕ちていくのを見届けた。つられて、私も無意識に欠伸が出た。
 欠伸は感染る……なるほど、やっぱりそれはネコから始まったパンデミックなのかもしれない。