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小牧幸助|文芸・写真・暮らし
2022年5月10日 21:01
十年ぶりに彼女は町へ帰ります。知らない土地に思えました。古い建物の屋根は焼け落ちており、土壁には銃痕。支援金で建てられた新しい家々には知らない人々が住んでいます。夜に沈む町は変わりました。そして彼女も。 十年前。彼女と病弱な幼い弟は、町の飯屋で無口な店主から軍人の残飯をもらいました。姉弟が急いで食べるかたわら、店主の腹が鳴ります。店主の痩けた頬を見て「なぜ、くれるの?」と彼女。店主は答えませ
ごご茶
2022年3月28日 23:21
高校生活最後の文化祭。俺はベタながらお化け屋敷をやりたかった。男子はほとんど俺の味方をしてくれたけど、女子の大半が「メイドカフェをやりたい」と譲らない。「文化祭と言ったらお化け屋敷だろ!」「そんな暗いしキモチワルイの絶対イヤ!」「メイドカフェ、一回くらいやってみたいし!」「そんなもん女子しか盛り上がんねーだろ!」意見は平行線で、出し物は永遠に決まらず、明日、改めて仕切り直すことになっ
青猫
2022年3月16日 10:17
都会の夜はどこか寂しく思える。 青白い空も、いつまでも一人点滅している看板も、遠くで揺らいでいる電波塔も。全部自分のもののようにも思え、また世界の果てのようにも感じる。白い息の行方を目で辿ると、薄明の空が僕の頭上に横たわっていた。――みんなの知らない夜の姿、それを見るために僕は人より早く目を覚ます。「おはよう、じいちゃん」「えっと、お前は……たかし?」「そう、だね」 僕は目の前から歩い
Q太郎
2022年3月28日 11:10
洗面台で顔を洗っているとき、お兄ちゃんと後ろから声がした。鏡越しで後ろを見ると、妹の澪が怪訝そうな顔で見ていた。「どこか行くの?」「買い物だよ」「何買うの」「・・・服」嘘・・・と持っている手提げ鞄をワザと落とし、大袈裟に反応してみせる妹。「何、虐め?」「別に命令されて買ってくるわけじゃない」「じゃあ何で急に」「俺もお洒落くらいするさ」「ちょっと待って。今
2022年3月25日 02:23
3月9日の朝。結局、一睡もできなかった。頭の中は明日のことで一杯だ。しかし同時に「何故」という疑問が消えない。年に一度、3月9日の0時0分に電話をしよう。卒業式に山岸からそう声をかけられたのが全ての始まりだった。最初は、何を言っているのかが分からなかった。だってそうだろう。相手は学年一番の人気者。一方こちらは勉強しか取り柄がない日陰者。高校三年間で同じクラスになった
2022年3月22日 09:00
3月8日午後11時59分。普段この時間に連絡なんて来ないが、俺は一分後に携帯が鳴ることを確信している。ベッドの上に置いてある携帯電話を凝視する。部屋の壁際に置いてある時計の針の進む音だけが聞こえてくる。俺は一秒ずつ数えていた。57.58.59・・・。3月9日午前0時に着信が来た。携帯を取る。ディスプレイには山岸 里桜と表示されている。直ぐに通話ボタンを押して電話に出た
2022年3月31日 08:17
3月10日。当日を迎えた。昨日妹の澪にお勧めされた服装、そしてワックス。ばっちり決まっているはずだ。「あれ、もう行くの?」リビングのソファでくつろいでいる妹が、携帯を触りながら聞いてくる。「あぁ、父さんには帰りが遅くなるかもって伝えてるから。ご飯も冷蔵庫に置いてるから温めて食べてって言っておいて」「そんなこと私から言わなくても、お父さんもう分かってるでしょ」携帯をテーブルに
2022年4月2日 01:50
3月は別れの季節だと、高校生の頃の担任教師がいっていた。3月8日。この時期になると、少し寂しくなる。そんな事を思いながら書斎で仕事をしていると、携帯が鳴った。「もしもし」『あ、お兄ちゃん、久しぶり』久し振りに聞く妹の声は、変わらず単調だった。『明日の日曜日、暇だよね』「勝手に決めつけるな」『どこか出掛けるの?』「そんな予定はない」『じゃあ暇でしょ。仕事も日曜
2022年4月10日 12:43
人は、祈る。どうか願い事が叶いますようにと。「もうすぐだぞ」時計を見ながら兄が僕に話しかけてくる。僕はため息をつきながら兄を見た。さっきからずっとこうだ。テレビでは住職が除夜の鐘をついている姿が映っていた。あと一分で年が明ける。父はリビングの炬燵で寝ており、母は自分の部屋で布団に入っている。そして来年から社会人になる兄は年が明けるのを今年も待っている。我が家の年末年始は