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もう届かない②【短編小説】

3月9日の朝。

結局、一睡もできなかった。

頭の中は明日のことで一杯だ。
しかし同時に「何故」という疑問が消えない。

年に一度、3月9日の0時0分に電話をしよう。

卒業式に山岸からそう声をかけられたのが全ての始まりだった。

最初は、何を言っているのかが分からなかった。

だってそうだろう。
相手は学年一番の人気者。一方こちらは勉強しか取り柄がない日陰者。

高校三年間で同じクラスになったことはなく、唯一接点と言えば、お互い学校近くの図書館をよく利用していたので、そこで会うくらいだった。

それを通じて、徐々に会話も増えていったのは確かだが。

初めて山岸と図書館で話しをしたときの事はよく覚えている。

高校入学してから数ヶ月経った頃。
俺がいつも通り図書館で勉強していると、あの、と声をかけられた。

「間違っていたらごめんなさい。もしかして、谷口君?」

普段女子に声をかけられない俺は、見知らぬ美女に声をかけられた事で周りを見渡した。その反応を見て彼女は笑った。

「あ、ごめんなさい。違う?制服も同じで、私の知り合いが言っていた特徴と似ていたから」

彼女はもう一度「ごめんなさい」と言って頭を下げた。

「いや、えっと。谷口ですけど」

そう答えると「あ、やっぱり?」と両手を合わせて笑った。

二人の間に沈黙が流れる。

「えっと」

どうしたら良いのか分からない。何せこちらは彼女の事を何も知らないのだから。
困っている事に気づいたのか、彼女は慌てた。

「あ、知り合いって言うのはね、多島タジマくんなんだけど・・・」

「多島って、多島亮介?」

「そうそう!」

彼女が大声を上げ、思わず辺りを見渡し口を両手で押さえた。声のボリュームを落として続ける。

「そう、その多島くんが、教えてくれたの。面白い奴が友達にいるって」

あいつ、よく分からないことを。

「良かったら、隣座ってもいい?」

「え、いや」

「あ、嫌なら反対側に座るから」

「いや、その嫌ではなくて、えっと」

答えを待たずして彼女は僕の席の斜め前に座った。

それから自分の鞄からノートを取り出し、勉強を始める。

何だ、この状況・・・。

俺は何をどうして良いのかも分からず、取りあえず自分のやるべき事をすることにした。

翌日、亮介に文句をぶつけた。
すると、そんなこと言ったか?と惚けだした。
しかし、亮介も知り合ったのは最近とのことだ。
彼女の名前が山岸であること、ファンクラブが存在するほどの有名人であることなど、聞けば聞くほど、自分とは対極の位置にいる存在だった。

まぁ、人気者の一時の気まぐれだろうと、その時はそう思っていた。

しかし、それっきりでは終わらなかった。

それからも、週に一度、決まって金曜日に彼女は図書館に来た。
そして一言二言挨拶を交わし、必ず俺の席から見て斜め前に座った。
彼女はいつも図書館閉館の10分前に立ち上がり帰り支度をはじめる。
そして「またね」と笑顔で声をかけ出て行く。

挨拶を交わす以上の発展はなかったが、それでも金曜日の図書館で過ごすことは密かな楽しみになっていた。

それから1年が経過し、高校二年生に上がった頃、彼女が対面に座り始めた。

どう言うつもりだ、いつもは斜め前なのに。
何を考えて・・・。と、その頃から山岸には翻弄されっぱなしだった。

高校三年生になった頃には、図書館を一緒に出て帰る事が増えていった。

山岸が「一緒に帰る?」と提案してきたのだ。
「え、いや・・・」と、思わぬ提案に言葉が詰まったが、「その、すぐそこまでだよ。ほら、谷口の家って私と反対方向だから」と言うので、それなら緊張感もそこまで続かないかと思い一緒に帰ることとなった。

図書館を出てから信号までは山岸が言うように本当にすぐだった。

時間にして5分。その僅か5分間が、自分にはとても貴重なように思えた。

山岸は色々質問してきた。
家の話や休みの日の過ごし方。好き嫌いの事や歴代の彼女はどんな人かという残酷な質問まで。幅広く聞いてきた。
俺も次第に口が緩くなり、家のことを話すようになった。
家は貧乏で、父と小学5年生になった妹の三人暮らし。自分の取り柄が勉強だけなので、それで家族を支えていけたら、等柄にもない事も言ってしまった。
一つ一つ答える度に、まるで宝物を見つけたかのように目をキラキラとさせた。
しかし、山岸に質問してもはぐらかされてまともに答えてくれなかった。

週1日のその図書館での関わり以外、山岸とは関わりが無かった。学校で会っても、山岸からのアクションは無いし、当然、こちらもない。

きっと、周りからしたら本当に接点がない二人だっただろう。

だからこそ、卒業式の時の「年に一度の電話」と山岸が俺にそう言ったことが、周りからは理解できなかったのだと思う。

何故年に一度なのか、何故3月9日なのか、何故俺なのか。
色々と分からないことだらけだったが、それでもその日に掛かってくる電話は心待ちにしていた。

自分から連絡をしようと思ったときもあったが、何せ勇気がでなかった。

だが、今年は違う。

山岸が、会おうと言ってきたのだ。

このチャンスは逃してはいけない。山岸には色々と聞きたいことが山ほど有る。

だが、この見てくれでは流石にいけないよな・・・。

鏡に映る自分は、髪はボサボサで服は年季が入っている。見ていると、負のオーラがまとわりついている気もしてきた。

これでは駄目だ。まずは髪を切って、服を買おう。だが、どんな髪型,どんな服装がいいのか分からない。

悩みながらリビングに行くと、父がもつ準備を終え、出発するところだった。

「おはよう。行ってくる」

「いってらっしゃい。あ、父さん」

リビングから廊下に出る扉に手を掛けている父さんを呼び止める。

「あの、お金が少し」

父が少し眉を上げた。驚いているようだ。

「いくらいるんだ?」

調べた中での金額を伝える。万を超える金額のお願いは気が引けたが、父さんは笑顔で「分かった」と言ってくれた。

「いつもお前にばかり負担をかけて済まない」と父は言うがそんなことはない。
父は俺以上に負担が掛かっている。プレッシャーも。

父から貰ったお金を大事に財布に入れ、再度お礼を言った。


この話は「もう届かない①」の続きとなっています。
もし興味がおありなら、そちらからどうぞ!

③で終わるつもりが、書くととまらなくなり、もう少し続きそうです・・・。
中々上手くいかない。

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